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江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m)
執筆 甲斐鐵太郎

江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎
 旅行家 甲斐鐵太郎



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江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎


江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎

標高1,252mの大山が標高1,567mの丹沢山を隠している。

江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎

ケーブルカーは午後7時まで動いている。

江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎

空には薄明かりがあるが街道は夜になっている。

江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎

12月の月が半月から膨らんでいる。

江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎

午後4時半はもう夜だ。夜が早く来る日にでかけた。

江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎

大山は雨乞いの神ともされ、農民の信仰を集めた。

(タイトル)
江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎

(本文)

 東京はビルが林立したために遠くの山をみることができなくなった。西には富士山がみえる。富士山はビルの合間から何とかみえる。郊外にでると西の山は大山である。左右に手を広げて丹沢山(標高1,567m)を隠している。標高1,252mの大山が大きく見えるのは遠近感による。

 東京から歩いて行ける山ということで大山詣でが始まった。江戸の人は理屈をこしらえて旅行した。旅行の費用は回り番で工面する。富士講もそうしたことの一つであり、お伊勢参りもした。

 手ぢかな山で秀麗である。山岳信仰の対象として打ってつけだ。大山は別名を「阿夫利(あふり)山」、「雨降(あふ)り山」ともいい、大山および阿夫利神社は雨乞いの神ともされ、農民の信仰を集めた。神奈川県伊勢原市・秦野市・厚木市境にある。

 大山街道というと赤坂付近(江戸)と大山を結ぶ街道いわれがちである。これは現代の国道246号線である。別の地域からの大山への道のりも大山街道と呼ばれた。鎌倉へ駈け参ずるための鎌倉街道と同じように、各方面からの道が大山に向けて付けられていた。

 東海道が江戸から西に向かうための主街道である。東海道は江戸幕府が管理・整備していた。大名や飛脚が使っていた。大山街道は脇街道である。道幅は狭く、宿も少ない。箱根越えは東海道と同じである。

 相模川の鮎は大山街道で江戸に運ばれた。享保(1716年から1736年)に大山参りが盛んであった。

 大山には日の入りが一番早い時期にでかけた。12月の月が半月から膨らんでいる時期である。4時半には月がくっきりしていて周りは暗い。山頂近くまで伸びるケーブルカーは午後7時まで動いている。

 登山者が降りてきて靴を洗っていた。伊勢原まで歩いていく人もいた。元気だなあ。大山付近の宿は細々と営まれている。温泉に浸かるなら近くの七沢温泉まで足を運びたい。

 東京から登山口まで鉄道が一直線に伸びている八王子市の高尾山への登山者は増え続けている。大山詣でをする人との差が大きくなっていることに寂しさを覚える。

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(写真と文は甲斐鐵太郎)


旅のエッセー集 essay and journey(essay of journey) 旅行家 甲斐鐵太郎
essay and journey(essay of journey) by kai tetutaro


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江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎

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(季節は2カ月と半分ほどで夏至になる)

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槍ヶ岳 霧ヶ峰からの遠望(高原の秋の始まりのころ)
山みちで老いたキツネにであう 旅行家 甲斐鐵太郎

数学者も物理学者も現在持つ知識は写し取って得たものである
インターネットで拾った文章を繋げて出来上がるニュース報道

数学と物理学者が事実として構想することと実験によって確かめられる事実

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(光波干渉測定システムはアインシュタインの理論を事実として確認した)


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