質量がもたらすもの ニュートリノと質量
(計るを解かる 物語-その2-)
質量がもたらすもの ニュートリノと質量(計るを解かる 物語-その2-)
質量の定義と質量の単位キログラム(kg)の定義は別のものである。質量の定義とその単位キログラムの定義は別であり、質量の定義は変わらない。質量の定義はある種の概念である重力値や加速度を除外した状態の「物体そのものを構成する物質の分量である」そして「そのものがもっている不変な固有の量」のことだ。
What Mass Brings Neutrinos and Mass

目次 計るを解かる 物語 連載
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質量がもたらすもの ニュートリノと質量(計るを解かる 物語-その2-) 
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質量がもたらすもの ニュートリノと質量(計るを解かる 物語-その2-)

質量とは 明治34年の国際度量衡総会で質量を定義(計るを解かる 物語-その1-)


キログラムは新定義を満足させたうえ50 µgから10 µgに精度向上
キログラムの新定義はキログラム (記号は kg) は質量のSI単位であり、プランク定数 h を単位 J s (kg m2 s−1 に等しい)で表したときに、その数値を6.626 070 15×10−34 と定めている。キログラムは質量の単位であって、単位の大きさは国際キログラム原器の質量に等しい。よくつくられたシリコン球は物質量を数えるのに役立ち、シリコン球の質量を求めることでプランク定数hを精度良く測定できる。シリコン球とその外形測定と質量測定によってプランク定数hにもとづく定義を体現するキログラムを実現できる。

質量とは 明治34年の国際度量衡総会で質量を定義(計るを解かる 物語-その1-)

写真はパリの国際度量衡局にある国際キログラム原器。質量の単位キログラム(㎏)は白金とイリジウム合金の国際キログラム原器の質量として定義されていた。質量の単位であるキログラムの新定義は「キログラム (記号は kg) は質量のSI単位であり、プランク定数 h を単位 J s (kg m2 s−1 に等しい)で表したときに、その数値を6.626 070 15×10−34 」と定めている。

質量とは 明治34年の国際度量衡総会で質量を定義(計るを解かる 物語-その1-)

写真は日本のキログラム原器。質量の単位キログラムの定義は変更されたが、定義改定後も質量標準供給の世界では実用される。去らば質量の単位kgの定義であったが、白金とイリジウムの合金を用いて精密に作られた円柱は、高さと直径がともに39mmで、旧国際単位系(SI)ではこの質量が質量の単位「1キログラム」と定義されていた。質量の単位であるキログラムの新定義は「キログラム (記号は kg) は質量のSI単位であり、プランク定数 h を単位 J s (kg m2 s−1 に等しい)で表したときに、その数値を6.626 070 15×10−34 」と定めている。

(タイトル)

質量とは 明治34年の国際度量衡総会で質量を定義(計るを解かる 物語-その1-)

(本文)

ニュートリノの質量

 ニュートリノは電子の仲間のレプトンという素粒子である。電気的には中性なので、中性微子(ちゅうせいびし)と呼ばれることもある。原子核のベータ崩壊現象を1930年にパウリが予言。ニュートリノは質量を持たないと考えられてきた。1998年にスーパーカミオカンデ検出器によってニュートリノが質量を持つことがわかった。

質量の質量の大きさはどのくらいなのか ニュートリノの質量の測定

 原子核がベータ崩壊をする時、弱い相互作用によって電子が放出される。この電子のエネルギーを測定すると運動エネルギーが連続的に分布していてエネルギー保存則を破っているような状態を示す。1930年に物理学者のパウリは、質量を持たず電気的に中性な粒子が足りない分のエネルギーを担っていると仮説し、ニュートリノと名付けた。

 ベータ崩壊によってニュートリノが電子と一緒に放出されれば、二つのエネルギーをあわせると一定の値になってエネルギー保存則が成り立つ。このときニュートリノに質量があると、その大きさに応じて電子の運動エネルギー分布が変わる。電子の運動エネルギーを精密に測定するとニュートリノの質量がわかる。いくつかの原子を使ってベータ崩壊による電子の運動エネルギー分布の調査では変化は認められなかった。この実験によってニュートリノ質量は2.2電子ボルトよりも小さいことになる。宇宙観測によってニュートリノ質量は2.2電子ボルトよりも一桁は小さいことが解かっている。このことはニュートリノに質量がないと考えることに妥当性があった。

ニュートリノに質量があることを確かめたスーパーカミオカンデやK2K(KEK-神岡間長基線ニュートリノ振動実験)実験

 スーパーカミオカンデやK2K(KEK-神岡間長基線ニュートリノ振動実験)(12GeV陽子シンクロトロン(KEK-PS)により発生させたニュートリノビームを用いてニュートリノ物理学研究を行った施設)などの実験で、ニュートリノに質量があることが判明している。この段階では質量の値は決定できなかった。K2Kは、12GeV陽子シンクロトロン(KEK-PS)からの陽子ビームを目標方向に導き、パイ中間子生成標的へ入射、生成されたパイ粒子を電磁ホーンと呼ばれる特殊電磁石によって収束し、パイ中間子の崩壊によって生じるニュートリノビームをニュートリノ物理学研究に使用可能にする研究施設。人工的に作られたニュートリノビームを250km離れたスーパーカミオカンデに向け打ち込む「K2K実験」のために、1999年から2004年まで使用された。

質量はあくまでも定義のままに質量として取り扱う

 専門家が「ニュートリノの質量」のことを説明するとアナウンサーが「ニュートリノの重さ」と言いかえた。アナウンサーには質量とは重さのこととして間違って理解されている。ニュートリノの質量を探る研究と実験にみられるように、質量はあくまでも定義のままに質量として取り扱う。間違って重さと表現しては全てが台無しになるのだ。

質量に関する岩田重雄氏の論考

 次は岩田重雄氏の論考である。中国で重さ(重量)に相当する重という用語は2千数百年前の墨子の弟子たちがまとめた墨子(雑守)に出てくる。また質量の文字は3世紀に作られた三国志に資質器量の意味で使われている。1595(文禄4)年の羅葡日対訳辞書にはラテン語のmassaの訳に「まるかせ」とある。1603(慶長8)年の日葡辞書には物を丸めた塊とある。もともと1800年以上前のラテン語では大麥のような粉をねって丸くした塊をさしていた。1687(貞享4)年にアイザック・ニュートンはプリンシピア(自然哲学の数学的基礎)の中で質量を「物質の量とは、その物質の密度と体積の乗積をもってはかられるものである」と定義した。 1870~1872(明治5~7)年のリッテル述・市川盛三郎訳・理化日記には質量を「体の真量、乃ち体内実質の分量」としている。1879(明治12)年の川本清一訳・士都華氏物理学には質量とあり、これが質量の初出である。同年に出版された飯盛挺造編訳・物理学で質量を「絶対的ノ重サ」と定義している。かくして物理学訳語会は1883(明治16)年9月12日の会合で、質量という用語を公認した。重さ(重量)を質量の意味に使うためにおこる国際的混乱をさけるため1901(明治34)年にパリで開催された国際度量衡総会で、物体そのものを構成する物質の分量である質量(基本単位kg)と、質量と重力加速度の積に等しい重さ(重量)とは異なることを決議した。日本からも2名出席している。 質量と重さ(質量)の混用は国際的な合意ができて百年以上もたつのに、日本では混乱が続いている。文部科学省に働きかけて、小学校低学年に質量と重さ(質量)を同時に教えるように学習指導要領を改訂すべきである。国際度量衡総会で、物体そのものを構成する物質の分量である質量(基本単位kg)と質量と重力加速度の積に等しい重さ(重量)とは異なることを決議している。

数学の大学教員の高田彰氏の考察  気になる計量の言葉づかい「足せるものと足せないものがある」


写真は高田彰氏

第一話の一 世間が重さと言っているもののほとんどが実は質量なのである

 「重さ」と「質量」との混乱である。世間が重さと言っているもののほとんどが実は質量なのである。重さは場所によって変わる。例えば、月へ行くと6分の1になってしまうし、途中の宇宙船の中では0である。しかし、その人には不変な固有の量がある。それが質量なのである。テレビでも「重さが20kg」などと言っているが、これは正しくない。kgは重さの単位ではなくて、質量の単位なのである。「体重が60kg」というのは正しい。「体重」は質量概念だからである。このようなことだけでも詳しく書くと本一冊くらいになりそうだ。

第一話の二 接頭語だけしか言わないのはいけない

 「kg(キログラム)」も「km(キロメートル)」も「キロ」になってしまうが、グラムとメートルに接頭語「キロ」がついたのがキログラムやキロメートルなのであって、接頭語だけしか言わないのはいけない、と計量・計量史関係の人が言う。

第一話の三 「接頭辞」と言うのが正しい

 言語学の専門家は「接頭語」といわないで、「接頭辞」と言うのが正しいという。なるほど「キロ」などは単語ではなくて単語の一部分なのだから、「語」とは言わないのだろう。

第二話の一 2時も3時も時刻であるから合わせて5時にはならない

 「時間」と「時刻」の問題である。2時も3時も時刻であるから、合わせて5時にはならない。2時から3時間たって5時になるのだから、2時と合わせて5時になるのは「3時間」である。「3時間」は「時刻」ではなくて「時間」である。

第二話の二 時刻は英語でオクロック、時間はアワア

 駅のホームの時刻表では、一番上に左から右に向かって0から60まで刻んである。これは「分」を表す。一番左には、上から順に、5時くらいから24時くらいまでが書いてある。これは時刻ではない。時刻ならば英語でオクロックのはずだが、そこにはアワアと書いてある。例えば9は「9時」を表すのではなくて、9時から9時59分までの「時間帯」を表すのだ。だからアワアなのである。これは、「時刻」でも「時間」でもない。

第二話の三 「速い」と「早い」が混同されている どちらも「はやい」と読むことから来る日本語独特の混乱である

 私が二十才くらいの頃、親戚のおばあさんが言っていた。何人かでおいしいものを食べているとき仲間がふえたら、「馬に乗って来たね」と言い、食べてしまったとき来た人には「牛に乗ってきたね」と言うと。ここでは「速い」と「早い」が混同されている。どちらも「はやい」と読むことから来る日本語独特の混乱ではないだろうか。それぞれの反意語はどちらも「遅い」であるから、話はややこしい。

  出発に早いと遅いの2つがあり、歩くのに速いと遅いの2つがあって、ぜんぶで 2×2=4 となるのである。

  そこで、仮に、早く出発して速く歩けば間に合うし、遅く出発して遅く歩けば間に合わないということにしてみよう。そうすると、早く出発して遅く歩けばどうなるのか、遅く出発して速く歩けばどうなるのか、という問題が残る。
  「速い」と「早い」の混同は、笑い話ではある。

以上の五つを振り返ってみよう

 第二話の三の牛と馬は笑い話のようでもあるが、第二話の一と第二話の二の時刻・時間・時間帯は深刻な算数の課題である。私の専門の観点から言えば大きな問題である。

 第一話の三の接頭語と接頭辞のお話は言語の課題であるが、私はかやの外のようだ。

 最初の二つが大切な課題である。

  特に第一話の一の質量と重さの課題では、gやkgは質量の単位だと国際的に決められているのであるから、小学校でgやkgを「重さ」の単位として教えていることに大きな問題がある。文部科学省は国際法違反をしている、と言うとおおげさだろうか。

2023-01-11-what-mass-brings-neutrinos-and-mass-

(不適切な表現などについては意に反するものですのでご容赦ください)
キログラムは新定義を満足させたうえ50 µgから10 µgに精度向上
国土地理が日本の重力値の基準を40年ぶりに更新。国土地理院が2017年3月15日に公表
├国土地理が日本の重力値の基準を40年ぶりに更新2017年3月15日に公表 (「日本重力基準網2016(JGSN2016)」)

「重力を知る」 重力とは、重力の単位、地球の重力値、重力の役割

「重力を測る」 重力の測定方法、絶対重力測定、相対重力測定

「2016重力値マップ」に計量計測機器はどのような対応をするか

日本の重力値の新基準とハカリによる質量測定(2017年7月4日記載)

質量の単位であるキログラム(kg)の定義変更と関連する諸事項
2018-11-16-various-matters-related-to-the-definition-change-of-kilogram-which-is-unit-mass-measurement-news-site-

度量衡換算表

力の表現としてのトルク(torque)のお話し

質量 mass、重量 weight (質量、質量計測、重量、重量計測などのことを記載してあります)

質量 mass

質量 mass、重量 weight
(質量、質量計測、重量、重量計測などのことを記載してあります)


├計量計測データバンク「計量計測辞書」measure and measurement dictionary

質量と重さ(重量)を混用してはならない

質量(しつりょう)と重さ(重量)(おもさ、じゅうりょう)を混用してはならない。

質量と重さ(重量)の混用 (岩田重雄)
気になる計量の言葉づかい「足せるものと足せないものがある」(高田彰)

日本の重力値の新基準とハカリによる質量測定(2017年7月4日記載)

キログラムは新定義を満足させたうえ50 µgから10 µgに精度向上

国際単位系-Wikipedia。国際単位系(こくさいたんいけい、仏: Système International d'unités、英: International System of Units、略称:SI)

 
計量計測のエッセー

いつでも使える計量辞書としての国際単位系ページの利用

田中館愛橘の物理普及講演と寺田寅彦の物理学を元にした随筆

適正な計量の実施は国家と地方公共団体が共同して実現すべきもの

富士山より高かった八ヶ岳が崩壊すると泥流は甲府盆地の向こうまで流れた執筆 甲斐鐵太郞
韮崎と須玉に連なる丘の七里岩は八ヶ岳崩壊による岩屑(がんせつ)なだれの跡だ


計量計測のエッセー ( 2018年1月22日から日本計量新報の社説と同じ内容の論説です)

素直でない人は嘘をつく 素直とは正直者のことだ

法人とその構成員の意欲と能力を映し出しているwebサイト

数値や言葉を翻訳変換して診断する

大手情報媒体が低俗化しフェイク情報が充満する

人は他の人を映し鏡として生きる意義を成立されている

カメラの撮影枚数にみる技術開発とリチウムイオン電池


地が裂け山が崩れ洪水が人を襲う日本の自然(ハザードマップは人が住んではならない場所を示す地図だ

球速表示160kmは確かか(球速表示160kmは信ずるに値するものなのか)

内需依存型産業社会日本と人口減少社会の在り方

(タイトル)
控えめな計量法が適用されて実現する平和な社会
(サブタイトル)キログラムの単位記号はkgでありKGではない。メートルの単位記号はmでありMではない。

計量の教養こそ身に付けるべき課題だ

0.1%の計量器の検定・検査が世のなかに適正計量を実現をもたらす

地が裂け山が崩れ洪水が人を襲う日本の自然(ハザードマップは人が住んではならない場所を示す地図だ
見えないモノを見えるようにする計測技術
強い欲求をもっているとニーズは自ずと分かるものらしい
すべては丈夫な身体と丈夫な心あってこそ
消費は人口減少の度合いで減りGDPも同様に推移する
キログラムは新定義を満足させたうえ50 µgから10 µgに精度向上
質量と重量の違い及び質量の単位キログラムの定義変更
規則に照らせば不正でも総合性能としては問題ない事柄
バベルの塔とノアの箱舟の伝説と旧カヤバ工業の免震性能偽装
計量と計測は人の間にどのようにかかわるか
自動ハカリの検定実施は日本の計量制度に大きな転換をもたらす
2018年11月16日開催の国際度量衡総会で質量の単位キログラム(kg)を定義変更
日本人の頭骨の変化を計測値が示す副題(鎌倉時代の日本人の頭は前後に長い形をしていた)
優良事業所が適正計量管理事業所の指定を受ける社会的責任
計測の目的と求められる確かを考える
地方計量行政の模範県を躊躇なく真似たい
自動ハカリの指定検定機関制度と行政組織の関わり方
1%の検定で計量の安全を実現している日本の計量制度
自動ハカリの指定定期検査機関の動向を観察する
計測の在り方と計測値の表示をめぐる諸事情
計量協会webサイトから日本の計量行政の未来が見える
光波干渉測定システムはアインシュタインの理論を事実として確認した
収賄で終身刑になる中国要人と首相をかばい罪に問われる日本の官僚

ウィキペディアによる計量の世界の説明は1割ほど
時代の波と計量器産業の浮き沈み
世界でも範たる状態を築いている日本の計量行政
中国では日本以上の人口減少状態が出現している
ハカリの定期検査実施漏れは計量憲法である計量法違反だ
城下町の鍛冶屋が日本の産業の元になった
山口高志投手の球がベース通過時点で一番速かった
福島産の農産物と海産物と放射線測定器
通信と自己診断機能は計量器の法制度を変える
計れと人を管理したQC運動に対比される品質工学
モノの数量表現と性質表現の仕組みである国際単位系(SI)
計量法の実質の内容を変える政省令の理解と解釈
ハンドルで曲がらずブレーキで車は止まらない
計量計測のエッセー

学校は記憶容量とアプリケーションを確認するところ
計量検定所長の仕事は検査機関運営費をたっぷりと確保すること
社会の計量の安全の確保は住民サービスの基礎
神鋼素材は計測器性能に影響がない
田中舘愛橘の志賀潔と中村清二への教え方

自動ハカリの検定実施は日本の計量制度に大きな転換をもたらす
2018年11月16日開催の国際度量衡総会で質量の単位キログラム(kg)を定義変更
事実は小説よりも奇なり 二つの事件
計測システムがわかることが計測における教養だ
世の中は計測でできている
計測の目的と精密さの実現の整合
日本人の頭骨の変化を計測値が示す副題(鎌倉時代の日本人の頭は前後に長い形をしていた)
優良事業所が適正計量管理事業所の指定を受ける社会的責任
計測の目的と求められる確かを考える
地方計量行政の模範県を躊躇なく真似たい
自動ハカリの指定検定機関制度と行政組織の関わり方
1%の検定で計量の安全を実現している日本の計量制度

学校は記憶容量とアプリケーションを確認するところ
計量検定所長の仕事は検査機関運営費をたっぷりと確保すること
社会の計量の安全の確保は住民サービスの基礎
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田中舘愛橘の志賀潔と中村清二への教え方

 
旅のエッセー集 essay and journey(essay of journey) 

滋賀県・草津市の宿で王将の餃子をたべた

京都三条の街は気詰まりで滅入る

神戸は港町だが山の街でもあり大都市だ


神戸は港町だが山の街でもあり大都市だ

霧ヶ峰 雪景色

秩父札所二十四番 光智山法泉寺

6月24日の霧ヶ峰高原道路だ。強清水から車山・肩駐車場に向かって走る

正月の下呂温泉は一夜にして白銀の世界になった

上高地 晩夏

風の子の子供たちですが人は風邪を引いてはなりません

川崎大師平間寺で願い事をする

霧ヶ峰高原の八島湿原の周りに出現する景色(2)
薄く積もった雪道を踏みしめる。クロカン四駆の世界だ。

霧ヶ峰高原の八島湿原の周りに出現する景色

霧ヶ峰高原 晩秋の八島湿原

霧ヶ峰高原 晩秋

和歌山市加太港の浜に立つ

山梨県牧丘村で秋の風景に出会った。今は新しい市になっているがその名は知らない。

ダイヤモンド富士

酉の市(おとりさま)

浅草の浅草寺界隈に足を向けた 外人がいて蜘蛛の巣の鉄塔が見えた

旧塩山の恵林寺界隈を見物した

仙台藩と青葉城

カラスウリが赤くなって秋です

スズランが赤い実を付ける秋の始まりです
 
 
 
旅のエッセー集 essay and journey(essay of journey) 

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