真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる
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真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
ここは軽井沢にある知人の山荘とその周囲の道路などです。軽井沢の一等地は道路付けや植樹などが特別です。やはり日本一の別荘地です。
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
2026年03月07日(土)朝にこの文章を書いている。晴れたこの日の東の空は梢の上に青く、その先に北横岳(2,480m)が白く大きく羽を広げる。麓から撮影。
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
ソローの二年二カ月と二日の暮らしは5坪の住まいにはベッドに机に三脚の椅子と暖炉が置かれた。私はこれと同じサイズの二室を増設して一つを客間、一つを思索のための部屋としている。
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
わが憧れの人串田孫一。その思索は特別なものであった。FM東海の音楽の絵本には随分と癒された。「若き日の山」にも。
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
串田孫一の書斎。現在はこの家具ほかが北海道に移されて一般の見学に供されている。
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
串田孫一の武蔵野の自邸。東京外国語大学教授だが親譲りの大きな財産があったことになっている。
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
この建物に宿泊したことがある。1970年代の中ほどのこと。海の口自然郷の旧徳川邸を移築した八ヶ岳高原ヒュッテ。
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
ヘンリー・D・ソローの「森の生活」の本の扉ページ。
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
吉村順三の軽井沢の自邸と似顔絵。この山荘を真似たのをよく見かける。その昔に大工と設計師が意識していたのだ。
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
色使いと構図が素晴らしいと思う絵画。串田孫一の絵に類似する。
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
串田孫一作。見たことのある山の風景だが何山か正確には言えない。
(タイトル)
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
(本文)
ある人は「ウオールデン 森の生活」読み、真似をしようと考えた
2026年3月10日(火)夕方に身が空いたので好きなこと、興味があることの調べものをして過ごした。この日の就寝は午前1時。
調べごとはある人の人生と山荘暮らしのこと。山荘暮らしは退職後のこと。
山荘暮らしと前後して急に超越主義の実践者として生きたソローに興味をいだくようになって、この人は「ウオールデン 森の生活」読み、真似をしようと考えた。
ソローの「ウオールデン 森の生活」は超越主義者の生活実践であり、ここでの二年二カ月と二日の生活を超越主義の提唱者たちが支援し見守っていたのである。そのような状況下での自給自足に近い生活である。日本の貧しい農村の山間部では電気も通らず水道もなし、という状況下で暮らす人は普通に居た。この状況とソローの森の生活を比べたときに、ここにどのような違いを見出すのか。これはいつかどこかで考察することにする。
取り上げた「ある人の人生と山荘暮らし」について。この人の暮らしは定年退職後、退職する少し前からではあるけれども。八ヶ岳の東麓の有名な別荘地に山荘を建築したのであった。退職金と年金での生計。退職前であれば恵まれた俸給と貯えによって何の心配もない状況下。
週末に山荘に出かけ、定年後は7月から11月までの間は山荘暮らし。山荘は細めの丸木の横組みのカナディアン・ログ。暮らしの形態はソローの森の生活であるが、ここでは受給自足はされない。ソローに自分をなぞらえるときに考慮していなければならない。しかし恵まれた人の山荘暮らしは自然のなかでの生活である。木が茂り森があり花が咲き川には渓魚が泳ぐ。
現代の給与生活者にはヘンリー・D・ソローの「森の生活」はない。年金を受給しての晴耕雨読と山荘生活なのだ。平和である。
私は年金によって生活が安堵され山荘への出費はない
このような現実を確認して自分のことを考える。私だって年金によって生活が安堵され山荘への出費はない。山荘への出費と言えば自分のための贅沢としてカナディアン・ログの北側に10坪三階構造のキャビンを増設の費用。三階構造は一階が事実上地下室、三階はロフト。二階部分を二室にして、一室を来客用にする。基本は私の居間であり、喫茶室であり、夏場の臨時の寝室。
このキャビンと母屋の両方を使う。樹齢100年の欧州赤松の丸木の横済積みのログハウスは断熱性に優れていて冬場の居室に適している。地下室によって床下の断熱がなされている。小さなカナディアン・ログなので暖房は一つのストーブでまかなわれる。外出時はエアコン暖房にする。
以上のようなことを説明したうえで私がしたいこと、すべきことを整理して書き出す。
1、私にしかできないこと、私だからできること、他の誰かがするか出来ることは基本的にしない。
1、花や木や自然などの誰でもができる調べごとをして書き物をすることは意味がない。
1、前の職場へのお手伝いとしての私にだけできる調べものと、それに伴う調査書の作成。これは恩返しの意味を持ち、同時に自分の満足のためでもある。
1、心身ともの健康のため落ち着いて生活すること、喫茶室で十分に寛ぐこと、そして適度に身体を動かすこと。
1、書き出さないが他に少し。
以上のようなことであり、ある人のwebサイトの書き物が私にとって大きな啓示となった。その主要な内容は一般的な出来事、知識などは取り扱わないこと。自慢めいた振る舞いにならないこと。つつましやかを貫くこと。概念のつながりで構成された思考方式をしないこと。科学の真理に迫る言葉を選択して言葉を使うこと。などである。
2026-03-11-i-live-by-doing-what-only-i-can-do-
[資料]
エッセー「見ていた青春」(夏森龍之介)を書き進める決断した日-2026年3月12日(木)-森夏之
真似ごとをしない 私にだけできることをして生きる-2026年3月11日(水)の日記- 森夏之
明治初年 日本の山には木が生えていなかった、軽井沢は浅間噴火ではげ山だった
ソローの「森の生活」と八ヶ岳 海の口自然郷
森の生活―ウォールデン― ソーロー著(神吉三郎訳)とその解説 森夏之
写真と絵で創造するソローのウォールデン・森の生活 森夏之
夢の暮らしの山荘を受け継ぐ人のこと-2026年03月07日(土)の日記-森夏之
キャビン建設-2026年03月05日(木)の行動記録- 森夏之
新緑がステンドグラスになる山荘で暮らす-2026年03月05日(木)の記録-森夏之
キャビンの西の部屋を客間にする構想-2026年03月03日(火)の行動記録-森夏之
築35年の山荘の増築工事-2026年02月28日(土)行動の記録-森夏之
常念岳の台形の姿の謎解き 森夏之
快適な暮らしのための10坪二部屋の増築 森夏之
バルコニーを室内空間にする大きな出窓構想 森夏之
電灯を灯すと傍目には立派なキャビンに 森夏之
キャビンのロフトの床を造って板を張るための作業 森夏之
キャビンのロフトは東西の部屋を跨ぐ構想に変更 森夏之
山荘の増築「キャビン」とロフトとバルコニー構想 森夏之
蓼科山が白銀に輝きシラビソはクリスマスツリー 森夏之
キャビン(喫茶室)に強力石油暖房器ブルーバーナを据えて暖を取る 森夏之
私が使う二室10坪「森のキャビン」建設 森夏之
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