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清里高原と2月18日の清泉寮
清泉寮ノ新館ハ今風の宿として人気だ。旧館の洋室は米国初期のころの建物の趣きがある。
Kiyosato Plateau and Seisen Dormitory on February 18th
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八ヶ岳の清泉寮 旧館客室の趣き 甲斐鐵太郎- YouTube 動画

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清里高原と2月18日の清泉寮 甲斐鐵太郎

清里高原と2月18日の清泉寮
旅行家 甲斐鐵太郎

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清泉寮の新館、旧館宿泊の受け付けは同じところ。
冬季、暖炉にはマキで火が焚かれる。2月19日。
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2月19日朝、お雛飾りが賑やかだ。
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牧畜と寒冷地農業の開拓に貢献したポール・ラッシュ
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新館の部屋に続く廊下。落ち着いた雰囲気だ。
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受付への通路には屋根がかけられている。
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学習机と手芸・木工のための備えがある。
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旧館の照明の台座は斧で削られていてクラシック。
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旧館客室から南東の方角には牧場が広がる。
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フロントから旧館へは通路を登って行く。
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 清泉寮をつくったポール・ラッシュは日本を良く知っていたから、公職追放のリスト作成に協力している。ポール・ラッシュは戦後GHQゾルゲ事件調査の中心人物である。米国陸軍情報部(MIS)に深く関係していた。ポール・ラッシュはGHQ/CISで日本人戦犯・公職追放リスト作成、ゾルゲ事件報告書作成でも中心人物である。清里の清泉寮を開き、高原農場や高原野菜といった農業開発を牽引し、日本のフットボールの父といわれているのがポール・ラッシュである。聖教会の牧師として米国から日本に来て立教大学で英語を教えていたのがポール・ラッシュである。ポール・ラッシュはGHQにおける佐官級の将校として占領政策にかかわり日本の戦後体制構築に大きな影響を及ぼした人であった。

 八ヶ岳山麓の今のようすを映し出すライブカメラがある。清里高原の清泉寮の牧場の現在を東京で確認できる。八ヶ岳山麓の春夏秋冬を何時でも映し出している。2月18日夕刻になって時間が空いたので八ヶ岳山麓・清高原の宿泊施設である清泉寮に飛んで行った。冬季でないと宿が取りにくいのと、このところ都市部にあるホテルに泊まって霧ケ峰高原などにでかけていたからだ。ホテルそのものが山のなかにあって景色がよいところとなると清里高原の清泉寮が好条件を備えている。

 清泉寮には新館ができていて今風の設備の宿として人気だ。旧館は洋室と和室ともに利用してきた。旧館の洋室は米国初期のころの建物の趣きがある。旧館のレストランは梁(はり)の木がむき出しになっていたのだが、天井板がはられたので梁は隠れた。旧館客室は梁は見えないものの灯油ランプ形式の照明が木組み燈火台に組まれて鎖で天井から下げられている。これが旧館客室の良さだ。レストランは二階につくられている。これは富士山やほかの山々の眺望のためだ。旧館レストランでの朝夕の食事の提供はなくなった。旧館レストランで食事をしようとすると昼のランチ・タイムとなる。レストランからの富士山と奥秩父の山の眺望はこの上ない。

 レストランからの眺望と変わらない旧館の洋室が空いていたから、これ幸いと宿泊を決めたのは2月18日午後のことであった。午後二時半に家を出て八ヶ岳がみえる所までいくと先週とは打って変って山は白くなっていた。数日前の雪は金峰山など周辺の高山の樹木のまとわりついて山を白く見せていた。宿には日が山に落ちるころに着いた。旧館洋室の天井の照明は木組みで昔のままであった。

 暮れ行く南の空にそびえる富士山は小さな景色だが周辺に邪魔する山がないので清泉寮からの眺めはよい。富士山が雲に邪魔されずに見えたのは2月18日であり、翌日の19日は予報通りに雲がかかった。慣れた人にだけ富士山がでていることを確かめられる空模様であった。

 今では清里高原のリゾートホテルとなっている清泉寮であるが、清泉寮の成り立ちは、祈りと奉仕による。清泉寮は、1938年(昭和13年)にキリスト教の一派聖公会の青年運動団体である聖徒アンデレ同胞会(BSAすなわちBrotherhood of St. Andrew)の創始者ジェームズ・L・ホーテリングに由来する。清泉寮は日本聖徒アンデレ同胞会指導者訓練キャンプ場としてつくられた。

 清泉寮は大自然の中での青年指導者の養成のための修養会、その一つとして自然学級の運営をしていた。1941年(昭和16年)太平洋戦争による情勢の悪化によってキャンプは中止、清泉寮は封鎖された。1945年(昭和20年)第二次世界大戦の終結と同時にポール・ラッシュがGHQの佐官級の高級将校として再来日。ポール・ラッシュは武官ではなく情報将校でありGHQのキャノン機関の要人として戦後日本の体制に影響する活動をした。ポール・ラッシュの再来日は戦前から清泉寮の運営にかかわっていて、日本の事情に米国人としてだれよりも精通していたことによる。日本の事情にだれよりも精通するポール・ラッシュが関与して政策決定された事柄は多い。ポール・ラッシュは戦後日本の歩みの重要な部分にかかわっていた。

 連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)は、一般参謀本部の部長がチャールズ・ウィロビーで、キャノン機関はこの下に置かれていた。ジャック・キャノンに率いられるアノン機関は、在日本アメリカ情報機関の一部隊キャノン機関で対敵スパイ工作のための組織であった。ウィロビーの下で働き、キャノン機関の要人でもあったポール・ラッシュの活動を一橋大学教授であった加藤哲郎が米国の公開資料から読み解いている。

チャールズ・ウィロビーは最終階級、陸軍少将として1951年に退役する。ウィロビーは米国の中央情報局の設立と深くかかわっている。加藤哲郎などの働きによって、闇の中にあったウィロビーとキャノン機関の活動が明かされ戦後日本の体制の形成史がみえるようになった。

 アメリカ合衆国の対外情報機関であるCIA(Central Intelligence Agency)の占領期の日本への関与と工作について、ウッキペディアは次のような記載する。「日本占領期には占領終了後に岸信介、賀屋興宣、正力松太郎、児玉誉士夫、笹川良一、田中清玄、笠信太郎、緒方竹虎、野村吉三郎などをCIAの協力者として、揺籃期(ようらんき)の自由民主党に活動資金を提供し、心理戦略委員会(Psychological Strategy Board(PSB)。のちの作戦調整委員会)などの方針に沿って政治及びマスメディアを利用し、国内のアメリカニゼーションと政府の親米化に一役買った」

 ポール・ラッシュによって清泉寮は1957年(昭和32年)に再建される。1955年(昭和30年)11月、清泉寮は焼失、貴重な資料が同時に失なわれている。落成奉献式には昭和天皇の弟の高松宮夫妻が参列した。再建された清泉寮は現在の清泉寮本館である。木組みが見事な初期アメリカ風の建物だ。柱には斧で飾りの切り込みが入る。清泉寮新館は2009年(平成21年)年本館の様式を引き継いでいて宿泊ならびに研修棟として利用されている。

 清泉寮本館の玄関を大きく飾っているXの十字架はアンデレクロスという聖アンデレに由来する。このXは日本聖徒アンデレ同胞会のシンボル。X型の十字架は、イエス・キリストの弟子(12使徒)の1人であった聖アンデレが迫害に遭いキリストと同じように十字架にかけられたときに、キリストと同じ十字架ではなく当時は罪人が処刑されるときに用いられたX型の十字架で磔(はりつけ)になり殉教したことからきている。

 清泉寮からは富士山が東南の方角によく見える。日本聖徒アンデレ同胞会の清泉寮キャンプ場建設の候補地としての条件は、富士山が見えることであった。ポール・ラッシュは、南に富士山、東は秩父連山、西は南アルプス連峰、北に八ヶ岳が見える場所に選んだ。この地を知らせたのは甲府市の老舗ホテル談露館の主人であった。清泉寮の広場のロータリーに建つポール・ラッシュの像は富士山の方角を向く。

 清泉寮キャンプ場のある敷地が当時の清里村と大泉村にまたがっていることから清泉寮の名前が付けられた。1938年(昭和13年)につくられた初期のキャンプである清泉寮の名称の由来である。キャンプの名称は聖書にある聖句や周囲の山の名などを含めて考えられていた。命名を託されたのが立教大学チャペル付司祭であった。清泉という名が清里村と大泉村の漢字の頭の一文字を引いていることに疑問を持っていた責任者のポール・ラッシュであったが、英訳するとピュア・スプリング、すなわち清らかなる泉いずる所と聞かされて笑みを浮かべた。

 標高1,380mの清泉寮は清里の観光名所となっている。この地にきて多くの人は名物のソフトクリームを食べる。

 キリスト教を日本で広めようとした人々は学校をつくった。キリスト系の私立の学校が日本に数多くできたのは欧米の人々がお金を持っていたからなのだろうか。日本を支配するための手立ての一つが学校であったのか。いずれにしてもキリスト系の学校が日本にはたくさんある。八ヶ岳山麓の清里高原に建てられた清泉寮(せいせんりょう)も似たような経緯をもつ。遅れた日本を感化する方法の一つが教育施設であり、清泉寮による高原の寒冷地農業の普及であった。清泉寮・キープ協会の働きがあったことで野辺山地域の高原野菜農業が栄え現代につながっている。

[参考]
政治学者 加藤哲郎が現代の自民党内閣の諜報活動を暴く

ユーチューブにアップされた加藤哲郎「ゾルゲ事件」を通じて現代の自民党内閣の諜報活動をも暴く(20201212UPLAN加藤哲郎「ゾルゲ事件」)

加藤哲郎「ゾルゲ事件」の解説

 ゾルゲはソビエトに、御前会議で北方の守りを南へ移すことを決めたことを伝えたことによって、ソビエトはヒトラー対応に戦力を振り向けた。このことがソビエトへのゾルゲの功績として再評価されている。もっとも同じ情報は別ルートでソビエトは掴んでいたいたようだ。日本の公安と政府は日ソ不可侵条約があることをもってソビエト大使館関係者を友好国扱いとして調査対象にしていなかった。

清泉寮をつくったポール・ラッシュとGHQ/CISと日本の戦後体制

 清泉寮をつくったポール・ラッシュは日本を良く知っていたから、公職追放のリスト作成に協力している。ポール・ラッシュは戦後GHQゾルゲ事件調査の中心人物である。米国陸軍情報部(MIS)に深く関係していた。ポール・ラッシュはGHQ/CISで日本人戦犯・公職追放リスト作成、ゾルゲ事件報告書作成でも中心人物である。清里の清泉寮を開き、高原農場や高原野菜といった農業開発を牽引し、日本のフットボールの父といわれているのがポール・ラッシュである。聖教会の牧師として米国から日本に来て立教大学で英語を教えていたのがポール・ラッシュである。

連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)そして民間諜報局CIS

 連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)そしてCIS。CISは、GHQ/SCAPの専門部(Special Staff Section)内の一機構民間諜報局(Civil Intelligence Section, CIS)は、1946年5月3日G2に移管され、同年8月29日専門部に戻されたのち、1951年8月9日廃止されG2民間諜報課へ統合された。民間諜報局(略称:CIS)つまりGHQ/SCAP, Civil Intelligence Section。民間諜報局(Civil Intelligence Section, CIS)は、1945年10月2日にGHQ/SCAPの発足と共に設置された(一般命令第13号)。発足当初の任務は、日本の治安機関に関する施策について、最高司令官に助言すること及び日本政府への指令が指示通りに遵守されているかを調査することで、民間検閲支隊(Civil Censorship Detachment, CCD)、公安課(Public Safety Division, PSD)、防諜隊(Counter Intelligence Corps, CIC)(第441防諜隊支隊(441st Civil Intelligence Coprs Detachment))が置かれた。CCDは、新聞、放送、出版物、映画、通信及び国民の手紙類の検閲を行って、日本人の思想動向や世論の動向を調査し、PSDは、日本の治安機関(警察、消防、海上保安、矯正施設)を管理・監督し、CICは、日本の警察の協力を得て占領阻害行為を取り締まり、保安上必要な情報を収集した。検閲は1949年10月に終了し、CCDは同年11月に廃止された。CISは1946年5月3日に参謀部(General Staff Section)の参謀第2部(G-2)に吸収されたが(一般命令第22号)、同年8月29日専門部(Special Staff Section)に復帰した(一般命令第34号)。とはいえ、依然としてG-2部長のウィロビー(Charles A. Willoughby)が局長を兼ね、G-2の民間諜報課が実際の運営にあたった。その後度重なる組織変更や改称、編制替を経て、1951年8月9日に廃止された(一般命令第24号)。

対敵スパイ工作の在日本アメリカ情報機関の一部隊キャノン機関

 連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)参謀部(General Staff Section)内の一機構。部長はチャールズ・ウィロビーが務めた。諜報活動や検閲を担当し、日本語文書の翻訳、技術情報の収集などを任務とした。1946年6月から、外国使節とGHQ/SCAPの機関との間および日本政府と占領軍との間の公式の連絡がこれに加わった。参謀第2部(さんぼうだいにぶ、英語: G2, G-2、ジーツー)は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)参謀部(General Staff Section)内の一機構。部長はチャールズ・ウィロビーが務めた。諜報活動や検閲を担当し、日本語文書の翻訳、技術情報の収集などを任務とした。1946年6月から、外国使節とGHQ/SCAPの機関との間および日本政府と占領軍との間の公式の連絡がこれに加わった。GHQ/SCAPの専門部(Special Staff Section)内の一機構民間諜報局(Civil Intelligence Section, CIS)は、1946年5月3日G2に移管され、同年8月29日専門部に戻されたのち、1951年8月9日廃止されG2民間諜報課へ統合された。プレスコードに基づく検閲は、CISやG2管下の民間検閲支隊(Civil Censorship Detachment, CCD)によって実行された。G2部員の情報将校ジャック・キャノンは、在日本アメリカ情報機関の一部隊キャノン機関を率いて対敵スパイ工作の任にあたった。積極的に民主化政策を推し進めた民政局(GS)や局長コートニー・ホイットニーとしばしば対立した。

加藤 哲郎 日本の政治学者。一橋大学名誉教授、早稲田大学客員教授。

加藤哲郎(一橋大学名誉教授)加藤 哲郎(かとう てつろう、1947年1月16日 - )は、日本の政治学者。一橋大学名誉教授、早稲田大学客員教授。


八ヶ岳の阿弥陀岳の標高は2,805m。古阿弥陀岳が
崩壊したことによる馬蹄形カルデラが残る。


八ヶ岳連峰最高峰の 赤岳は2,899mだ。阿弥陀岳、
赤岳、横岳、硫黄岳と左回りに連なる。硫黄岳の
円い山頂だが東側は富士山のお釜と同じように
なっていて火山爆発の後であることが明瞭である。


八ケ岳が崩壊して流れでた岩石が七里岩

岩石の流れ出しの頭が中央道須玉インター付近。
須玉から中央道は長坂インターに向かう。岩屑な
だれの先は韮崎インターにとどく。両脇を流れる
川が岩くずを削ったので現在の地形になった。


セントへレンズ山の噴火による大崩壊の模様 YouTube

Mount St. Helens Erupting - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=bgRnVhbfIKQ&feature=youtu.be
セント・ヘレンズ山 ウッキペディア
セント・ヘレンズ山は、1980年5月18日に大噴火を起こしたことで広く知られる。山頂部分は大規模な山体崩壊によって直径1.5kmにわたる蹄鉄型のカルデラが出現し、山の標高は2,950mから2,550mに減少した。崩壊した土砂は岩屑なだれとなり、200軒の建物と47本の橋を消失させ、57人の命を奪った。鉄道は24km、高速道路は300kmにわたって破壊された。この噴火では事前にハザードマップをうまく活用して立入制限を行い、人的被害を小さなものにとどめることができた例としてよく知られている。

山体崩壊後のセントへレンズ山

Mount St. Helens Erupting - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=bgRnVhbfIKQ&feature=youtu.be
山の高さが2,950mから2,550mになった。

北アルプス 雲ノ平と周囲の山々のようす

セントへレンズ山が山体崩壊した後のようすと、
雲ノ平周辺のようすが酷似しているのは何故か。


ターシャの庭と聖アンデレー協会と田渕義雄さん

聖アンドレーの庭に咲く黄色い花。この黄色い花
は夏から秋にかけてに田渕義雄さんの庭でも咲く。


田渕義雄エッセーの紹介
Introducing Yoshio Tabuchi Essay
 田渕義雄エッセーの紹介

薪エネルギーと贈与経済 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1734.html

地球温暖化と薪ストーブ https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1723.html

人生に寄り添う道具たち https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1710.html

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Lumberjacking 讃歌 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1687.html

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美しい夏 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1637.html

ほととぎす聞く折りにこそ https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1623.html

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退行的進化論 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1565.html

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薪ストーブと台所家電 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1513.html

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Love me as I love you https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1373.html

No shortcuts. No cheating. https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1362.html

LIVING THE GOOD LIFE https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1351.html

薪焚き人の椅子作り https://fireside-essay.jp/tabuti/story/1334.html

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軽トラックとバードハウス https://fireside-essay.jp/tabuti/story/939.html

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Dreams of Woodstove 薪ストーブの夢の続き https://fireside-essay.jp/tabuti/story/898.html

The Woodburner need not be poverty. ピッザより五平餅 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/868.html

Keep fire woods in your wood-shed. 薪ストーブと原発 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/856.html

Seed to Seed. 種から種へ https://fireside-essay.jp/tabuti/story/811.html

Song at the Beginning of Woodstove Season. 初秋の歌 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/797.html

Memories of Summer 夏の形見 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/797.html

A Summer Day of Self-Sufficient Gardener 菜園家の夏 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/744.html

Summer vacation of the Woodstoves 薪ストーブの夏休み https://fireside-essay.jp/tabuti/story/721.html

Belove your tools 我が庭の道具 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/699.html

Be Rustic 素朴であれ https://fireside-essay.jp/tabuti/story/652.html

You’re secretive. 薪ストーブの秘密 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/639.html

Waiting for Spring 春を待ちながら https://fireside-essay.jp/tabuti/story/625.html

Once a tree 昔、1本の樹だった https://fireside-essay.jp/tabuti/story/599.html

Making a fine job of it. 折り焚く枝木の記 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/580.html

How shall we deal with woodpile? 親友といかにつき合うか https://fireside-essay.jp/tabuti/story/550.html

Woodstove Visions 薪ストーブの夢 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/522.html

I make a fire. She begin to sing a song. 薪ストーブは歌う https://fireside-essay.jp/tabuti/story/484.html

Home among the swinging trees 夏を数えて https://fireside-essay.jp/tabuti/story/470.html

Woodstove in August 八月の薪ストーブ https://fireside-essay.jp/tabuti/story/452.html

The kitchen Garden is beyond all praise. キッチンガーデンとミニハチェット https://fireside-essay.jp/tabuti/story/433.html

Arcadia is here 寒山六月的アルカディア https://fireside-essay.jp/tabuti/story/381.html

Dandelion Celebration タンポポのオムレツ https://fireside-essay.jp/tabuti/story/352.html

Spring of cold mountain 寒山の春 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/330.html

Smoke cookery in the garden 「薪焚き人の薫製術」 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/303.html

Fire woods 「人生いろいろ、薪もいろいろ」 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/284.html

Winter of Woodstove enthusiast 「薪焚き人の冬」 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/268.html

Faith in a tree 「樹木への信念」 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/208.html

Beyond a dream  「夢の彼方へ」 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/176.html

薪ストーブとメンテナンス https://fireside-essay.jp/tabuti/story/151.html

薪ストーブと政治 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/126.html

寒山曼陀羅壁画 https://fireside-essay.jp/tabuti/story/108.html

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文章と写真は旅行家 甲斐鐵太郎

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北アルプス連峰の鹿島槍ヶ岳について 文章 夏森龍之介

20年経過の台所の水道混合栓を交換する 甲斐鐵太郎

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リスニングス 霧ヶ峰高原 冬の詩 甲斐鐵太郎 YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=yEzRH4au3rU


八ヶ岳高原の空と雲の詩 甲斐鐵太郎
音楽を添えてあります。下の表題をクリックしてください。
リスニングス 八ヶ岳高原の空と雲の詩 甲斐鉄太郎 YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=iDsCGeefvYk

八ヶ岳高原の野辺山高原キャベツと川上高原レタス
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八ヶ岳高原の野辺山高原キャベツと川上高原レタス 甲斐鐵太郎 津とリングス YouTube 動画

https://www.youtube.com/watch?v=0oLLxwR9bwQ


八ヶ岳高原の夏と清泉寮 甲斐鐵太郎
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八ヶ岳高原の夏と清泉寮 甲斐鐵太郎 YouTube 動画

https://www.youtube.com/watch?v=W2XsKBIEo9w

世界の大学ランキングは英国が仕組んだ虚構だ

八ヶ岳高原ロッジ、八ヶ岳高原ヒュッテ、滝沢観光牧場がある高原野菜農業の長野県南牧村
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八ヶ岳高原ロッジ、八ヶ岳高原ヒュッテ、滝沢観光牧場がある高原野菜農業の長野県南牧村 甲斐鐵太郎 YouTube 動画

https://www.youtube.com/watch?v=jy147lXOh90

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八ヶ岳の清泉寮 旧館客室の趣き 甲斐鐵太郎- YouTube 動画

https://youtu.be/5OhtRDYDXmk

清里高原と2月18日の清泉寮 甲斐鐵太郎
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八ヶ岳の清泉寮 旧館客室の趣き 甲斐鐵太郎- YouTube 動画

https://youtu.be/5OhtRDYDXmk

川上村川端下で暮らすナチュラリスト田渕義雄さん

田渕義雄エッセーの紹介

ターシャの庭と聖アンデレー協会と田渕義雄さん

政治学者 加藤哲郎が現代の自民党内閣の諜報活動を暴く

霧ケ峰高原から見える銀嶺の山々 甲斐鐵太郎

霧ケ峰高原の雪道から車に帰るトレッカー。
写真か説明文をクリックすると動画を再生できます。
霧ケ峰高原道路を動画撮影しました 「パジェロミニを駆って 霧ケ峰高原から見える2月12日の銀嶺の山々」YouTube動画

冬の霧ケ峰高原にて夏を恋う 甲斐鐵太郎

2月12日、晴れ。強清水から八島湿原に向かう。
写真か説明文をクリックすると動画を再生できます。
冬の霧ケ峰高原 車山の山岳道路を動画撮影しました。エッセーは「冬の霧ケ峰高原にて夏を恋う」甲斐鐵太郎 - YouTube




霧ケ峰高原から見える銀嶺の山々 甲斐鐵太郎

霧ケ峰高原道路を動画撮影しました 「パジェロミニを駆って 霧ケ峰高原から見える2月12日の銀嶺の山々」YouTube動画
https://youtu.be/_gRtJtie--w

霧ケ峰高原道路を動画撮影しました 「パジェロミニを駆って 霧ケ峰高原から見える2月12日の銀嶺の山々」YouTube動画
https://youtu.be/_gRtJtie--w

冬の霧ケ峰高原にて夏を恋う 甲斐鐵太郎

冬の霧ケ峰高原 車山の山岳道路を動画撮影しました。エッセーは「冬の霧ケ峰高原にて夏を恋う」甲斐鐵太郎 - YouTube
https://youtu.be/WF0Ezf-Kkg8

デジカメの35㎜撮像素子機とマイクロフォーサーズ17.3mm機の使い分け

富士山を仰ぎ見る町の富士河口湖町

JR甲府駅前に県庁と市役所と武田城がある甲府市

富士吉田の浅間神社

富士山に登る須走口登山道と富士の姿

富士山を仰ぎ見る町の富士河口湖町
富士山に登る須走口登山道と富士の姿
富士吉田の浅間神社
JR甲府駅前に県庁と市役所とNHKとNTTと武田城がある甲府市
八ヶ岳山麓 野辺山高原の野菜畑と白い雲
八ヶ岳山麓の夏色 清泉寮で遊ぶ
霧ヶ峰につづく賽の河原の丘の道祖神
多摩川が流れだす東京都奥多摩町
東京湾道路の向こうに富士山がみえていた

九十九里海岸と上総一ノ宮の波乗りの風景
野辺山からみえる浅間山は上部が水平に削り取られていた
蛛の巣のタワーが眼前にそびえる浅草界隈・下町を年末年始にうろついた
富士山は二つに割れ始めた 甲斐鐵太郎
暮れ行けば浅間もみえず千曲川のせせらぎに枕す 甲斐鐵太郎
富士山と山中湖とコブハクチョウ 甲斐鐵太郎
馬車に見立てて開発されたのが蒸気機関による自動車であった 甲斐鐵太郎
色と形とその変化 鳥と虫と動物の個体差のことなど 甲斐鐵太郎
野辺山の農道とトラクターと幌を外したスポーツカーのこと 甲斐鐵太郎
机に二つの椅子を据えて暮らす 甲斐鐵太郎

70年代の学生運動に羞恥あっても後悔はしないはない 時代への純真さがあったから 甲斐鐵太郞
卒業記念にボブ・ディラン全詩集を渡された男のその後 甲斐鐵太郞

赤い彼岸花の群れとススキがある小さな秋 甲斐鐵太郞

霧ヶ峰挽歌 甲斐鐵太郞
社会生活を営む人間の間で行われる知覚、感情、思考の伝達のための道具が言葉です 甲斐鐵太郞
甲府盆地のサクランボを5月30日に土産にしました 甲斐鉄太郎
宿のベッドの小(ちい)サイズと私の寝袋生活からの脱出 甲斐鐵太郞
リンゴの花と桜並木と給油所 甲斐鐵太郞
国立天文台の野辺山宇宙電波観測所 甲斐鐵太郞
春分の日が近づいてモンシロチョウが飛び出した 甲斐鐵太郞
冬の土用の丑の日とウナギと信州旅行 甲斐鐵太郞
霧ヶ峰高原と日本アルプスの遠望 甲斐鐵太郞
久里浜と金谷を結ぶ東京湾フェリー 甲斐鐵太郞
御嶽山 2月の午後5時9分の夕日 甲斐鐵太郞
洲崎という名の灯台 甲斐鐵太郞
湘南・江ノ島の春の海 甲斐鐵太郞
八王子の陣場山(855m)の薄雪の日、1月30日 甲斐鐵太郞
フィルム時代のAi AF Zoom-Nikkor 80-200mm f/2.8D EDをデジタルで使う
大寒過ぎに相模川でセキレイと遊ぶ 甲斐鐵太郞
三陸自動車道を八戸から釜石まで走る 甲斐鐵太郞
八戸市 蕪嶋神社のどんど焼きは海辺の砂浜で実施される 甲斐鐵太郞
富士山を見に行く 甲斐鐵太郞
腰が痛い 眼が見えない 困ったことだ 甲斐鐵太郞
私が住まう冬の部屋 甲斐鐵太郞
コロナ感染症(COVID-19)に対処するワクチンと治療薬ができた
予防薬のワクチンと治療薬のアビガンなどによって人は新型コロナウイルス感染に冷静になれる
米、英でコロナ・ワクチン接種始まる 日本では2021年3月に開始予定
新型コロナウイルス感染症ワクチン
トヨタ・プリウス 池袋暴走事故 2019年4月19日
私の写真論、カメラ論、そしてデジタルカメラ「FinePix X100」「FUJIFILM X10」 甲斐鐵太郞
フィルムでの写真撮影にかかる実際費用 甲斐鐵太郞
政治学者 加藤哲郎が現代の自民党内閣の諜報活動を暴く 文章は横田俊英
ユーチューブにアップされた加藤哲郎「ゾルゲ事件」を通じて現代の自民党内閣の諜報活動をも暴く(20201212UPLAN加藤哲郎「ゾルゲ事件」)
(上のタイトルおよび写真をクリックすると講演の動画を再生することができます。2時間35分の動画映像です。)

マッカーサーと天皇裕仁との第一回経験後の写真(1945年9月27日)
松本市と上高地そして旧制松本高校 甲斐鐵太郞
web記事とブログ記事とアクセス記録の相関関係 文章は横田俊英
厚木市の奥にある七沢温泉で猪鍋を食べた 甲斐鐵太郞
河童橋の秋はカラマツの紅葉に彩られる 甲斐鉄太郎
紅葉は秋の進行に歩調をあわせる 甲斐鐵太郞
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2020年11月30日号「日本計量新報週報デジタル版」(臨時特報番)
紅葉は秋の進行に歩調をあわせる 甲斐鐵太郞
宣伝カー乗車のアナウンサーへの倍額報酬による公選法違反に隠された真実
何時でも何処でも直ぐ書けるニュース報道の文章
左右対称のシンメトリックな富士山が美しい 甲斐鐵太郞
数学と物理 人類の知識としての学問は積み重ねによって発達した
空間が歪むと光は歪んだところを走るので一定である光の速度は歪まないところを通った光との間に到着時間に差が生ずる
1940年代に生まれた人々の行動とある事例
クマも鳥も虫も神である国の寒山の森の暮らし 甲斐鐵太郞
ナチュラリストのエマソンとソローと、日本の自然のなかの田渕義雄さん
「寒山家具工房」の主、田淵義雄さんのウインザーチェアー 甲斐鐵太郞
田渕義雄さんの「寒山の森」暮らしの動機を推察する 甲斐鐵太郞
ソローの森の生活と寒山の森の田渕義雄さん 甲斐鐵太郞
寒山の森の田渕義雄さんとソローの森の生活 甲斐鐵太郞
川上村と私 甲斐鐵太郞
甲府盆地の7月は桃の季節で8月になるとブドウが本格化する 甲斐鐵太郞
霧ヶ峰高原とレンゲツツジ 甲斐鐵太郎
安岡章太郎が描く軍隊と現代の人々の生への現実 甲斐鐵太郎
現代の人には死はない 甲斐鐵太郎
真夏の暑さのなか快適に作業するために一階にパソコンを移す 甲斐鐵太郎
椅子とヒキガエルと葛の根を考える 甲斐鉄太郎
パソコン業務のためにモニターと机と椅子の位置関係を求めて苦闘する 甲斐鉄太郎
バラの花の向こうに甲斐の山々と青空が広がっていた 甲斐鐵太郞
2020年桃の果実の行方、山梨の果樹農家の不安は拭えない
塩山市の丘で果樹農園のサクランボを買った 甲斐鐵太郞
6月、カッコウの声が八島湿原の草原の向こうで響いている 甲斐鐵太郞
茅ヶ岳と八ヶ岳の山麓の高台から6月の南アルプスを眺める 甲斐鐵太郞
川上村の5月の青空は八ヶ岳を背にして夏色であった 甲斐鐵太郞
フィルムでの写真撮影にかかる実際費用 甲斐鐵太郞
R型ズミクロンをEOS 5Dで使う 甲斐鐵太郞
R型ズミクロンの初期型をキャノンイオスデジタルの5Dを使う
レオタックスFを私は気に入っている 甲斐鐵太郞
新型コロナウイルスと肺炎疾患を考える-その資料一覧 №2-
説明する児玉龍彦氏(東大先端研がん代謝PT)
児玉龍彦さん(東大先端研がん代謝PT)と金子勝さん(立教大特任教授)にうかがう最新の新型コロナ情報。なんと、日本人を含め東アジア沿岸部は、SARS以降に今回のウイルスに根幹の似たウイルスに暴露し免疫を持っている人が多いのかもしれないという仮説が出てきました。そして、ウイルスの特徴から感染後に重症化する人を見分けてケアし、軽症者の重症化を防ぐ手立ても見えてきました。そのような状況の中で、どうしたら感染を制御して社会生活・経済生活を再開できるのか、それを考えます。収録は、2020年5月16日(デモクラシータイムス)
春未だ浅い野辺山と川上村のレタス畑 甲斐鐵太郞
無線式のキーボードの便利さを知った喜び 甲斐鐵太郞
「型板」「鋳型」を使ってwebページを作成する
大菩薩峠の入り口、裂石の番屋小屋でほうとうを食べる 甲斐鐵太郞
新型コロナウイルス禍を理解する 甲斐鐵太郞
5月始めに開かれている城端曳山祭 甲斐鐵太郞
緑が萌え始める信州に遊ぶ 甲斐鐡太郎
白い雲と青空と太陽の輝きは誰のためにあるのか 甲斐鐵太郞
八ヶ岳山体崩壊による28kmほどの岩屑なだれによる崖
思いがけずに出現した八ヶ岳山体崩壊による28kmほどの岩屑(がんせつ)なだれの崖 旅行家 甲斐鐵太郞 動画 YouTube。
主題 Canon デジタル一眼レフカメラ EOS 7D を使うための備忘録 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
副題1 ライカのR50mmレンズはフルサイズのCanon EOS 5Dに付けて使う
副題2 Canon EOS 5Dはライカ単焦点レンズを使う最上のカメラだ

YAMAHA RX- E100アンプとYAMAHA NS BP100スピーカー 執筆 甲斐鉄太郎
映画コンバットの砲撃や銃声は外付けアンプとスピーカーから出力する


田中館愛橘とその時代-その13-(田中館愛橘と高野瀬宗則と関菊治)
明治24年から二年間だけあった物理学校度量衡科の卒業生68名のなかに関菊治がいた


田中館愛橘とその時代-その12-(田中館愛橘と高野瀬宗則)
関菊治が修業した物理学校度量衡科と物理学校創立した東京大学仏語物理学科卒業の同志21名のことなど。

田中館愛橘とその時代-その11-(田中館愛橘と高野瀬宗則)
物理学校の度量衡科を卒業した明治7年(1874年)生まれの長州人、関菊治(大阪府権度課長)

田中館愛橘とその時代-その10-(田中館愛橘と高野瀬宗則)
高野瀬宗則の権度課長着任と度量衡法制定(メートル条約締結と連動する日本の動き)

田中館愛橘とその時代-その9-(田中館愛橘と高野瀬宗則)
高野瀬秀隆と肥田城の水攻め(高野瀬宗則とその先祖の高野瀬秀隆)

田中館愛橘とその時代-その8-(田中館愛橘と高野瀬宗則)
彦根藩主の井伊直弼(大老)による安政の大獄

田中館愛橘とその時代-その7-(田中館愛橘と高野瀬宗則)
井伊直弼の死を国元へ伝える使者の高野瀬喜介、子息は高野瀬宗則

田中館愛橘とその時代-その6-(田中館愛橘と高野瀬宗則)
日本の近代度量衡制度を築き上げるために農商務省の権度課長に指名された高野瀬宗則

田中館愛橘とその時代-その5-(東京大学の始まりのころと現代の高等教育の実情)
日本物理学の草創期に物理学を背負う人々を育てた田中舘愛橘をさぐる-その5-

日本物理学の草創期に物理学を背負う人々を育てた田中舘愛橘をさぐる-その4-

日本物理学の草創期に物理学を背負う人々を育てた田中舘愛橘をさぐる-その3-

日本物理学の草創期に物理学を背負う人々を育てた田中舘愛橘をさぐる-その2-

日本物理学の草創期にその後日本の物理学を背負う多くの偉人を育てた日本物理学の祖である田中舘愛橘(たなかだて あいきつ)をさぐる。-その1-田中舘愛橘が育った江戸から明治にかけての日本の状況(執筆 横田俊英)

初版 物理学者で日本人初の国際度量衡委員の田中舘愛橘-その1-(執筆 横田俊英)

美ヶ原高原と春の雪 執筆 甲斐鉄太郎
地が裂け山が崩れ洪水が人を襲う日本の自然(ハザードマップは人が住んではならない場所を示す地図だ
富士山より高かった八ヶ岳が崩壊すると泥流は甲府盆地の向こうまで流れた執筆 甲斐鐵太郞
韮崎と須玉に連なる丘の七里岩は八ヶ岳崩壊による岩屑(がんせつ)なだれの跡だ

霜が降りるまでヤマモミジは真っ赤に燃えていた 執筆 甲斐鐵太郞
中央道須玉IC付近右手にみえる七里岩。八ヶ岳が山体崩壊による岩屑(がんせつ)なだれの跡だ。執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
霞ヶ浦の岸辺で遊ぶ 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
ライカの一眼レフを使う 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
ロッキングチェアでパソコンと遊ぶ 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
紅葉の富士山と河口湖-その1- 11月3日 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
紅葉の富士山と河口湖-その2- 11月3日 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
中部横断自動車道を走る トンネルと橋でできた道だ 2019年10月21日 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
ライカM5は特別な感覚領域を備えていて私を虜(とりこ)にした
暑い夏の日に紀伊半島の山中をさまよっていた 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
黒羽観光やなと那珂川の清流 文章 旅行家 甲斐鉄太郎
灰色の街と紅い夕日 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
大山阿夫利神社と山麓の梨 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
安曇野の夏、8月18日には稲が実りかけておりました 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
【八ヶ岳連峰 硫黄岳への夏山登山 動画】YouTube
八ヶ岳連峰 硫黄岳へ夏休み登山 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
地震と津波
地震計は地震を予知する機能を持たない
旅行や自然や風景の動画 目次-その2-
旅行や自然や風景の動画 目次-その1-
地震計は地震を予知する機能を持たない
【八ヶ岳連峰 硫黄岳への夏山登山 動画】
八ヶ岳連峰 硫黄岳へ夏休み登山 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
オリンピックの自転車ロード競技のテストイベントを見物する 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
2019年郡上おどり2日目7‎月‎14‎日は午後10時半まで盛大に 執筆 旅行家 甲斐鐵太郎
2019年の郡上おどり始まる 執筆 旅行家 甲斐鐵太郎
飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎
海をみに行く。房総半島を右回りで旅行した。 執筆 旅行家 甲斐鐵太郎
夏至の日の八島湿原のアヤメ 執筆 旅行家 甲斐鐵太郎
ニセアカシアを知る-アカシア情報-
アカシアの白い花が咲いていた 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
松本市と松本城そして穂高連峰 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
上田城跡と白土三平と霧隠才蔵 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
ありふれた一日の覚書 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
午前9時までに4時間の調べ事、そして都内で新聞の業務です

真澄の宮坂酒造で利き酒する諏訪の旅 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
ある一日、木曜日の典型的な行動です。執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
良い景色のところにでかけて自然に身体を浸すように心がけたい 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
伊勢旅行したら草臥れ果てて椅子に座れなくなりました。
(そのためにキーボードとの位置関係のよい椅子を買って対処しました)
 執筆 甲斐鐵太郎
輝く虹の環水平アークと日暈(ひがさ)の出現に沸いた2019年4月28日 執筆 甲斐鐵太郎
湘南の海岸通りを走る 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
ウイルス防御ソフトの「ブロック」表示との格闘三日間 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
ウイルス・ソフトのパソコンへのアップの顛末記 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
「ハッピーエンド」を聴く 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
八ヶ岳と野辺山高原そして川上村の景色 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
3月7日、別所温泉の和風・老舗旅館に泊まる 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
webページとYouTubeで構成された私の音楽室 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
出雲崎町「良寛記念館」を訪ねる 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
日本海の幸を寺泊で味わう-その2-執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
土曜日、ガストで新調したパソコンの動作を確かめる。快調だと朝定食を食べて喜ぶ。執筆 甲斐鐵太郎

キャノン7とキャノンP 執筆 甲斐鐵太郎
中央道下り諏訪から北アルプスがみえる 執筆 甲斐鐵太郎
中央道下り諏訪から穂高岳、槍ヶ岳、常念岳がみえる
富士市の富士山展望の宿に泊まった 執筆 甲斐鐵太郎
国道158号線 松本市に向かう冬の旅である 執筆 甲斐鐵太郎
霧ヶ峰高原 八島湿原 八ヶ岳の雪と青い空 執筆 甲斐鐵太郎
石老山(標高702 m)2月1日、雪の朝 執筆 甲斐鐵太郎
真鶴と湯河原をぶらりとする 執筆 甲斐鐵太郎
熱海桜は河津桜よりも確実に早く咲く 執筆 甲斐鐵太郎
真鶴と湯河原をぶらりとする 執筆 甲斐鐵太郎
富士山を見るために二週連続で富士宮駅前のホテルがでかけた 執筆 甲斐鐵太郎
(ダイヤモンド富士が出現する暦、年中ダイヤモンド富士が見られます 執筆 甲斐鐵太郎)
1月10日、京都えびす神社の「えべっさん」 執筆 甲斐鐵太郎
富士山に陽が昇る 執筆 甲斐鐵太郎
富士山が見えている夕方に「吉田のうどん」を食べる 執筆 甲斐鐵太郎
(副題)本を読むこと、文章を書くこと、とwebが一体になった

山中湖から富士山を仰ぎ見るのを楽しみにしている。執筆 甲斐鐵太郎
太陽が平原の林に沈んだ。月が輝きだした。高原の冬である。執筆 甲斐鐵太郎
大王わさび農場を冬至の日に訪れる 執筆 甲斐鐵太郎
上高地夏至のころ 執筆 甲斐鐵太郎
江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎
林の向こうに青空が見えると嬉しくなります 執筆 甲斐鐵太郎
山手のレストランとBOSEのスピーカー 旅行家 甲斐鐵太郎
三浦岬をぐるりと巡って葉山マリーナにでた 執筆 甲斐鐵太郎
浅草の場外馬券売り場前の飲み屋で一杯 執筆 甲斐鐵太郎
お酉さま 執筆 甲斐鐵太郎
晩秋の霧ヶ峰高原 霧に包まれたカラ松の高原道路を走る 執筆 甲斐鐵太郎
カラマツは黄色と赤の中間色に燃えていた。カラマツ林の裾に民家があった。茅野市である。執筆 甲斐鐵太郎
10月の下旬に新潟市の界隈をうろついた 執筆 甲斐鐵太郎
11月の旅 壊れているフィルムカメラを旅の途中で買った これが酒の肴にはいい 執筆 甲斐鐵太郎
10月12日、川上村のレタス畑は最後の収穫をしていた 執筆 甲斐鐵太郎
信州の秋をめぐる 諏訪から佐久にでる 千曲川沿いを走る 執筆 甲斐鐵太郎
信州松本市郊外で秋のめぐみに出会う 執筆 甲斐鐵太郎
金曜日の夜は紅葉と夕日と星空の八ヶ岳、霧ケ峰そして美ケ原を走っていた 執筆 甲斐鐵太郎
日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎
私と上高地-その6-上高地賛歌 八ヶ岳登山で山の自然に魅了される 甲斐鐵太郎
私と上高地-その5-格好いい山男は女に好かれる 山で英雄になった男の物語 執筆 甲斐鐵太郎
私と上高地-その4-槍ヶ岳・穂高岳登山と上高地 執筆 甲斐鐵太郎
私と上高地-その3-上高地帝国ホテルと大正池界隈を歩く 執筆 甲斐鐵太郎
私と上高地-その2-登山とロマンチズムそして感傷主義 執筆 甲斐鐵太郎
私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地 執筆 甲斐鐵太郎
横浜市山手の丘にでかけると海が見え瀟洒な家並みにはブリキ博物館が紛れ込んでいた
夕暮れどきの高山市古い町並み‎2018‎年‎6‎月‎23‎日、‏‎18:06:44
夏至の日の旅行で郡上八幡市の古い町並みを見物する
6月24日、松本市波田のスイカを買う 温室栽培の大玉スイカです
6月に晴れる 小さなリゾート地相模湖で憩う
白いヒナと黒い3羽のヒナを連れて湖面を移動するコブハクチョウ
夏の訪れを告げる鮎釣り 相模川の6月1日の夕暮れ時
よい景色とよい音楽と美味しい食事 八ヶ岳と北欧レストランとパソコンでユーチューブ
近江の国、多賀大社(たがたいしゃ)の茅の輪くぐり
特別な位置にいる投手としての大谷翔平
「春の日と一人娘はくれそでくれない」ので5月は午後7時まで遊んでいられる
奥飛騨の新芽の背景は北アルプス穂高連峰の山肌であった
松本駅前の昭和横丁でホルモンを食べる 松本山雅FCファンがやかましい店だ
金曜日、思いついて新宿から松本に向かう。塩尻駅で降りた。
東京の桜は散って新緑の季節になりました
武田信玄の北条との決戦地の三増峠近くの枝垂れ桜
(季節は2カ月と半分ほどで夏至になる)
北杜市実相寺の山高神代桜は甲府盆地の桃の花と開花時期が同じです
(関東地方の春分の日は雪が舞い河口湖では28㎝も雪が積もりました)

陽だまりでは梅の花が土手にはスミレが咲く
5月になれば水田に映える常念岳を見に安曇野にでかけよう
埼玉県吉見町の栽培農家で買ったイチゴは甘かった美味かった
富士山の雨を集めた山中湖は忍野をへて津久井湖で道志村に降った雨と合流する
槍ヶ岳 霧ヶ峰からの遠望(高原の秋の始まりのころ)
山みちで老いたキツネにであう 旅行家 甲斐鐵太郎
数学者も物理学者も現在持つ知識は写し取って得たものである
インターネットで拾った文章を繋げて出来上がるニュース報道
数学と物理学者が事実として構想することと実験によって確かめられる事実
(光波干渉測定システムはアインシュタインの理論を事実として確認した)

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