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散文、随筆、随想、小論文

1月15日に高山市の飛騨天満宮の「どんど焼き」の例祭に偶然に足を運んだ。(執筆 横田俊英)

(副副題)偶然にも2年続けて飛騨天満宮の「どんと焼き」を見物した。

(副副題)祭るのは学問の神様である菅原道真であるから牛の像もある。境内には100本の梅が植えてある。

1月の第二日曜日に開かれる飛騨天満宮のどんど焼きのもよう。


雪の日に訪れて拝礼する。高山市はこの日大雪になった。


飛騨天満宮の本殿で拝礼する。高山市はこの日は大雪であった。


拝礼の後では家内安全・商売繁盛のお札や熊手をいただく。


寒い日に汁粉の餅は何ともありがたい。湯気が立つ。


天神様は牛である。牛はこすられて磨かれている。皆がなでる。


降った雪の多さを鳥居の雪嵩が物語る。


飛騨天満宮のどんど焼きには警察が出て交通整理をする。


(タイトル)
1月15日に高山市の飛騨天満宮の「どんど焼き」の例祭に偶然に足を運んだ。(執筆 横田俊英)
(副題)偶然にも2年続けて飛騨天満宮の「どんと焼き」を見物した。
(副副題)祭るのは学問の神様である菅原道真であるから牛の像もある。境内には100本の梅が植えてある。


(本文)
 高山市の宮川の朝市や古い町並みに立ち寄る。正月の第二日曜日にはその高山市の飛騨天満宮(ひだてんまんぐう)では「どんど焼き」の催しがある。正月飾りを火にくべるのと厄払いのために訪れる。ある歳には1月15日に飛騨天満宮の「どんと焼き」があった大雪の降った朝のことであった。

 訪れる人には汁粉につけた餅が振る舞われる。祭り好きであることなどもあったが偶然にも2年続けて飛騨天満宮の「どんと焼き」を見物した。地元警察が交通整理にでるほどの催しであり、正月も第二日曜日になると落ち着いて厄落としをすることができる。京都と大阪で名のある神社と仏閣を訪れて祈願した後ではあるが、飛騨天満宮ではとくとお願いをした。

 飛騨天満宮は中心街にはいる直ぐ手前にある。所在地は岐阜県高山市天満町2丁目30、電話は0577-32-1466だ。祭るのは学問の神様である菅原道真であるから牛の像もある。境内には100本の梅が植えてあり3月過ぎになると梅見を楽しむことができる。

 飛騨天満宮の例祭は4月15日である。社伝では903年(延喜3年)、飛騨権掾菅原兼茂が父親の菅原道真が大宰府で亡くなったことを聞き、祠を建て、自らの手で彫った木像を祀ったのが始まりである。923年(延長元年)、菅原兼茂が都に帰るとき、この木像を村民に託した。菅原兼茂は道真の三男で、901年(昌泰4年)の昌泰の変により、他の兄弟と同様に左遷され、飛騨国権掾になった。

 その後に飛騨天満宮は荒廃していたが、天正年間に松倉城城主三木自綱により再興された。1645年(正保2年)には高山城城主金森重頼が社殿を再建した。2002年(平成14年)、菅原道真没後1100年を記念して太宰府天満宮から紅梅と白梅が神納された。この紅梅と白梅は京都から太宰府天満宮まで飛んでいった「飛び梅」の子孫であり、その名は「肥後駒止」「太宰大弐」という。日本では気持ちが飛べば物も飛ぶのであろう。

 私が愛用しているテーブル一つ椅子二つの食卓は飛騨天満宮からほど近い柏木工の品である。高山の家具もオリジナルの手仕事の製品は高価であるがこの食卓は安い物だが良い品だ。

 旅行記として同じ日に書いた(楽天ブログサイトの横田俊英のページです)
正月明け15日、高山の朝市は大雪のなかでも営業していた。
http://plaza.rakuten.co.jp/syokota/diary/201702060001/
はこの文章と対をなす。

(執筆 横田俊英)

(書き殴って読み返しておりません。誤字、表現の不適切さなどについてはご容赦を)

【最新の記事と関連の記事(文章追加)です】

正月明け15日、高山市宮川の朝市は大雪のなかでも営業していた。(執筆 横田俊英)
(副副題)宮川の朝市は雪が降るなか何件かが店を出していた。高山の風情でもある。
(副副題)古い街並みは雪に埋もれていて昼少し前なのに歩いている人はまばらだ。


1月15日の夕刻、冬の霧ヶ峰高原で群れる日本鹿(ニホンジカ)。
(2月8日 執筆 横田俊英)


5月22日、霧ヶ峰高原に登る丘の道祖神のわきにある小さな実を付ける梨の花が咲いていた。
(霧ヶ峰高原に登る途中の展望台の道祖神)
(道祖神のわきにある梨の小さな白い花になごまされる)


メモです。
ブログの問題点そして本式のweb本体の利点-その1-
私はFacebook、mixi、Twitterは好きでない


フィルムカメラとデジタルカメラの発展の速度の違い。
(副題)フィルム写真の像はデジタル写真にはない趣(おもむき)を2017年現在では残していると思われる。
(副副題)フィルムを使ったカメラの時代であればフィルムの発展は化学方面の発展と歩調を合わせる。


フィルムカメラのミノルタXG-SとMDロッコール50mmf1.7
(副題)ミノルタ「XG-S」は1979年に発売された絞り優先EEの横走り布幕フォーカルプレーンシャツターのカメラ。
(副副題)シャッターボタンを押すとシャッター膜がパーンと走るXG-Sに対してもたつくXDです。


オリンパスペンEED(1967年発売)というハーフサイズのフィルムカメラです。
(副題)画質はフィルム面積相当比、つまり2倍荒れてしまいます。これがハーフサイズカメラがもっている宿命です。
(副副題)オリンパスペンEEDはプログラムオートの露光をセレン光電池を使わずにHDタイプの電池を用いております。


コーヒーを飲み一息吐いて窓を開けると白い世界が広がっていた、雪の朝だ。(旅行家 甲斐鐵太郎の自然博物誌 №28)
(副題)2017年1月10日夕刻に雪が降りだした。積もりそうな気配があったので雪への準備をしていると月が出てきてた。
(副副題)5センチメートルほどの積雪ではあっても樹木は雪に覆われて土色の冬景色が白一色になっていた。


2017年のフキノトウは3月6日の日曜日に目にしました。フキノトウは香り高い春一番の山菜です(旅行家 甲斐鐵太郎の自然博物誌 №29)
(副題)子供たちにもがれるか心配でしたが3月7日夕刻に写真を撮るまで無事でした。
(副副題)フキノトウを撮影したのは2004年発売のデジタル一眼レフカメラ「ニコンD70」です。


ライカM5への思いを残してCanon EOS 5DとNikon D70で風景を撮る。(旅行家 甲斐鐵太郎の自然博物誌 №30)
(副題)買った品物をそこそこの値段で売るという中古カメラの売買の楽しみは消えました。
(副副題)ニコン F6 ボディは新品273,330円、中古79,980円から(キタムラネットショップ2017年3月9日付け)


「富士山や月は東に日は西に」2017‎年‎3‎月‎11‎日午後6時。(旅行家 甲斐鐵太郎の自然博物誌 №31)
(副題)蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」の富士山版で「富士山や月は東に日は西に」。
(副副題)撮影カメラはEOS 5D。35mmフィルムカメラの画面と同じ大きさの撮像素子のカメラだ。


陽光に輝く雪の日(2月11日)の大きな木の枝を思い出していた
(副題)2017年2月11日、9:00:12の風景。窓の南の木にキジバトが留まっていた。
(副副題)仕事をするための机回りとパソコン操作がらみで改善をした。


JR草津駅の周辺は中山道草津宿であった。
(副題)向かい風が吹くと渡し船(矢橋渡し)を使より歩くのが速い。
(副副題)余程の感銘があったのだろう「急がば回れ」の言葉が生まれた。


「春風そよふく」春一番が吹いた2月17日です。「菜の花畠に入日薄れ」とは色彩豊かな高野辰之の言葉です。
(副題)フレディ・ハバードのジャズピアノが流れ出しました。タイマー予約がしてあったのです。
(副副題)ジャズのジョージ・ベンソンが好きです。ソングライターのジョージ・ベンソンも好きです。


2017年は2月17日に春一番が吹きました。『早春賦』は儚(はかな)さを歌い、『朧月夜』は春を喜ぶ歌です。
(副題)『早春賦』の歌詞のどこにも春はありません。春を待つ心になぞらえて人の儚さを歌っております。
(副副題)高野辰之の『朧月夜』(おぼろづきよ)は春の歌です。春風そよふく、菜の花畠に、蛙(かはづ)のなくね、とあります。


2017年は2月25日に冬の郡上八幡を散策しました。
(副題)1月12日は赤い南天玉が吊してあった旧八幡町庁舎には本染めの展覧の垂れ幕が下がっておりました。
(副副題)天空の郡上八幡城の城下町では郡上おどりが舞われます。


2017年は2月28日に八ヶ岳美術館を訪れて常設の清水多嘉示の作品を見ました。
(副題)企画展の「小宮のおんばしら写真展」と「モボが写した原村」写真展を面白く見ました。
(副副題)八ヶ岳と霧ヶ峰高原がつくりだす景色はそこにいなくても私を癒します。


沢渡に泊まり晴れたら上高地の見物にでかける、5月8日の沢渡。
(副題)市営第二駐車場まえにある宿は素泊まり三千円。贅沢はできないがくつろぐ。
(副副題)沢渡バスターミナル付近の5月8日春の盛りであった。上高地の緑は未だだ。


山梨県の道志村を富士山に向かって走る。4月27日のことだ。山中湖は桜の見頃であった。
(副題)奥道志の民宿が見える一風呂浴びて日本酒を飲みたいと思う。
(副副題)多摩丘陵は4月12日には青く萌えていた。それから2週間、奥道志は緑であった。


山の向こうに五箇山を感じる5月5日の城端曳山祭。
(副題)春は遅い。街の向こうに壁のようにそびえる山の先は五箇山なのだ。
(副副題)五箇山は絹織物で栄えた町であるが今はその工場跡をわずかに確認できる。

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