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日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎
(みれば下っていくためのロープウエイ駅があった何なんだろうと乗車する下っていくのである)

日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎
 旅行家 甲斐鐵太郎



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日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎


日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

7月‎6‎日、西日本は洪水被害。日本平ロープウェイのようす。

日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

家康の時代には尾根続きであった場所をロープウェイで渡る。

日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

久能山東照宮の眼下は海で岸にはイチゴ畑が広がっている。

日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

ロープウエー駅から国宝が陳列される東照宮博物館に行く。

日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

久能山東照宮では信長と秀吉は家康の両脇に祀られる。

日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

一富士二鷹三茄子。境内の茄子は円い実をしていた。

日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

海に面した山の上にある久能山東照宮では海風が霧になる。

日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

徳川家康は天下泰平を祈願して久能山東照宮を建てた。

日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

湿度100%であった。社殿も湿気除けに銅板が張られていた。

日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

7月6日昼頃。海からの風が霧になって降っている。

日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

(本文)

 ロープウェイというから上に向かって登っていくのだと決めていた。日本平に到着して上を見上げてもそれらしいのがない。土産物売り場に行って聞くとあっちだという。あっちへ行ってもそれらしのがないから戸惑う。みれば下っていくためのロープウエイ駅があった。何なんだろうと乗車する。下っていくのである。

 なぜロープウエイなのか。山が崩れて900メートルもの谷ができた。久能山東照宮への道が消えたのでロープウエイを架設した。どんどん下っていく。料金は往復で千百円だ。到着駅の下には海が見えていた。海に面した山に久能山東照宮があった。

 権現様は山が崩れることなど想像しなかった。2018年7月6日のこの旅行の中国地方では山が崩れて200人を超える死者をだした。とにかく下って行くロープウエイに驚いた。

 晴れたら日本平からは富士山がよく見える。三保の松原の景色もよいはずだ。この日はときどき霧雨が落ちる天気であった。久能山東照宮の社殿には海からの風が山を越えると霧になって降り注いでいた。湿度100%の蒸し暑い階段上りに顎をだした。

 久能山東照宮の博物館には家康の置時計が展示してあった。高さ20センチメートルもないない小ぶりさに写真からのイメージを覆した。何代かの将軍の甲冑と刀などあって思いを複雑にめぐらした。武具としては蟷螂の斧(とうろうのおの)と同じである。大阪城に大砲を打ち込み城郭の無意味さをみせしめた将軍徳川家にしてこれである。江戸の武芸は仇討ちものによって語りつくされる。忠臣蔵の討ち入りも札が辻もそうだ。

 武器の大型化と大量保持を禁じて世を治めたのであるがその一方で秀吉の子分であり裏切りをした福島正則らには理不尽な扱いをした。小布施で客人として滞在した葛飾北斎が龍の天井画を書いた寺に幽閉されて最後を遂げた福島正則のことを思うと徳川将軍家の治世の陰湿さが知れる。悪知恵もあそこまで行くと芸術であるが政治とはそのようなものなのだろう。

 日本平から東に下ると、ちびまる子ちゃんの清水市であった。マグロの町清水市で、はごろもフーズの建物をみた。ここのツナ缶は間違いなく美味い。土産にもらったマグロの佃煮もまた美味かった。旅行にでかける前に日本マグロを安く手に入れたので佃煮にしたところ脂身が多過ぎたためか失敗料理になった。

2018-07-29-nihondaira-and-kunozan-toshogu-bhrine-tetutaro-kai-syokota-essay-measurement-

(写真と文は甲斐鐵太郎)

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旅のエッセー集 essay and journey(essay of journey) 旅行家 甲斐鐵太郎
essay and journey(essay of journey) by kai tetutaro


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私と上高地-その4-槍ヶ岳・穂高岳登山と上高地

晴れた日の大正池と穂高連峰の景色。説明のための写真。

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夕暮れどきの高山市古い町並み‎2018‎年‎6‎月‎23‎日、‏‎18:06:44

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山みちで老いたキツネにであう 旅行家 甲斐鐵太郎

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インターネットで拾った文章を繋げて出来上がるニュース報道

数学と物理学者が事実として構想することと実験によって確かめられる事実

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(光波干渉測定システムはアインシュタインの理論を事実として確認した)


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