私と上高地-その5-格好いい山男は女に好かれる 山で英雄になった男の物語
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私と上高地-その5-格好いい山男は女に好かれる
穂高連峰に薄雲が湧く。そして流れていく。山の天気だ。
格好いい山男は女に好かれる 山で英雄になった男の物語
上高地と穂高連峰。6月下旬は緑が眩しい。
格好いい山男は女に好かれる 山で英雄になった男の物語
北アルプスの稜線上空に日輪が現れた。
格好いい山男は女に好かれる 山で英雄になった男の物語
6月24日、雪解けが早い夏の河童橋付近の風景である。
格好いい山男は女に好かれる 山で英雄になった男の物語
上高地バスターミナルには観光バスが整列して帰りを待つ。
(タイトル)
私と上高地-その5-格好いい山男は女に好かれる 山で英雄になった男の物語 執筆 甲斐鐵太郎
(上高地賛歌 八ヶ岳登山で山の自然に魅了される)
(本文)
大学のある学部を終えることが決まった区切りに神田のレコード屋でドボルザークの「新世界」を買った。別の学部の3年に入学することになっていたから大した思いはない。
レコード屋のの若いい店員に「新世界」ならカラヤンではなく別の指揮のがいいと薦められてそのようにした。聴いていると涙がある演奏なのだという。一つの曲にそのようなことがあることを知った。どのような装置で聴いていたのか忘れた。
学士入学した学部は二年で学部を終える教程である。ある教科だけに関心があった。それを学べばよかった。卒業に求められるぎりぎりの単位数で申し込んだ。一つでもだめだと卒業が延期になる。すべての教科に合格点が付いてこの学部を終えた。ゼミの担当教授は三つ目の学部に行くように薦めた。ゼミの教科を学ぶことが目的であったから先には進まなかった。
授業はゼミだけにでた。受講生の少ない授業には教員の顔を立てるためにでていた。受講者が一人であることが珍しくなかった。必修科目が不合格だと卒業できない。もう一年通わせる大学であった。ある必修科目にも私は出席しなかった。指定された2冊合わせて5千円をる超える教授自著のテキストを買わされていた。だから単位は自動的に与えられると考えた。この科目には試験があった。解答するのに15分を要さなかった。さっさと席を後にした。出席確認をする授業であったから皆が合格していると考えていた。私には合格最低点が付いていた。出席が影響したのだろうと考えた。卒業式の日に私は雪の谷川岳で雪洞にもぐっていた。同級の70名は皆卒業していると思っていた。一年ほどして半数が先の必修科目で不合格になり卒業を一年延期されていたことを知った。小利口な人間が幾人も卒業延期になっていた。私は卒業単位ぎりぎりの受講をしてすべてに合格点が付いた。1970年初頭のことである。
谷川岳で雪洞にもぐった仲間の一人が70歳にして治らない患いに苦しんでいる。この人はオーダーメイド登山靴で有名な東京の豊島区に店があるゴローの二重靴を履いていた。いつの間にか登山クラブをつくっていた。集まってきた女性の何人かがこの人に憧れた。憧れは恋の形になった。思いが一番強かった女をこの男は妻にした。二重靴の男は山では格好よかったのだ。
二重靴は高い。並の決意では買えない。中学を卒業してづっと文撰工として働いてきた男である。お金をすべて登山のために投入した。登山のために費やしたお金は情熱の反映であった。女たちは男に惚れた。一番思いの強い女が男と一緒になった。
男と女のことである。
ある男は若いのに超然としていて恋には無縁のようすであった。歳のいった男がある男に言った。女が少ないところではさまざまなことがおこる。初対面で何の思いもなくその女をみても、まずはこの女に恋心などおこすまい、と思う。しかし危ないぞ気を付けろと自分に言い聞かせているあいだに恋に落ちる。恋に落ちても生活の場面がないところでは良い結末にならない。お前にそのようなことがあるかも知れないが心せよ、と。事実、学園生活をつうじて縁づいた者たちに良い結末はなかった。
同級生は北陸で一番歴史がありにぎやかな街にある大学入学を希望していた。入学できた大学には女子が男子の五分の一ほどいた。同級生はある研究会に参加してある女に恋をした。恋は必然であった。望まない大学に進んだあとには恋しかなかった。夢中になった。恋だけが生き甲斐になった。
若いのに超然としている男は同級生がある女に恋していることを知らなかった。その研究会の夏の合宿が山梨県の涼しい山荘で開かれた。夜になって酒を飲み交わすうちに女は恋する男のことを周囲に打ち明けた。相手は研究会の顧問をしているOBであった。有名な教授に師事して大学院の博士課程をおえて浪人していた。女に恋していた男は驚いた。女の恋は捨て身であった。女は自分が働いて博士の男の生活を支えるのだという。博士は生計のためにある研究者への道を断って地方公共団体の知事室に勤務するようになった。若いのに超然としている男は葡萄酒を飲み過ぎて早々にひっくり返っていた。いきさつを知らない。女に恋慕していた男は学校に顔をださなくなった。
二年ほどして男が超然としている男に八ヶ岳に登らないか、と声を掛けた。誘われた男は用具一式を揃えてもらって八ヶ岳に登った。同級生は学校に行かないで山に登っていた。1970年が過ぎた年であった。腑抜けな男だったが山では逞(たくま)しかった。見掛けに寄らない体力があった。八ヶ岳登山によって誘われた超然とした男は山に魅了された。何年か後に同じ大学の別の学部を卒業するときには男は山のとりこなっていた。卒業式のその日には谷川岳の斜面雪洞にもぐっていた。
その男は歳に似合わず超然としている風情であったから何人かの男に、女たちへの恋心を聞かされた。八ヶ岳登山を誘ってきた男は何も話さなかった。私がそのようなことに無関心でいた。たわごとに似た話もあれば生涯を決めるような深刻なのもあった。このような話の場合、男がどのように思おうとも女に気持ちはない。大学生としては格好良いとは言えない男たちであった。実らぬ恋に男たちはもだえた。恋の行き場を失って海外に渡った男がいる。
その男の恋の対象になった女は東京に職場がある役所に勤めながら名のある資格のための学習をしていた。恋する男がその後、女とどのように交流したか知らない。女と私は普通に話す間柄だった。女は海外に渡った男の受け止めに苦しんでいった。私はその男のことを口の端にださなかった。女も同じであった。男は海外でもう一つの恋をしていたのであった。
女は卒業して二年経つと別の学部に残って最終学年になっている男のところにやってきた。何も言わずに二冊の本を手渡した。何年かして女が役所の男と一緒になったことを人伝てに聞いた。
海外に逃げて外国の女に恋をするようになった男は一年して超然とした男を訪ねた。外国暮らしを少し話した。男は有名な企業に勤めるようになった。何年かしてその男から子どもが一人いる年賀状が届いた。郷里に帰っていた。
片側からだけの思いでいる間は男と女には何の関係もない。女にその男への思いはない。男だけが熱をあげる。この構図は多い。逆もまたある。恋を成就させた何組かをみた。二組は男が格好良かった。格好良い役回りにいて見事な振る舞いをしていた。女が男に恋をした。何組かは大して格好よくないもの同士だった。何となく恋に落ちでそのままの流れで結ばれた。女の恋の対象は英雄である。男は格好良くなくてはならない。女への未練を残して外国にでかけて行った男はお人好だが格好は良くなかった。
ある女は生活のすべてを山に賭けた文撰工に激しい恋をした。男は女の恋を受け入れざるを得なかった。適齢期でもあった。谷川岳の雪洞に一緒にもぐり込んだゴローの二重靴を履いた男のことである。女は格好いい男に惹かれる。不細工な男でも何かに打ち込むと輝く。輝いている男を女は仰ぎ見る。ゴローの二重靴を履いた男は絶頂期であった。
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(写真と文は甲斐鐵太郎)
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