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自然歳時記 上高地の大正池のこと
Taisho Pond in Kamikochi
自然歳時記 上高地の大正池のこと 甲斐鐵太郎

自然歳時記 上高地の大正池のこと
執筆 甲斐鐵太郎

自然歳時記 上高地の大正池のこと 甲斐鐵太郎

自然歳時記 上高地の大正池のこと 甲斐鐵太郎

写真は10月15日に撮影した上高地の大正池。浚渫船が浮かんでいて湖上の枯れた立木の姿はない。初冠雪は10月6日にあった。

自然歳時記 上高地の大正池のこと 甲斐鐵太郎

上高地の河童橋から10月15日に撮影した焼岳。水と緑と山とが調和している。

自然歳時記 上高地の大正池のこと 甲斐鐵太郎

写真は上高地から沢渡に向かうバスで撮影した大正池のラバー堰堤。10月15日に撮影。

(タイトル)

自然歳時記 上高地の大正池のこと 甲斐鐵太郎

(本文)

 大正池は上高地に人を集めるために無理矢理に池として残している。誰が利益するか計算はできないが観光のために大正池として姿を保存している。大正池は深度が浅い。梓川(あずさがわ)の流れとして再び速度を速める直前の部分はコンクリートで土台をつくって、その上にゴムと布でつくられた大きな丸太状の風船で堰き止めている。ラバーダムとかラバー堰堤と呼ばれている方式の堰き止め形式である。水深が浅いからゴム風船にかかる水圧はさほどではない。大正池の標高は1,940m。周囲は白樺林だ。大正池の現在は深さ3.9m、周囲2.4km。当初面積は現在の2倍以上。白樺などの立ち枯れが二千数百本あった。焼岳から流れ出る上々堀沢、上堀沢、中堀沢、下堀沢があり雨が降ると土砂が流れ出る。11月の渇水期以降に大型浚渫船を用いて土砂の除去作業をしている。浚渫される土砂の量は、毎年ダンプトラック3,000台ほど。

 上高地への行き帰りに大正池を眺めていると頼りない幕切れであると感じていたのはラバー堰堤のためであった。ラバー風船からなだらかに5メートル下った水は狭隘な谷を削る流れとなって奈川度ダムで堰き止めれれた梓湖に流れ込む。

 大正池に浮かんでいる船がある。浚渫船(しゅんせつせん)であり土砂をすくい上げていないと池は埋まる。浚渫は東京電力がしている。槍ヶ岳から流れ出す水の一方は梓川となり、北に流れ出すと高瀬川になる。高瀬川は上流部から順に高瀬ダム、七倉ダム、大町ダムがあり、これらのダムは土砂で埋設されないために浚渫を続けている。梓川には奈川度ダム、水殿ダム、稲核ダム(いねこきだむ)の三つの大きなダムがあって東京電力が水力発電している。大正池は下流に建設された東京電力リニューアブルパワーの水力発電所、霞沢発電所の調整池としても利用されているので年間10,000 から30,000立方メートルの土砂を東京電力が冬場に浚渫(しゅんせつ)している。浚渫した土砂はコンクリートなどとして利用されている。日本経済がGDPでみれば横ばい状態であることから土砂需要が減少している。浚渫コストを補うことができないために、この事業を取りやめると10年で大正池は土砂で埋まる。大正池に残っていた枯れた立木はこの10年の間に姿を消している。

 梓川は木曽から流れ下った奈良井川と合流して犀川(さいかわ)と名を変える。高瀬川は松本市の北部、穂高市の付近で合流して犀川おなって北上し、善光寺平の入り口で千曲川と合流して名を失う。谷川岳から流れ出た魚野川は長岡市で千曲川と合流する。合流した下流は信濃川となって日本海に注ぐ。

 海と川、海の渚(なぎさ)は川が運んだ土砂と深い海が砂を引き込む作用との均衡でできあがる。大正池は焼岳の地下にたまった水をマグマの熱が沸騰させたときの表土の噴出物が梓湖(あずさこ)を堰き止めてできあがった。1915年(大正4)年の焼岳の水上爆発が大正池をつくった。大正池の名前が定着する前は梓湖と呼ばれていた。

 焼岳のマグマ噴火は2,300年前、中腹部の丘は4,000年前に流れ出した溶岩の堆石で形成された。焼岳の頂上部の丸みは2,300年前流れ出たマグマによって形成された溶岩ドームである。現在も噴煙をあげる焼岳の水蒸気爆発は昭和37年にもおきた。山頂付近の焼岳小屋が大破している。焼岳は南峰に国土地理院の標高2,455.4mの二等三角点が設置されており、これが焼岳の最高点である。南峰は崩れやすいために登ることが禁止されている。

 槍ヶ岳や穂高岳に源を発した水は下って越後平野を流れる。平野では堤(つつみ)を築いて氾濫を抑える。流量が増えると堤が切れる。長岡市の横田で堤が切れて大洪水になった。これを契機に新潟港に流れ出る水の一部を寺泊(長岡市寺泊)に抜いた。以降は大洪水による堤切れは減った。新潟港は土砂の流入量が減じたために海岸線が浸食されて細っている。築堤などの対処事業を余儀なくさせる。寺泊は日本海川の断崖に細長く伸びた漁村である。信濃川の土砂の流入と漁労のことが気遣われる。

 槍ヶ岳と穂高岳から流れ出る梓川の清流は濁りがない。普通の降水量では表土が流出しない。水の濁りは土によるものであり表土が流れ出ていることを示す。山や丘への降雨は地中に浸透する。腐葉土を踏むと所々に穴がある。地中に雨がしみこむための穴ができている。雨水が川に注ぐころには表土が地中で浄化されている。上高地を流れる梓川の水が清冽であるのはこのような原理による。釜トンネルから下流は山肌が向きだしだから少しの降雨で川は濁る。川は、わくらば(病葉)を清き流れに浮かべている状態でありたい。

(写真と文章は甲斐鐵太郎)

2022-10-27-taisho-pond-in-kamikochi-

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土曜日、ガストで新調したパソコンの動作を確かめる。快調だと朝定食を食べて喜ぶ。執筆 甲斐鐵太郎


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(副題)本を読むこと、文章を書くこと、とwebが一体になった


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江戸の人々の山岳信仰の山だった大山(標高1,252m) 執筆 甲斐鐵太郎

林の向こうに青空が見えると嬉しくなります 執筆 甲斐鐵太郎

山手のレストランとBOSEのスピーカー 旅行家 甲斐鐵太郎

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私と上高地-その6-上高地賛歌 八ヶ岳登山で山の自然に魅了される 甲斐鐵太郎

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横浜市山手の丘にでかけると海が見え瀟洒な家並みにはブリキ博物館が紛れ込んでいた

夕暮れどきの高山市古い町並み‎2018‎年‎6‎月‎23‎日、‏‎18:06:44

夏至の日の旅行で郡上八幡市の古い町並みを見物する

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よい景色とよい音楽と美味しい食事 八ヶ岳と北欧レストランとパソコンでユーチューブ

近江の国、多賀大社(たがたいしゃ)の茅の輪くぐり

特別な位置にいる投手としての大谷翔平

「春の日と一人娘はくれそでくれない」ので5月は午後7時まで遊んでいられる

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松本駅前の昭和横丁でホルモンを食べる 松本山雅FCファンがやかましい店だ

金曜日、思いついて新宿から松本に向かう。塩尻駅で降りた。

東京の桜は散って新緑の季節になりました

武田信玄の北条との決戦地の三増峠近くの枝垂れ桜
(季節は2カ月と半分ほどで夏至になる)

北杜市実相寺の山高神代桜は甲府盆地の桃の花と開花時期が同じです
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陽だまりでは梅の花が土手にはスミレが咲く
5月になれば水田に映える常念岳を見に安曇野にでかけよう

埼玉県吉見町の栽培農家で買ったイチゴは甘かった美味かった
富士山の雨を集めた山中湖は忍野をへて津久井湖で道志村に降った雨と合流する
槍ヶ岳 霧ヶ峰からの遠望(高原の秋の始まりのころ)
山みちで老いたキツネにであう 旅行家 甲斐鐵太郎

数学者も物理学者も現在持つ知識は写し取って得たものである
インターネットで拾った文章を繋げて出来上がるニュース報道

数学と物理学者が事実として構想することと実験によって確かめられる事実

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(光波干渉測定システムはアインシュタインの理論を事実として確認した)

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