「計量計測データバンク」サイトマップ measure and measurement data bank of saite map

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地 執筆 甲斐鐵太郎
(小梨平でビールを飲んでいるとプロ野球オールスター戦のラジオ放送が途切れがちに聞こえていた)

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地 執筆 甲斐鐵太郎
 旅行家 甲斐鐵太郎

←ホームへ

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地

6月‎24‎日、日曜日、昼ころ。‏‎上高地河童橋付近のにぎわい。

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地

梓川そして河童橋。穂高連峰が構えている何時もの景色だ。


私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地

雲が動き山の頂上が見え隠れする。ジャンダルムが高く見える。

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地

山の案内図が河童橋からの眺めを手伝う。奥穂が低く見える。

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地

上高地のカラマツ林の歩道。樹木がつくる明るい空間である。


私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地

上高地のカラマツ林。6月24日には緑が大きく広がった。

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地

河童橋から下流方面にそびえる焼岳 (2,455m)。緑が増えた。

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地

上高地バスターミナルからの六百山(2,479m)。緑の山だ。

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地

上高地バスターミナルでは中国人女性が片言で案内する。

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地 執筆 甲斐鐵太郎

(本文)
 北アルプスの縦走に心が動いて槍ヶ岳をめざして裏銀座だの表銀座だのに夏休みになるとでかける。三日も山にいると街に帰りたくなる。

 裏銀座の縦走コースでは尾根道から街はみえない。大町市の扇沢からさらに先に進んでブナ立て尾根にとりつく。重い荷を背負っているからきつい登りになりやっとのことで稜線にでる。これで山は俺のものだと思う。ところが雨がつづくと苦渋の縦走になる。雨具を着ていても山靴に水が入りちゃぷちゃぷしている。山小屋に駆け込むと人があふれている。難儀な登山になった。

 北アルプスを槍ヶ岳をめざしての縦走コースに表銀座コースがある。安曇野ののどかな風景が眼下にずっと見えている。裏山にでかけた気分でいられるから有難いのか物足りないのかは考え方による。表銀座コースは大天井から槍ヶ岳に向かう。大天井あら真っすぐ常念岳に向かうのも表銀座コースになる。大天井から一度大きく下って登り返すの常念岳へコースは思ったよりきつい。百名山の踏破を意識した山登りでなければ行きたくない。

 表銀座コース、裏銀座コースは槍ヶ岳を終着点にしている。槍ヶ岳山荘はそのようにきっぱり言い切る。体力と気力が満ちていれば穂高連峰に向かう。槍ヶ岳、大喰岳、中岳、南岳、北穂高岳ヘトつづくルートの最後のところにナイフ状の尾根がつづく。これが大キレットだ。剱岳の岩場とならんで北アルプスの難所の一つである。

 本にはそのように書かれているが怖いのは人が落とす石である。ゴロンゴロンと矢鱈に落ちてくる。大キレットの下を一匹の犬を連れた男女が歩いていた。長靴を履いて岩場と雪渓を跨いでいる。ウォルター・ウェストンを案内した上条嘉門次は岩場は猫のように歩けと教えた。斜面を歩く長靴姿の人をみて上条嘉門次の山歩きを想像した。

 槍ヶ岳や穂高岳からの飛騨方面へのルートがある。関西の人は飛騨川に降りたい気持ちになるか知れない。関東の人はあるいは多くの人は上高地に降りる。槍沢には万年雪が残っていて下り道は7月と8月には夏の花がよく咲いている。イワカガミなどがその代表だ。植物に詳しい人は退屈しない。

 槍沢を下ると槍沢ロッジ、横尾とつづく。奥穂高岳から涸沢経由でおりると横尾にでる。そして徳沢、明神、小梨平ののち上高地のバスターミナル。

 小梨平まで下るともう安心だ。タクシーもバスも使える。ある夏には小梨平にテントを張ってビールを飲んでいるとプロ野球オールスター戦のラジオ放送が途切れ途切れに聞こえていた。梅雨明け一週間、山の天気の安定したころ北アルプスの縦走にでかける。帰りにはプロ野球はオールスター戦をしている。朝には多くの人が山に向かう。小梨平にいることが気詰まりで上高地のバスターミナルに向かう。私の最初の上高地であった。

 山岳の本が深田久弥氏の百名山を囃(はや)し立てる。影響された人は何が何でも百名山になる。近くにその山があれば何度かしたがる。北アルプスには百名山が幾つもある。

 山には岩峰の達人やら一瞬にして天を駆ける人がいる。芳野満彦氏は岩峰の人だ。私には芳野満彦と上高地が連結されている。同氏が著書で冬場の小屋番をしていて目にした美しい雪景色が印象にあるからだ。芳野満彦氏は、早稲田中学(旧制)2年、17歳 (1948年、昭和23年)のとき八ヶ岳の主峰赤岳で遭難した。凍傷で両足の指すべて失う。1957年(昭和32年)3月の前穂高岳IV峰正面壁積雪期初登攀をしている。1965年(昭和40年)に渡部恒明氏とマッターホルン北壁の日本人初登攀。新田次郎氏の小説『栄光の岩壁』の主人公のモデルだ。芳野満彦氏の油絵は八ヶ岳美術館で見た。

 芳野満彦氏が冬の小屋番をしていたその上高地は今では年間120万人の観光客が訪れる。交通の便は変わり、通信も整のい、思わぬ土砂崩れなどなければ上高地は旧安曇村と同じだ。

 上高地の景色は変わらない。大正池の枯れ木立がなくなって池が埋まっている。1996年(平成8年)からは大正池に堆積した土砂の浚渫がおこなわれるようになった。護岸保持などによって梓川の流れはほぼそのままである。梓川支流の小さな沢と湿地帯を流れる小川はそこにちゃんとある。沢と池にはイワナ(岩魚)が泳ぐ。

 小梨平では上高地音楽祭が開かれていた。いまは歌えないらしい山本潤子が穂高連峰と梓川を背にして「笑顔を見せて」や「卒業」を歌っていた。

 釜トンネルの下流は梓川は崖を削る。崖の縁にあった坂巻温泉は対岸に移ったから車道からよく見える。切り立った崖を削るように流れているのが梓川だ。崩れたら補修することの繰り返しでは道路の維持費はかさむ。

 中部縦貫道路がどこを走るかしらないが上高地への入り口までは新たなトンネルを掘って壊れない道をつくれる。沢渡の宿や駐車場経営が絡むから簡単には進まない。

 夏の終わりの土曜日の午後、上高地に向けて都心を出発した。オートバイだけは夏の終わりのある一日、上高地にはいれたのだ。片側通行の旧釜トンネルは赤信号であった。夜の9時、信号待ちをする。15分が倍にも感じられ単気筒エンジン音がトンネルで拡声されて良い気分だ。眠くもなった。後ろに車輛がつくことがないのどかな夏の夜の旧釜トンネルであった。

 上高地へのマイカー規制が始まったのは1975年(昭和50年)であり、7月、8月が規制月であった。1996年(平成8年)には通年のマイカー規制が始る。その後に夏場の観光バス規制が行われる。新釜トンネルは2005年(平成17年)に開通した。

2018-07-23-me-and-kamikochi-part-1-rest-area-after-yarigatake-hotakudake-dake-kamikochi-writing-tetutaro-kai-

(写真と文は甲斐鐵太郎)

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地 執筆 甲斐鐵太郎
私と上高地-その2-登山とロマンチズムそして感傷主義 執筆 甲斐鐵太郎
私と上高地-その3-上高地帝国ホテルと大正池界隈を歩く 執筆 甲斐鐵太郎
私と上高地-その4-槍ヶ岳・穂高岳登山と上高地 執筆 甲斐鐵太郎

旅のエッセー集 essay and journey(essay of journey) 旅行家 甲斐鐵太郎
essay and journey(essay of journey) by kai tetutaro

←ホームへ


私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地 執筆 甲斐鐵太郎

上高地バスターミナルの緑が眩しい。別の世界に来た。

私と上高地-その2-登山とロマンチズムそして感傷主義 執筆 甲斐鐵太郎

河童橋そばの売店に一流の山用品が揃えられていた。


私と上高地-その3-上高地帝国ホテルと大正池界隈を歩く 執筆 甲斐鐵太郎

上高地ではモンシロチョウが訳もなく感動を与える。


私と上高地-その4-槍ヶ岳・穂高岳登山と上高地

晴れた日の大正池と穂高連峰の景色。説明のための写真。

私と上高地-その5-格好いい山男は女に好かれる

上高地と穂高連峰。6月下旬は緑が眩しい。


私と上高地-6-八ヶ岳登山で山の自然に魅了される

八ヶ岳。オーレン小屋から硫黄岳に向かう。
私と上高地-その6-上高地賛歌 八ヶ岳登山で山の自然に魅了される 甲斐鐵太郎




日本平と久能山東照宮 執筆 甲斐鐵太郎

私と上高地-その6-上高地賛歌 八ヶ岳登山で山の自然に魅了される 甲斐鐵太郎

私と上高地-その5-格好いい山男は女に好かれる 山で英雄になった男の物語 執筆 甲斐鐵太郎

私と上高地-その4-槍ヶ岳・穂高岳登山と上高地 執筆 甲斐鐵太郎

私と上高地-その3-上高地帝国ホテルと大正池界隈を歩く 執筆 甲斐鐵太郎

私と上高地-その2-登山とロマンチズムそして感傷主義 執筆 甲斐鐵太郎

私と上高地-その1-槍ヶ岳と穂高岳のあとの休息地・上高地 執筆 甲斐鐵太郎

横浜市山手の丘にでかけると海が見え瀟洒な家並みにはブリキ博物館が紛れ込んでいた

夕暮れどきの高山市古い町並み‎2018‎年‎6‎月‎23‎日、‏‎18:06:44

夏至の日の旅行で郡上八幡市の古い町並みを見物する

6月24日、松本市波田のスイカを買う 温室栽培の大玉スイカです

6月に晴れる 小さなリゾート地相模湖で憩う

白いヒナと黒い3羽のヒナを連れて湖面を移動するコブハクチョウ

夏の訪れを告げる鮎釣り 相模川の6月1日の夕暮れ時

よい景色とよい音楽と美味しい食事 八ヶ岳と北欧レストランとパソコンでユーチューブ

近江の国、多賀大社(たがたいしゃ)の茅の輪くぐり

特別な位置にいる投手としての大谷翔平

「春の日と一人娘はくれそでくれない」ので5月は午後7時まで遊んでいられる

奥飛騨の新芽の背景は北アルプス穂高連峰の山肌であった

松本駅前の昭和横丁でホルモンを食べる 松本山雅FCファンがやかましい店だ

金曜日、思いついて新宿から松本に向かう。塩尻駅で降りた。

東京の桜は散って新緑の季節になりました

武田信玄の北条との決戦地の三増峠近くの枝垂れ桜
(季節は2カ月と半分ほどで夏至になる)

北杜市実相寺の山高神代桜は甲府盆地の桃の花と開花時期が同じです
(関東地方の春分の日は雪が舞い河口湖では28㎝も雪が積もりました)


陽だまりでは梅の花が土手にはスミレが咲く
5月になれば水田に映える常念岳を見に安曇野にでかけよう

埼玉県吉見町の栽培農家で買ったイチゴは甘かった美味かった
富士山の雨を集めた山中湖は忍野をへて津久井湖で道志村に降った雨と合流する
槍ヶ岳 霧ヶ峰からの遠望(高原の秋の始まりのころ)
山みちで老いたキツネにであう 旅行家 甲斐鐵太郎

数学者も物理学者も現在持つ知識は写し取って得たものである
インターネットで拾った文章を繋げて出来上がるニュース報道

数学と物理学者が事実として構想することと実験によって確かめられる事実

数学と物理学者が事実として構想することと実験によって確かめられる事実

数学と物理学者が事実として構想することと実験によって確かめられる事実
(光波干渉測定システムはアインシュタインの理論を事実として確認した)


TOPへ


「計量計測データバンク」サイトマップ
measure and measurement data bank of saite map

計量計測データバンク 目次 サイト
計量計測データバンク 目次 サイト(一括閲覧サイト)
社会の統計と計量計測の統計
一括表示版「社会の統計と計量計測の統計」
「計量計測データバンク」小論、評論、随筆、論文、エッセー、文芸ほか(目次版
計量計測データバンク 目次 サイト(一括閲覧サイト) 

計量計測データバンク「計量計測辞書」 measure and measurement dictionary
「計量計測データバンク」




「計量計測データバンク」サイトマップ
measure and measurement data bank of saite map