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黒柴物語(1)−黒柴メスのミッキー君の成長記録とその暮らし−
横田俊英
大きくこんもりとしたミッキーのウンチ
生後4カ月半ばを過ぎ5カ月間近の黒毛の柴犬・メスのミッキー君は朝ケージから出してやると庭を猛スピードで一回りして、お定まりの場所でオシッコをしウンチをする。ウンチは子犬とは思えにほど太いものをこんもりとするので飼い主の私は何とも恥ずかしい気持ちになる。ウンチの後には柴犬・メスのコンちゃんのケージに立ち寄って愛想を使う。その後は庭に落ちているヒモやゴミなどを見つけてきて好きなところで噛んで遊び、それに飽きると紀州犬のオス犬の武蔵君こと「ムー」のケージの餌の差し入れ窓に顔を突っ込んで互いに舌なめずりして友好を結ぶ。
ミッキーは私の行動に尋常ならざる注意を向けている
庭に面した私の仕事場の和室のガラス戸を開けるとミッキーはタイミングを計っていたように部屋の中に飛び込んでくる。ミッキーのケージが和室と背中合わせにして設置してあるため、コンちゃんとともに私の行動に尋常ならざる注意を向けている。私が夜半などにガラス戸を開けてミッキーとコンちゃんに「ご機嫌はどうですか」と声を掛けるとケージの格子に体をすり寄せて親愛の情を示す。庭で遊んでいるミッキーにガラス戸をトントンとたたいて合図するとすぐ反応して駆け寄りガラス戸に両手を添えて挨拶に飛んでくる。
シッポの毛がもげてネズミのような格好をしたミッキーは私のところに来て1カ月ほどすると、シッポの毛は半分ほど生えそろい犬らしくなった。みすぼらしかった容姿もシッポの毛が生えるのに従って随分とましなものになった。
永久歯に生え替わるミッキーの歯
ミッキーは普通の柴犬の子犬と同じように生後4カ月過ぎになると乳歯が抜けて永久歯が生え始めた。まず上あごの門歯が生え替わった。永久歯は乳歯の内側から生えて乳歯を跳ね上げるようにして入れ替わる。ミッキーマウスの門歯の上あご中央部の2本は特に大きいが、柴犬はこの2本から生え替わる。上あごの門歯につづいて下あごの門歯が生え替わり、前後して犬歯、奥歯などが生え替わる。上あごの門歯より先に下あごの門歯が生え替わるようだと、下あごの門歯が上あごの門歯の先に突き出すという不具合が生じることがある。
ミッキーの場合には上あご門歯が通常どおり生え替わり、その他の乳歯と永久歯が順番どおりに入れ替わる動きをしている。永久歯は乳歯よりも数が多く、歯も大きいのでこの生え替わりの過程で子犬は一気に大人の顔に変化して行く。犬歯は乳歯の犬歯が生えているところにそのかなり内側から生えてくる。生後4カ月半ほどのミッキーの下あごには犬歯が4本生えていた。外側の乳歯は細く鋭いままあごに頑固に引っ付いており、そのかなり内側から永久歯が伸びてくる。犬歯は上あごの側の発生が下あごに遅れる。
柴犬は完全歯を求めていまなお改善の努力が続けられている
柴犬は雑種のような状態になったところから現在の状態まで復元したのだ。この過程で容姿に比べると歯の状態の改善が遅れている。生えるべき歯が全部揃わないという状態を改善するために今なおその努力が続けられている。また噛み合わせについても同じ。犬の繁殖歴60年のベテランが「格好だけならある程度見通しはついているが、歯のことに関したはこれからである」と述べている。素晴らしい犬に育っているなと思ったら完全歯でなかったという経験を何度もしていることから出てくる本音である。完全歯の柴犬は50%程度ではないかというのがあるベテランの言葉である。それを70%まで拡大して解釈したとしても、30%ほどの柴犬は完全歯ではないことになる。
ネズミのような格好をしたミッキー君であるが、繁殖者の友人も私も「決して駄目な犬ではない」と考えている。だからまずは歯だけは全部そろい完全歯になってくれ、とうのがミッキーにかけている願いである。シッポの毛は必ず生えてくる。
生後4カ月から6カ月は急成長の時期
生後4カ月半を過ぎ、5カ月にさしかかるころの子犬は日ごとに目覚ましい成長を遂げる。6カ月から8カ月ごろまで同じような状態が続く。ミッキーもこの状態で急成長する。体のサイズの拡張は急激であり、大学生の長女が久しぶりにミッキーの姿を見て「大きくなったね」と驚きの声を挙げた。柴犬は生後6カ月で親犬ほどのサイズになるのである。遅くとも8カ月。子犬のなかには生後1年半頃までの間にゆっくりと背丈が大きくなる個体もあるが、生後6カ月までにはある程度の大きさになり、このころには大人の8分目にはなる。
柴犬の個体のなかには過大なサイズのものもいる。そして小さな体のままでいる犬もある。柴犬として望ましいのは普通の体のサイズに成長することだが、柴犬のすべてが日本犬保存会などが定めた標準体高におさまるかというとそうではない。一定の割合でこの標準体高の規定値の枠からはみ出る。基準をウンと緩めればこの範囲にはいるのだろうが、基準の範囲がオス・メスとも上下の幅3cmとなっている。標準体高値から上下1.5cmの幅であるから相当に厳しい規定だ。日本犬保存会の柴犬の標準体高規定はオスが39.5cm、メスが36.5cm。これから上下に各1.5cmとされている。血統登録されている柴犬のうち10%はこの標準体高の外にあるようだ。これは柴犬の繁殖家のある集まりで交わされた会話である。事情はともあれこの体高の範囲におさまるような繁殖の方向をとっているのが普通の日本犬保存会会員である。
ミッキー君「大きくなれ、大きくなれ」
生後5カ月を迎えようとしているミッキーに私は「大きくなれ、大きくなれ」と声を掛ける。餌はサイエンスダイエットのグロースの子犬用。これに豚肉や鶏肉のレバーと豚の挽肉、それから白菜とニンジンを刻んだりものにお米を少し混ぜて煮たものを掛けて与える。お米を混ぜるのは成長した後にお米をダイエット食に使えるようにするためでもある。ミッキーはドッグフード(グロース)単独よりもお米を混ぜた食事が好きなのだ。私が朝一番にすることはミッキーを庭に放して排泄の訓練をすること。これを見届けたあとにミッキー用の特別食を出してやる。ミッキーは喜んでそれを食べ、庭に設置してあるほかの犬のケージを巡って遊ぶ。
「待て」「伏せ」「お手」「お座り」などのいわゆるシツケはしない
ミッキーはどの犬にも友好を結び人にもすぐ飛びついてくる子犬だ。性格の明るい性質の良い子犬なので、この素質をそのままに伸ばしてやろうというのが私の飼育方針。だから時間をつくってミッキーとはうんと遊んでやるけれど、あれこれの命令がましい態度は取らない。「待て」「伏せ」「お手」「お座り」などのいわゆるシツケは一切しない。「駄目」は必要があれば口にする。
先輩犬は呼べばすぐ戻って来る
先輩の柴犬・メスのコンちゃんはそのようにして育てた。コンちゃんはリードを外しての山歩きができる。呼べばすぐ戻って来る。コンちゃんと一緒にいた柴犬・メスのサクラはそうではなかった。山に連れて行ってリードを放すとすぐに車の所に戻ってしまう。いつかは登山の途中にリードから離したら一気に車に駆け戻った。ミッキーがコンちゃんと同じように育てたい。
ミッキーの明るく素直な性格が一時期ねじ曲がった
明るく素直なミッキーの性格が一時期ねじ曲がった。野犬に襲われたからしばらくの間ミッキーは飼い主を見ると物陰に隠れて出てこなくなった。人に警戒心のかなったミッキーなのに。
ことの顛末は次のようなことであった。
私の不注意のため庭で遊んでいたミッキーが門から外へ飛び出したときに運悪く野犬に襲われたのだ。野犬は警戒心のないミッキーを襲い首筋にかみつきそのまま押さえ込でしまった。野犬はミッキーをかみ殺すつもりではなかったようだ。その気なら牙をたてて首を左右に振ればたちまち子犬の息の根を止めることができる。ミッキーの首筋には牙の入った痕(あと)はなかった。野犬はミッキーをなぶり殺すつもりなのだ。首筋に噛みつき窒息状態にしてもてあそんでいるのだ。私は野犬の口に手を添えてミッキーから引き離そうとした。しかし、野犬は顎の力を抜かない。口を開けてもだえるミッキーの舌が紫色に変わった。
このままではミッキーが死ぬ。慌てた私は手近にあった棒きれで野犬の頭を強烈に一撃。野犬はキャンと悲鳴をあげてミッキーを離した。ミッキーをもてあそんだ牙が私の手に飛んでくること必定。それが犬の行動様式だ。そのことを知らない私ではない。手を使ったのは野犬への温情であった。しかし、野犬はミッキーをくわえたままだ。もはや残された手は野犬に鉄槌をくわえること。ためらいはあったが、ミッキーの舌がチアノーゼで紫色に変色する状態は一刻の猶予もない。ガツンというその一撃ですべて集結した。
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野犬噛絞事件から1週間ほどでミッキーの行動はそれ以前の状態に戻った
性格の明るいミッキーは人への警戒をも強めた。3日ほどで警戒心を解けたミッキーの足を私が踏んでしまった。キャンと泣いたミッキーはコンちゃんのケージの裏に潜り込んで一晩出てこなかった。ミッキーはその後も何度か私に足を踏まれ、都度似たような行為を繰り返した。私に悪意がないのがわかっているので徐々に人への警戒心を解くのだが用心深くなった。
子犬の足を踏むという事故はよくあることだ。ケガにいたらなければ幸い。子犬の踏みつぶし事故やその他の飼い主の不注意にる事故は病気の100倍の発生率を持つと私は経験上感じている。子犬は病気よりも飼い主の不注意によるケガに注意しなければならない。
野犬噛絞事件から1週間ほどでミッキーの行動はそれ以前の状態に戻った。しかし、この後も同じ経験をさせたら本当に精神がねじ曲がりかねない。ミッキーの精神状態を注意深く観察し、わが家の飼い犬たちとの間でもトラブルが発生しないようにしなくてはならない。
回虫を駆除して成長の妨げを排除する
生後6カ月までにミッキーをある程度の体高に育てることが飼育上の課題だ。成長を妨げる要因を排除しなければならない。ミッキーには何度も駆虫薬を投与しても、白い虫が何時までも便に混じって出る。子犬は元気で食欲旺盛だ。それでも虫は依然として便に混じる。小粒にも思えるミッキーの体は回虫をのためかも知れない。まずは回虫の完全駆除をしてやろう。
駆虫薬を変更し、投与量を規定値より少し多くすると驚くほどの数の虫が出てきた。体長1cmほどの白い虫が便の上を動き回っている。便の状態は良好だ。それでも虫が出る。こんなこともあるのだ。
獣医は便を顕微鏡検査して虫の卵を探して対策を取るので、診察を受けると良い。体内の回虫等は成長と健康にさまざまな形で悪さをする。妙な言い方だが回虫対策は回虫がいなくなるまで行わなくてはならない。生後3カ月までに投与する駆虫薬によって駆虫対策が済んでいるのではない。生後6カ月までは絶対に注意が必要であり、生後1年まで続く。その後も駆虫対策は必要であるが、フィラリア予防薬の多くには回虫等の駆虫作用があるのでそれで済ますことができる。
黒柴・ミッキーは生後4カ月で私の所にやってきた
ケージから出された「ネズミ」と名付けられた生後4カ月の黒毛・メスの柴犬は庭に走り出て勢いよく駆け回る。そして庭におかれている紀州犬の犬舎に立ち寄ると体を鉄格子にすりつけてその主に挨拶。格子の隙間に顔を突っ込んで犬舎の主である紀州犬オスの武蔵号こと「ムー」に愛想を使う。そうするとムーはネズミの顔を丸ごと軽くくわえ、そして舌なめずりする。ネズミはまた庭を走り回ってはムーのところに戻り同じ行為を何度か繰り返す。家ではネズミと呼んでいるこの黒柴・メスの子犬だが、これでは人聞きが悪いのでミッキーマウスの頭の部分をもらって「ミッキー」とも言う。ミッキーマウスは男の子であるが、わが家の黒柴・メスにはあえて男のこの名前を借りた。シッポの毛がないので姿はネズミそのもの。そして小熊にも似ており、甲斐犬にも似ている生後4カ月の黒柴にお似合いの名前なのだ。
シッポの毛が抜けた柴犬のコンちゃん
庭には柴犬メスの「コンちゃん」の犬舎があり、ミッキーはムーにするような挨拶をする。ミッキーはムー以上にコンちゃんと仲がよい。
コンちゃんは展覧会に出ると優秀な成績をおさめる姿のいい赤毛のメス。優れた容姿であるため展覧会に夢中な友人に懇望されて2年ほどそこで飼われたいた。先住者の紀州犬のメスコンちゃんは折り合いが悪かった。コンちゃんはストレスのためシッポの毛が抜けてしまった。改善を期待したが無理と判断して私はコンちゃんを引き取った。
コンちゃんと仲良く遊べる仲間をつくってやるのもよいと思っていたとことに縁あってミッキーがこの家にやってきた。コンちゃんとミッキーは庭に放すと追いかけっこをして無邪気に遊ぶ。コンちゃんのケージに餌があるときにミッキーが顔を突っ込むとコンちゃんは大きな声で威嚇する。しかし本気ではない。この2頭は相性がよいのである。犬同士の相性は実に難しい。どちらも性格が良いから大丈夫と決めてしまうことはできない。2頭をあわせてみないとわからない。
コンちゃんは毛色があっさりとした赤毛で何となく黄色みがかっていて狐色にも思えるので「コンちゃん」という愛称が付いた。コンちゃんは「コン」とも呼ばれる。目形は最高によい。どんな人が訪れてもコンちゃんをもらっていきたいと言う。性格抜群なコンちゃんだが、もう一つ優れた特質を持っている。引き綱を放して一緒に山歩きができるのである。柴犬のメスは体格面で人を威圧しない。コンちゃんは比類ない人なつこさを持ち合わせている。リードから離しても事故の心配がない。
私のところに戻ったコンちゃんは6カ月ほどするとネズミのようだったシッポに毛が戻った。
生後4カ月の黒柴・メスの「ネズミ」こと「ミッキー」も、コンちゃんと同じようにシッポに毛が生えていなかった。シッポに毛がなく腰が分厚く足が短いこの子犬は、ぱっとみるとネズミのように見えるので愛称を「ネズミ」にした。それでは人聞きが悪いので「ミッキー」の名を併用するのだが、愛情がわくほどにネズミからミッキーに移っていく。
黒柴・子犬のシッポには毛がなかった
黒毛の柴犬・メスもシッポの毛が生えていない。コンちゃんと同じネズミのしっぽだった。3頭まれた子犬のうちオスとメスの黒毛の柴犬のシッポの毛がどうしたわけか抜けてしまい生後4カ月になっても生えて来なかった。母犬がなめるためこのようになるのか、子犬同士がなめるのでこのようになるのか、原因不明である。
姉妹の赤毛の子犬は子犬とは思えない立ち姿を示す。丸く太い口吻はツンと少し上向きに伸びており教科書に書かれているとおりの柴犬らしい見事な顔立をしている。目形もハマグリ型である。この赤毛の姉妹犬は滅多に生まれてこない特上の犬であると思わせた。この赤毛は体つきが良いのでしっかりした立ち姿を見せるのだろう。これに磨きをかけようと繁殖者の友人は、この子犬が首を持ち上げた状態で立てるように牛舎の前の広場に針金を渡して、これにヒモを付けて子犬を吊して育てた。
私と繁殖者の会話である。
「この子犬は素晴らしいね」(私)
「そうだろ」(繁殖者)
「この犬は残すのか」(私)
「そうだ」(繁殖者)
「そうだろうな」(私)
心中は複雑だが笑顔をつくって黒柴を抱き上げた
私は子犬をもらいに友人の繁殖者の所に出かけたのではない。友人と子犬の顔を見に行ったのだ。3頭の子犬のうち赤毛の一頭は頭抜けた素晴らしさであった。かたや黒毛のオス・メスはシッポが生えていないのでみすぼらし。私はコンちゃんと同じようにシッポの毛がないこの子犬たちを見て可愛そうになった。ウチで飼ってやろう。この子犬のうち1頭を飼ってやろうという思いが一瞬の間に何度もめぐった。早まるなという言葉でこれを打ち消す。が、つい声が出てしまった。
「この子犬を連れて行くよ」
言ってしまったあと、屹然としたとしたこの言葉に自分自身がビックリ。
「いいよ」
と言葉がすぐに友人から返された。
「しまった」
という思いで胸中は複雑だ。撤回の言葉が何度か飛び出そうになった。
一度口からの出た言葉は元に戻らない。「武士に二言はない」と自分に言い聞かせる。心中は複雑だが笑顔をつくってネズミを抱き上げた。そのような事情でミッキーは私のところにやってきた。
柴犬コンと黒柴ミッキーの飽きることのない遊技
「ネズミ」はムーとしばし遊んでから庭に面した和室の横に置かれたコンちゃんの犬舎に移動して今度はこちらでじゃれあいをする。ネズミ(ミッキー)とコンちゃんの遊技はムーがするような大胆さはない。ネズミがコンの犬舎の格子に顔を突っ込むとコンはそれに噛む仕草で応じる。ネズミはすぐに顔を引っ込める。コンがなめ返すとネズミは喜んでかを出したままでいる。まるで警戒心がない。ネズミはコンの犬舎を一回りしてはまたちょっかいをだす。コンは格子から手を出してネズミを呼ぶ仕草をするとネズミは体を格子に押しつけて親愛の情を示す。こんなことをコンとミッキーは飽きることなく繰り返えす。
黒柴子犬の遊技を居室から眺める
私は和室で本を読んだり、物を書いたりして庭の犬たちの様子を眺めている。そうして和室でくつろいだり仕事をしたりしている私にネズミのミッキーはときおりガラス戸に寄ってきて両足をトンと当てて私を誘う。遊んでくれと催促をするのだ。私が誘いに乗らないとミッキーは紀州犬・オスのムーや柴犬・メスのコンにちょっかいを出しては暇つぶしをする。
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