財政規律は国の信用、自国通貨=安全論の危うさ
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財政規律は国の信用、自国通貨=安全論の危うさ
日本国政府債務残高対GDP比の推移。政府債務残高の対GDP比も、2020年の258.4%をピークに2024年236.1%、2025年229.6%、2026年226.8%と緩やかに低下している。ただしこの改善は歳出圧縮というより、物価上昇を伴う名目GDP拡大による分母効果に負うところが大きい。
日本国国債保有者別内訳2026年。
(タイトル)
財政規律は国の信用、自国通貨=安全論の危うさ
(本文)
自国通貨で国債を発行できる国は財政破綻しない――現代貨幣理論(MMT)への支持がこの主張とともに広がっている。日本国債の九割が国内で保有されている事実は、この理屈を一見補強するようにも見える。だが、約百年前のドイツは、まさに自国通貨建ての国債を発行しながら、わずか数年でその通貨を紙屑に変えた。国民の預金と年金は、制度の枠組みそのものが機能したまま、目の前で蒸発したのである。この歴史が問うのは、自国通貨を発行できるという事実だけで、貨幣への信用が保証されるのかという一点にほかならない。
ドイツの経済学者ゲオルク・フリードリヒ・クナップは1905年の著書『貨幣の国家理論』で、貨幣を金属の含有量ではなく、国家という制度が生み出す「法律上の産物」と位置づけた。政府が特定の紙幣以外での納税を認めなければ、国民はその紙幣を獲得し保有せざるを得ない。ここに貨幣需要が生まれるとする表券主義は、貨幣の信用が国家の存在そのものと不可分であることを示す。裏を返せば、国家の徴税能力すなわち財政基盤が揺らげば、貨幣の信用もまた揺らぐ。自国通貨とは国家権力の産物であると同時に、その権力の健全性をそのまま映し出す鏡でもある。
金本位制は、この危うい信頼関係に外部の錨を打ち込む仕組みだった。ドイツが1914年に金本位制を停止したことは、単なる会計上の手続きではない。自国通貨の価値を、金という外部の錨から、国家自身の財政規律と中央銀行の信認という、実体を伴わない制度的信頼へと全面的に委ねた瞬間である。以後のマルクは、その信頼が揺らいだ途端、歯止めなく崩落した。ここに、市場の自己調整を原理とする資本主義経済と、その計量単位である貨幣の発行だけを独占する国家との間の、本質的な緊張が浮かび上がる。財政が健全なうちは意識されないこの接面は、財政が行き詰まるとき、赤字の最後の穴埋めとして通貨発行に頼る誘惑に姿を変える。
同じ構図は、二十一世紀にも繰り返された。ジンバブエは自国通貨ジンバブエ・ドルを発行しながら、生産基盤の崩壊と放漫財政によって、最終的に自国通貨そのものを放棄した。ベネズエラも石油収入への依存と財政規律の欠如から、ボリバルの価値を実質的に失った。いずれも主権国家でありながら、通貨への信用を維持できなかった。危機の引き金は「自国通貨か否か」という制度形式ではなく、財政運営の持続可能性に対する社会の疑念だった。自国通貨は財政破綻への免罪符ではなく、信用を保つための必要条件の一つに過ぎない。
この教訓を日本に当てはめれば、単純な楽観も単純な悲観も退けられる。財務省の集計では、2026年第2四半期時点の国債保有者内訳は日銀46.7%、民間銀行等43.2%、家計等2.2%、海外7.9%で、国内保有比率はなお九割に達する。対外債務に依存して破綻したドイツや、外貨不足から自国通貨を事実上放棄したジンバブエ・ベネズエラと、日本を単純に同列には論じられない。政府債務残高の対GDP比も、2020年の258.4%をピークに2024年236.1%、2025年229.6%、2026年226.8%と緩やかに低下している。ただしこの改善は歳出圧縮というより、物価上昇を伴う名目GDP拡大による分母効果に負うところが大きい。
情勢は転換期にある。日本銀行は2026年6月、政策金利を1.0%へ引き上げ、国債買入れの段階的な減額を続ける方針を示した。長期金利は上昇基調にあり、3%到達を視野に入れる向きもある。超低金利を前提に利払い負担を抑えてきた財政運営の枠組みは、正常化局面で相応の調整圧力にさらされよう。2026年度当初予算は税収増(83.7兆円、前年度比5.9兆円増)を背景に、基礎的財政収支の黒字を28年ぶりに計上したが、これは当初予算・一般会計・国のみという限定的な基準であり、利払費は市場実勢を上回る想定金利3%で見積もられている。加えて同年11月には、単年度ごとの達成状況確認という従来方針が取り下げられ、複数年単位の評価へと見直された。これをより柔軟な運営への移行と見るか、規律の形骸化と見るかは論者によって分かれるが、財政規律の指標が緩みつつあるとの懸念が専門家の間で広く共有されている事実は軽視できない。
貨幣が国家の強制力によって基礎需要を作られている以上、その信用は国家の存在と不可分である。しかし同時に、その強制力を支える財政基盤が崩れるとき、貨幣の信用もまた崩れる。自国通貨への信用とは、国家の財政運営に対する社会の信認の別名であり、法制度や主権の存在だけで自動的に保証されるものではない。それは毎年、毎回の財政運営の積み重ねによって、絶えず再生産されなければならない動的で脆弱な信頼である。都度の税収と支出の均衡、中央銀行への信認、国内・対外の資金構造を途切れなく確認し続ける作業でしか、自国通貨の信用は守れない。これが、第一次大戦後のドイツにおける貨幣の信用失墜から導かれる、最も異論の余地のない結論である。
[参考]
├第一次大戦後ドイツのハイパーインフレーションと自国通貨の信用失墜—貨幣経済・資本主義経済における自国通貨の意味を経済理論から解明する—
├自国通貨への信用の形成・崩壊・再建—クナップの表券主義とドイツ・ハイパーインフレーションの教訓、そして日本の財政運営への含意—
├自国通貨=安全論へ依拠する危うさと、通貨発行主体である国家信用を支える財政規律の在り方(計量計測データバンク編集部)
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