紀州犬物語(127)「土用の一つ子」を産んだ10歳のメス犬。−その1−(横田俊英)
(タイトル)
「土用の一つ子」を産んだ10歳のメス犬。−その1−
(サブタイトル)
レントゲン撮影に子犬の影はなかった。
キューンという啼き声を聞いた妻は「ウメちゃんはお産をするのではないですか」と確証じみて言う。
第127章 「土用の一つ子」を産んだ10歳のメス犬。−その1− 執筆 横田俊英
(本文)
お腹をレントゲン撮影すると子犬の影はなかった。
動物病院に「お腹の子の状態をみたい」というと「子犬がいるかどうかですね」という言葉が返ってきた。
「そうじゃない、子犬が何匹いるかをみたい」と返答する。
「それでは午後に」という。
「いやもう家をでているから頼みます」
「そうですか、わかりました」との答えだ。
その訳はあとでわかった。
後継ぎになっている若夫婦の獣医師にレントゲン撮影の現場に立ち入られないために先代の老夫婦がこれを代わって行うのであった。
子息に口出ししないようにするために老獣医師は後ろに引いていて診療にも口出ししないようにしている。
ウメ(梅)という10歳になる紀州犬のメス犬はこれまでに何度もお産をしている。あるときは6頭ほどの子犬を生んだ。
正月20日過ぎの寒いころに外の犬舎で子犬を生んで抱いていたこともあった。このときにはお腹は大きくなっていなかったために、飼い主の私も駄目だったかも知れないと半ば諦めて経過をみていたのであった。
熱海で会合がある日だったがウメのお産が気がかりなので泊まらずに午後10時ころに家に戻って直ぐに犬舎を覗いてみると母親はまるまって子犬をお腹にくるんでいた。
ああ、そうだったのだ、と私は嬉しくなった。
ウメのお産についてはそのようなことを経験している。
動物病院に着くのと同時に老獣医師が車から降りたところであった。
そうか、レントゲン撮影のために近くにある住まいからやってきたのだ。
診察台にウメをのせて体重を計ると老獣医師は「これは入ってないんじゃないか」と口を開く。
「そうですか」と答えるしかない私。
下腹部のふくらみは十分ではないが通常の状態ではない。陰部もお産に備えて柔らかく大きなふくらみを保ったままだ。
これだから4頭まではいないにしても1頭は入るはずだ、と私は思う。これは確信でもあった。
レントゲン撮影をしてフィルムをみると子犬の影はなかった。
背中から一枚撮影した写真には子犬の影はなかった。
いつもなら横からもう一枚撮影するのだが、このときには背中からの一枚だけを撮影しただけであった。
「おりませんね」という一言。
それでも老獣医師は「背骨の陰になっているから写っていないのかも知れないので経過をみるように」と念を押す。エコー撮影の検査で影がない場合にも同じ言葉を残す。
私はといえば
「レントゲン撮影と老獣医師の言葉を聞くまでは、子犬は絶対にいる。それが1頭か、2頭か、3頭かを確かめるために動物病院に足を運ぶのだ」と思っていたのである。
お盆休暇でウメを連れて1週間ほど車で旅行するので念を入れての診察であった。
休暇が終わって犬舎で過ごしていたウメは出産前日にはキューンという啼き声をだすのである。その声を聞いた妻が「ウメちゃんはお産をするのではないですか」と確証じみて言う。
レントゲン写真をみて、獣医師の子犬は居ない、という断言を聞いている私は妻の感想は嬉しいことだが、子犬はお腹に居ないと決めているのだ。
ウメは交尾してから60日のちょうどその日に子を産む。これが狂うことがないから不思議なのだがそのようになる。
予定日の朝には前日にも増してキューン、キューンと啼くのでもしやしてと家のなかに産室としておいてある大きなプラスチックケージに移した。それから何時間かしてミャーミャーという啼き声がするので覗くと白い子犬が抱かれていた。
「そうか、やはりお腹には子犬がいたのだ」ということで嬉しいことが一番さきに湧いた感情であったが同時に様々な思いが交錯する。
「今度は土用の一つ子だ」と思うのだが、前は「寒の一つ子」だった。日本犬の愛好家は寒の子を好み、夏の子は「夏子」といって嫌がる。理由はわからない。
産まれた「土用の一つ子」は白のオス犬であった。
夏の子犬は冷房のある居間に育児小屋として大きなケージを設置して育てる。
寒くないから子犬は母親から離れてケージの隅で寝ていることが多い。気が向くと母親のお腹に潜って乳を吸う。満足すると背中にのぼってはコロリと落ちる。母親ななんだろうと顔を向ける。
諦めていた子犬の出産が思いもかけずにあったことで、この夏の暁光と嬉しく思っている私と妻である。
そのようにして母親と子の一日が過ぎていく。
(誤字、脱字、変換ミスなどを含めて表現に不十分なことがある場合はご判読ください。)
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