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「豆柴」という犬について(豆柴に関する調査と見解)

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「豆柴」という犬について(豆柴に関する調査と見解)

標準よりも小さな日保籍の柴犬は生まれてくる事実はある


「豆柴」という犬について(豆柴に関する調査と見解)

目次
  1. 「豆柴」という呼称と日本犬保存会の公式見解
  2. 豆柴、小柴及びそれらの類似名称犬について((社)日本犬保存会)
  3. 日保は「豆柴」に業を煮やす
  4. 私が見た「豆柴」2頭は柴犬に似た犬
  5. 日保にも柴保にも小さい犬はいる
  6. 柴保は小柴部を設けて、固定化を目指している
  7. 柴保創立者中城龍雄氏の「小柴」に対する見解
  8. 柴保は小柴を認知して評価する
  9. 基礎犬中号に小柴の影(中城龍雄氏は『柴犬研究六十年』より)
  10. 日保籍のメス犬を見た人に「同じ豆柴を飼っています」と声を掛けられる
  11. 私の所にいる「小柴」風の柴犬
  12. サイズに満たない紀州犬も多い
  13. 「豆柴」の販売事例
  14. 日保籍メスは「豆柴」として受け取られる
  15. ある人は「豆柴」の標準体高をオス32.5cm、メス30.5cmに
  16. 望ましい柴犬の繁殖の方向は

●「豆柴」という呼称と日本犬保存会の公式見解

 豆柴、ミニ柴、小柴という呼称があり、特に豆柴という呼称は一般の人にも耳に馴染んでしまっているようで、「豆柴」とい言葉をよく聞きます。そこで私なりに「豆柴」に関する調査をして、その結果を一部ではありますが公開することにしました。

 まずは日本犬を扱う団体ことに柴犬を扱う団体として登録数が絶対的に多い(社)日本犬保存会(通称日保)の公式見解を同会のホームページで見ました。その内容は次のとおりでした。

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●豆柴、小柴及びそれらの類似名称犬について((社)日本犬保存会)

 柴犬の標準体高は昭和9年(1934年)9月に制定されました。雄犬の標準体高は39.5cmで38cmから41cmの幅を認めています。雌犬は36.5cmで35cmから38cmの幅を認めています。(体重は雄は9kgから11kg前後、雌は7kgから9kg前後です。)

 昭和初期の頃、絶滅寸前になっていた日本犬を残そうとして全国各地において地の犬 の調査を行い、残存した優秀犬や犬に関する文献などを参考にして小型犬(柴犬)、中型犬(紀州犬・四国犬・北海道犬・甲斐犬)、大型犬(秋田犬)の三型に分類して保存することにしました。以来現在に至るまで、柴犬の体高は理想的なものとして守られ定着しています。

 ところが十数年前の頃より豆柴・小柴あるいはミニ柴等という名前を聞くようになりました。柴犬の実体を知らない人達の間で豆柴という言葉が先行しているきらいがありますが、犬の体格というものは人為的に比較的容易に変えられるもので洋犬種の中にはミニ化された犬種が結構みられます。これらと同様な考えで柴犬を矮化し小さくするという行為は柴犬を正しい姿で固定化し、後世に伝えるという本会の主旨を根底から覆すもので、柴犬が持つ日本犬としての本来の姿を否定するものです。

 そしてこれらの豆柴と称される犬達があたかも希少種であるかのように、一部では広告され喧伝されていて、柴犬のことを深く知らない方々から問い合わせや苦情も寄せられています。これらのものは本会が定めた日本犬標準、登録規定に反し、尚かつ日本犬の血統をも混乱させるもので、規格外の体高不足犬ということで日本犬保存会として公認することはありません。

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●日保は「豆柴」に業を煮やす

 日本犬保存会の「豆柴」に関する見解と公式な態度表明は以上の通りです。ちまたで余りにも「豆柴、豆柴」という言葉があふれ、柴犬を飼おうとする一般の人々が普通の柴犬と「豆柴」とを並列において考慮の対象にしているようです。日本犬保存会はでは同会の犬籍簿登録されている台帳にしたがい、申請された犬に対して血統書を発行しているのですが、そこでは小型であれば柴犬ということになるのです。

 「豆柴」という項目は日本犬保存会にはなく、同会は「豆柴」に対して血統書を発行したことがないのです。そうした日本犬保存会に籍を置く登録犬と、同会が認めていない、むしろ否定している「豆柴」とを同列に置いて、また一般の人々の知識不足から「豆柴」のことに関して同会に問い合わせてきたり、場合によっては同会に苦情が寄せられることに業を煮やしているようです。

 同会発行の血統書の付いた柴犬の子犬に、「豆柴」の名を言葉として添えて販売するという事実は存在することでありましょう。日本犬保存会では柴犬は同会が定める標準の規定にしたがって繁殖すべきであると、強い信念を表明しているのです。

 日本では柴犬の血統書を発行している団体としてJKCや天然記念物柴犬保存会(通称柴保)などがあり、これらは国が公益法人等として認めております。JKCでは「豆柴」は認めておりません。しかし天然記念物柴犬保存会(通称柴保)では、同会の犬籍簿に登録されている両親犬から生まれてくる体高が30cm程度にとどまる柴犬を「小柴」として扱い、これを認めており、そうした「小柴」は日本の住宅事情に適合して歓迎されてしかるべきものという態度をとっております。またそのように小さく生まれてくる同会籍の柴犬は、祖先にそのような犬がおり、その機能を縄文以来の人々が認めて飼ってきた結果の現れであるとしております。

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●私が見た「豆柴」2頭は柴犬に似た犬

 では柴犬のような姿態をした小粒の犬がいないのかということになりましたら、実際にいるのです。世の中には「豆柴」と呼称して、小粒の柴犬に似た犬が販売されていることは事実です。、そうした「豆柴」はを購入した人が2名公園に犬を連れているのに出会い話をすることができました。

 ここで見た2頭のメスの「豆柴」確かに小さく、体高はともに30cm以下でありました。姿・形は柴犬のようでありますが、(社)日本犬保存会(通称日保)の柴犬とも天然記念物柴犬保存会(通称柴保)の柴犬とも天然記念物柴犬保存会(通称柴保)が正式に規定している体高30cm前後の「小柴」とも違います。犬の骨格と構成が、日保の柴犬とも柴保の柴犬とも違うその「豆柴」をこまかに観察させてもらいました。

 骨格と構成は柴犬を含む日本犬のそれとは違い、背も直線ではなく、顔も少し違います。歯を見たところ1頭は門歯が乱れており、柴犬の永久歯として生えてこなければならない歯が4本も不足しておりました。もう1頭は6歳でしたが2本ほど歯が生えておりませんでした。歯が4本足りない犬を飼っている人は、歯が不足しているということを初めて聞いて少し驚いておりました。豆柴と称する犬は体を小さくするために別の小さな洋犬種を掛けているという伝聞があります。柴犬に似たような洋犬のポメラニアンと柴犬を交配して体型を小型にしていったというのです。この辺の事実関係を調査したいと思ってはおります。

 犬は馬と同様に背を高くしたり、身体を小さくしたりということが比較的容易にできる動物であります。大きな犬よりも小さな馬がおりますし、普通の猫よりも小さな犬がおります。ですから柴犬のような姿をした小さな犬をつくることはさほど難しいことではありません。

 いま人気になっている「豆柴」と称する柴犬には、そして社会的に広く認知された公益法人等が発行する血統書が付いているのもあるでしょう。私のところにもサイズに達しない日保籍のメス犬がおります。この犬は豆柴、ミニ柴、小柴として扱っても誰も文句はいわないでしょう。この子犬は狙って作ったものではなく、普通の大きさの犬として、また展覧会に出陳して楽しもうと思って飼ってきた犬なのです。

 このように意図しなくてもサイズ以下の柴犬が生まれてくる、そしてその柴犬は決して普通の柴犬が矮化したというものではないのです。逆にきわめて元気で野山も並以上のたくましさで駆け回ります。

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●日保にも柴保にも小さい犬はいる

 先に述べたように(社)日本犬保存会(通称日保)の柴犬にも、天然記念物柴犬保存会(通称柴保)の柴犬の中にも、体高30cm程度のいわゆる「豆柴」サイズの柴犬がいるのです。

 日保では、わざわざ「豆柴」「ミニ柴」「小柴」と言われる柴犬を例に挙げて、柴犬の体高等は柴犬標準にかなうよう、その方向性をもって繁殖すべきであると強く主張しております。

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●柴保は小柴部を設けて、固定化を目指している

 ところが天然記念物柴犬保存会(通称柴保)の態度は日保とは違います。柴保は日保に比べたら組織の大きさははるかに小さい状態です。しかし独自の考えをもって柴犬の繁殖・指導をしてきております。また前述のとおり元犬は日保も柴保も同じなのですが、現在の両者の標準的な犬は相当に違っております。柴保は同会が発行する血統書を持つ犬の中から産まれてくる一定割合の体高30cm前後の犬に対して「小柴」の部門を設けてこれを認めております。

 柴保の「小柴」は柴保の考えにもとづいて繁殖を続けてきた過程で、特に「純化」が進むほどに体高30cm前後の犬が生まれるようになったのは、縄文時代からつづく柴犬の中に、そのような犬がいたことのあらわれであるとして、それまでの標準にあった体高等の規定に合致するように無理に子犬を育てることをしないことに決めたのです。そして柴保では「小柴」の部を設けて、小柴の中の良い犬に金章犬の称号を与える制度を敷きました。

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●柴保創立者中城龍雄氏の「小柴」に対する見解

 柴保の創立者の故中城龍雄氏は『柴犬研究六十年』−柴犬の純化と固定化を目指して− 形成社(1995年3月31日刊、6000円)で、

 「初め小柴部を設けた時は、大昔、1尺以下の小さい犬もおり、柴保の純化作出の結果、尾が少し短く、差尾ぎみの小さな犬ができはじめた結果、普通の柴犬の歪化の結果ではなく、もともといたものが分離してできたもの、という考えによって、今まで小さく生まれてきた子犬を、普通の大きさにしようという努力をやめ、小柴として取り扱うことにしたわけです。審査時に1尺以下の犬たちを、小柴として取り扱い、個々の犬のでき如何によって、金章犬と準金章犬に評価しました」と述べております。

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●柴保は小柴を認知して評価する

 また中城龍雄氏は前述の『柴犬研究六十年』において、関連して次のように述べております。

 「概観すると1尺(30.3cm)以下の犬はごく少なく、展覧会後少しずつ大きくなって行く犬が多く、最高1尺1寸(33.3cm)近くになったものさえでてきています」

 「既述のように1尺を超す犬が意外に多かったわけです。これについて、成犬になった小さい犬を小柴とすべきだ、という意見がでてきました。これは当然でるべき意見です。

 しかし、私はもともと小柴が固定していたわけではなく、あるものは成犬時に1尺を超し、あるものは成犬になっても1尺以内の状態でいることは、自然現象で、たとえ大きくなっても、その審査時には小さかったということは、少なくともその犬の中に小柴の血が、相当入っており、他面、普通の大きさの犬の血も、持っていたための結果と解釈しました。審査時に、普通の大きさの犬同士の間の子犬たちに比べて、6〜7カ月頃1尺以内であった犬同士間の犬が、絶対的な意味で小さいといえます。

 過渡期の小柴の作出法として、あまり厳格に小柴の大きさを重視したなら、小柴の固定化の日まで、とても長い日数がかかるでしょう。問題は、審査時にその犬の大きさだけ見るのではなく、少なくとも相当量の小柴的特徴を持っているか−この点の見分けが大事だと思います」

 「縄文時代の初めの頃のことはよくわかりませんが、数千年つづいていいた時代の縄文人と、小さな1尺前後の犬がいて、穴猟や鳥や小さな獣たちの猟で働いていただろうと、いうことは想像できます。現に、紅太郎黒竜の同胎、紅太郎黒姫や紅市王の直子の代表的な小柴、紅市王の熊は、成犬になっても1尺以内で、しかもガッシリとした体躯で山野を跳び廻っています。小柴は、都市はもちろん農村でも扱いやすい日本犬として、今後ますます要望されることと確信します。私たちは、じっくり構えて、基礎犬の選択を誤らず、着実に小柴の固定化に努めてまいりましょう」

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●基礎犬中号に小柴の影(中城龍雄氏は『柴犬研究六十年』より)

 「ところで、この小柴は一体いつごろから生まれてきたか?−これについて今日正確な経過はわかりません。たださかのぼって考えた時に浮かんでくることは、有名な「中号」の直子のなかに第一胎で一番小さかったのは「中紀三女」だったし、それにふたたび近親作出で「中号」を交配して生まれた5頭の雌のなかで、「中紀桃女」が一番小さかった点あたりから、出産子一胎のなかに、とくに小さいものが混ざっていたように思います。(中略)改めて思い出してみると、この特別に小さな雌たちの直子が、柴保の代表犬を作出する上で、直接間接に貢献していることがわかります。当時は、そのような作出上の成果を予期して使ったのではないように思います。

 このころ、つぎつぎに生まれてくるなかで、銀賞犬にもならぬ小さな犬を作出上に用いたのは、はじめ「コロ花」と「紅王」の子に「紅中(万)」が生まれ、「コロ一」の直子「那智」と「紅中(万)」の子「紅中(紀)」が生まれました。

 一方で、「白花」と「コロ赤」の子「赤石」が生まれ、作出者として見たところでは優級位で、見栄えのしない顔や体型の小さな雌に、注意深い関心を持ったことが今日、柴保の主流犬たちの作出に関連を持つわけです。この作出上の成果はどこに起因していたのか?

 これらの小さい見栄えもしない雌の血のなかに、太古の犬の血が濃く伝わっていたためでしょうが、それは作出結果を振り返って知るわけです。当時のことを考え直して見ても、私の見方や考え方は良く分かりません。しかし、ぼんやりした言葉ですが、これらの小さい雌たちのそれぞれに、ある面では普通の柴犬にないような長所があったのではないかと思います。

 たとえば、虹彩(こうさい)や色素がとくに濃いとか、毛質の固さや二重疲毛・裏白などが目立っていたとか、顔も身体も小さいだけで、とくにわい化して小さくなった奇形的な点が見られなかった。また小さいくせに打てば響くというような性質などが、私を美意識的に引きつけていたたのではないか、と当時を思い出しながら考えています。

 一体、柴犬(日本犬)での小さい犬は、どういう歴史を経て今日まで引きつづいてきたのでしょうか?

 もちろん正確なことはわかりませんが、柴保・金章犬たちの頭骨が縄文犬のそれに似てきた点、たとえ身体は小さくとも歯は依然として大きい点、等から推して、古い昔の犬を目指して雑種犬の血を抜き出す作出の結果、見事な蘇り現象の一つとして、いまの小柴も生まれてきたものと考えられます。

 この点では、これらの小柴が小さいから血液の純度が濃いというわけではなく、小さいながら顔貌・体型・疲毛・性質などに、縄文犬風の特徴を持っていることがわかります。ただし、柴保が小柴部を作って評価しはじめて、まだ5年前後です。何千年という長い年月、大きさよりも、猟性や番犬などに適した性質や体型がつづけられたことを考えると、今日まだまだ努力しなければ、小柴の固定化は実現しません。

 しかし、既述のように、柴保の最高の代表犬たちが1尺2寸(36.4cm)強であり、その直子のなかに小柴が生まれております。一方では、体高1尺4寸から5寸近い大きな犬たちの直子からも1頭くらいずつ小柴風の小さい犬が生まれている現状から、それぞれの血液を組み合わせて行けば、意外に早く1尺以内という小柴の体高目標に固定してくるのではないかと思います。6カ月前後で小柴部に入れて評価した犬たちのなかで、その後成長し、1尺1寸前後まで発育した例もありますが、前述のような長い歴史の上に立って考えて見る必要があると思います。

 今後、初めて目標を決めて「小柴」を固定させる上に役立つと思える犬たちは、たとえ両親犬のいずれかが柴犬として最大の大きさである場合でも、承知の上で、大胆に使って行くことが大事です。五〜六〇年の私の経験を通じて、日本犬の雑犬化した場合でも、意外に純度の濃い血液が残っていたように感じるし、この小柴の大小の問題についても(1尺5寸+1尺)÷2=1尺2寸5分(37.9cm)というような数字の場合もあるでしょうが、私はむしろ、ある個体の血液のなかに変わり切れずに、そのまま量的に、少なくなっていくようなこともあるのではないかと、感じています。

 (中略)小柴は、今日日本の文明社会の発展とともに、その賢さや、野性味、大きさの点で扱い易いなど、日一日と注目されることでしょう。(「柴犬研究」、第72号、平成2年3月)」

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●日保籍のメス犬を見た人に「同じ豆柴を飼っています」と声を掛けられる

 世の中の人々が「豆柴」と称して、小さいサイズの柴犬を求めていることは事実です。しかし、どのようなものが柴犬のさらに小さいサイズなのかということなると、曖昧さがあまりにもあり過ぎます。私が飼っている日保籍の柴犬のうち下限に近いメスはすべてが標準のサイズにおさまっております。これら柴犬のメス犬を車に乗せて旅行に出かけるとドライイブインなどで「豆柴ですか」声を掛けられることがしばしばあります。

 柴犬はオスとメスでは体格差が相当あります。メス犬はオス犬に比べると随分と小さく見えるものです。日保籍のメスの柴犬のサイズが普通の人には「豆柴」に思えるようです。柴犬はもともと小さな犬ですが、柴犬の小ささの実感がないものですから、大きさの基準が定かでないまま「豆柴」の概念だけが一人歩きしているようです。「豆柴ですか」と声を掛けてきた人が、つづけて「うちにも同じの豆柴がいます」と話しかけてきたのには驚きました。

 私が懇意にしているペットショップの主人が、私の日保籍の柴犬を見て「うちのお客さんで豆柴ということで買ってきた犬が、この犬よりはるかに大きくなったのを何度も見ています。その犬が20万円以上もしたそうです」と話しています。

 以上のような話を総合すると、今の世の日本人の人々が求めているのは日保籍の柴犬のメス程度大きさでいいということになりそうです。また日保籍でも柴保籍でも自然にできた小さめのサイズの柴犬であれば、いわゆる「豆柴」として十分に満足できるサイズでもあるようです。ここでいう小さめというのは、体高35cm以上38cm以下という定められた基準の範囲に入っていてのことです。なお、基準を下回るサイズの純血種の柴犬もある割合で生まれることは否定できない事実です。その小さい柴犬からまた普通のサイズの柴犬が生まれますから、この辺のことをどのように理解すればいいのかといいますと、前述の柴保の創立者の故中城龍雄氏の文章が合理性を持つようにも思われます。

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●私の所にいる「小柴」風の柴犬

 私は柴犬のメスを数頭飼っていますが、そのうちの1頭は体高が下限に近く、1頭は上限一杯です。柴犬を見たいと言って私の所を訪れる人に、こうした犬の体高差、顔貌の違い、性質の違いを見せることによって柴犬という犬を理解してもらうようにしております。私の所にいる柴犬のメスの子犬の1頭は、生後40日ごろ既に小さかったのですが、生後6カ月になっても体高が30cmに達しません。どうもこの子犬は大きくなりそうがありません。体躯・顔貌、動作その他は普通の柴犬で、山に連れて行きますと活き活きおり、その疾走する姿は何とも言えず素晴らしいものです。柴保がその存在を想定している「小柴」が私の所に誕生したようです。性質の大人しいメスの子犬ですから、可愛がってやろうと考えております。

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●サイズに満たない紀州犬も多い

 柴犬は日本犬の中では小型として扱われ、紀州犬は中型になります。紀州犬を飼っていての一番の悩みは、規定されている標準体高に達しにくいということです。規定の下限に達しませんと、展覧会では評価が下がります。私の知る紀州犬のメス犬に体高が41cmとうのがあります。紀州犬のメス犬の下限が46cmですから、大部下回っております。柴犬の雄と同等のサイズです。サイズに満たない紀州犬のことをどのように捉えるべきか、「小柴」同様悩ましい問題です。

 洋犬種においては同じような犬でも、生存地域によって身体サイズその他に違いが生じており、そのおのおのが単独犬種として公認されております。

 日本犬の場合にも、中型のものに紀州犬、四国犬、甲斐犬、北海道犬がおります。紀州犬などは体高標準がオス52cm、メス49cmとなっておりますが、この標準だけでくくってしまうと、1割以上の犬が外れてしまうように思われます。

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●「豆柴」の販売事例

 「豆柴」というなで犬を販売している事例は少なからず存在します。ちまたに「豆柴」の名が広まっているのですから、そうした事例を否定することはできません。そうした「豆柴」は、柴犬を小さくして固定化したものだということになっております。内因的に小さく育つ素質をもった柴犬同士を選択して交配を重ねることで、小さな犬を作って行くことは可能性としてないことではありません。あるいは可能でしょうが、標準体高を定めてその方向で繁殖を進めてきた日本犬保存会籍の柴犬にも大きなものと小さなものが出来てきますから、固定化というものは相当に難しいことだと考えるのが至当でしょう。

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●日保籍メスは「豆柴」として受け取られる

 柴犬に似た柴犬より小さな犬に「豆柴」の名が付けれれるようになりましたが、この名は「豆柴」の実態以上に大きな多くの人々の耳に届いているようです。そのような「豆柴」はとらえ方によっていろいろな解釈が成立するようです。私もそうですが私の友人も日本犬保存会籍のメスの柴犬を連れていて、「豆柴ですか」と声を掛けられることがしばしばあります。友人の犬などは決して日本犬保存会のメスの柴犬として小さい方ではないのですが、それでも「豆柴ですか」と問い掛けられるのです。ですから普通の人の場合には日本犬保存会のメス犬の普通のサイズ、つまり肩までの高さ・体高が36.5cmの犬で「豆柴」に対する要求を満たすのです。普通の人は柴犬がオスとメスでは大きさがかなり違う(標準の体高にしてオスが3cm高い)ことを知らないのです。

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●ある人は「豆柴」の標準体高をオス32.5cm、メス30.5cmに

 「豆柴」の名を冠している組織があります。この組織は実際には個人が運営しているもののようですが、「豆柴」の標準体高をオス32.5cm、メス30.5cmとしており、許容は上下に1.5cmとなっております。オスは31cm〜34cm、メスは29cm〜32cmの範囲内が標準の範囲として許容されております。オス・メスのあわせてところの平均体高標準は31.5cmです。この程度の小ささの体高ですと日本犬保存会籍の柴犬にも少なからず。それは望んで作りだしたものではなく自然に出来た柴犬として、ここにある上限程度の日保籍の柴犬はいるのです。
 事実は確認できておりませんが、上記の犬よりも平均して体高が小さな柴犬もおります。こうした小さな柴犬は、柴犬同士の交配によって狙って作ったものなのか、あるいは柴犬に似た例えばポメラニアンを混ぜて作りだしたものかはわかりません。一部の人々の間ではそうした話が真話として語られており、私も聞いたことがあります。

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●望ましい柴犬の繁殖の方向は

 世の中には「豆柴」を飼っていることを誇りにしている人、あるいは自慢している人が多いのも事実です。「豆柴」が好きな人は誠に多いと思います。私は拙い経験のなかからではありますが、柴犬は体高に関しては日本犬保存会ならびに天然記念物柴犬保存会の標準に従って、繁殖していくのが望ましことだと思っております。そのような中から生まれてくる標準の下限を下回る柴犬に対してどのような扱いをすればいいのかは良くわかりません。
 日本で日本犬保存の運動が始まる前までは一部の人を除いて日本犬の中型犬、小型犬の区別を明確にしての繁殖をするということはなかったようであります。現代でも日本犬保存会籍の柴犬から中型犬並の大きさの犬が生まれることもあるのだろうと思っております。そんな中から、柴犬の体高標準の下限を下回る犬がしばしば生まれてくることの原因をある程度明らかにしなければならないとも考えます。それが明らかになればそしてそうした小さな犬に対しする扱いも変わることになるのかも知れません。

横田俊英



 
 
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氏名 横田俊英(よこたしゅんえい)
携帯 090−5580−8226
電話は携帯にお願いします
自宅は勤務と犬の世話で留守がちです
住所
229-0105 神奈川県相模原市相模湖町若柳641−6
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(動物の販売に関する登録を神奈川県にしております。この関係の開示はお引き渡し時にさせていただきます)

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「豆柴」という犬について(豆柴に関する調査と見解)

標準よりも小さな日保籍の柴犬は生まれてくる事実はある

>>> 目次 <<<
  1. 「豆柴」という呼称と日本犬保存会の公式見解
  2. 豆柴、小柴及びそれらの類似名称犬について((社)日本犬保存会)
  3. 日保は「豆柴」に業を煮やす
  4. 私が見た「豆柴」2頭は柴犬に似た犬
  5. 日保にも柴保にも小さい犬はいる
  6. 柴保は小柴部を設けて、固定化を目指している
  7. 柴保創立者中城龍雄氏の「小柴」に対する見解
  8. 柴保は小柴を認知して評価する
  9. 基礎犬中号に小柴の影(中城龍雄氏は『柴犬研究六十年』より)
  10. 日保籍のメス犬を見た人に「同じ豆柴を飼っています」と声を掛けられる
  11. 私の所にいる「小柴」風の柴犬
  12. サイズに満たない紀州犬も多い
  13. 「豆柴」の販売事例
  14. 日保籍メスは「豆柴」として受け取られる
  15. ある人は「豆柴」の標準体高をオス32.5cm、メス30.5cmに
  16. 望ましい柴犬の繁殖の方向は

●「豆柴」という呼称と日本犬保存会の公式見解

 豆柴、ミニ柴、小柴という呼称があり、特に豆柴という呼称は一般の人にも耳に馴染んでしまっているようで、「豆柴」とい言葉をよく聞きます。そこで私なりに「豆柴」に関する調査をして、その結果を一部ではありますが公開することにしました。

 まずは日本犬を扱う団体ことに柴犬を扱う団体として登録数が絶対的に多い(社)日本犬保存会(通称日保)の公式見解を同会のホームページで見ました。その内容は次のとおりでした。

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●豆柴、小柴及びそれらの類似名称犬について((社)日本犬保存会)

 柴犬の標準体高は昭和9年(1934年)9月に制定されました。雄犬の標準体高は39.5cmで38cmから41cmの幅を認めています。雌犬は36.5cmで35cmから38cmの幅を認めています。(体重は雄は9kgから11kg前後、雌は7kgから9kg前後です。)

 昭和初期の頃、絶滅寸前になっていた日本犬を残そうとして全国各地において地の犬 の調査を行い、残存した優秀犬や犬に関する文献などを参考にして小型犬(柴犬)、中型犬(紀州犬・四国犬・北海道犬・甲斐犬)、大型犬(秋田犬)の三型に分類して保存することにしました。以来現在に至るまで、柴犬の体高は理想的なものとして守られ定着しています。

 ところが十数年前の頃より豆柴・小柴あるいはミニ柴等という名前を聞くようになりました。柴犬の実体を知らない人達の間で豆柴という言葉が先行しているきらいがありますが、犬の体格というものは人為的に比較的容易に変えられるもので洋犬種の中にはミニ化された犬種が結構みられます。これらと同様な考えで柴犬を矮化し小さくするという行為は柴犬を正しい姿で固定化し、後世に伝えるという本会の主旨を根底から覆すもので、柴犬が持つ日本犬としての本来の姿を否定するものです。

 そしてこれらの豆柴と称される犬達があたかも希少種であるかのように、一部では広告され喧伝されていて、柴犬のことを深く知らない方々から問い合わせや苦情も寄せられています。これらのものは本会が定めた日本犬標準、登録規定に反し、尚かつ日本犬の血統をも混乱させるもので、規格外の体高不足犬ということで日本犬保存会として公認することはありません。

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●日保は「豆柴」に業を煮やす

 日本犬保存会の「豆柴」に関する見解と公式な態度表明は以上の通りです。ちまたで余りにも「豆柴、豆柴」という言葉があふれ、柴犬を飼おうとする一般の人々が普通の柴犬と「豆柴」とを並列において考慮の対象にしているようです。日本犬保存会はでは同会の犬籍簿登録されている台帳にしたがい、申請された犬に対して血統書を発行しているのですが、そこでは小型であれば柴犬ということになるのです。

 「豆柴」という項目は日本犬保存会にはなく、同会は「豆柴」に対して血統書を発行したことがないのです。そうした日本犬保存会に籍を置く登録犬と、同会が認めていない、むしろ否定している「豆柴」とを同列に置いて、また一般の人々の知識不足から「豆柴」のことに関して同会に問い合わせてきたり、場合によっては同会に苦情が寄せられることに業を煮やしているようです。

 同会発行の血統書の付いた柴犬の子犬に、「豆柴」の名を言葉として添えて販売するという事実は存在することでありましょう。日本犬保存会では柴犬は同会が定める標準の規定にしたがって繁殖すべきであると、強い信念を表明しているのです。

 日本では柴犬の血統書を発行している団体としてJKCや天然記念物柴犬保存会(通称柴保)などがあり、これらは国が公益法人等として認めております。JKCでは「豆柴」は認めておりません。しかし天然記念物柴犬保存会(通称柴保)では、同会の犬籍簿に登録されている両親犬から生まれてくる体高が30cm程度にとどまる柴犬を「小柴」として扱い、これを認めており、そうした「小柴」は日本の住宅事情に適合して歓迎されてしかるべきものという態度をとっております。またそのように小さく生まれてくる同会籍の柴犬は、祖先にそのような犬がおり、その機能を縄文以来の人々が認めて飼ってきた結果の現れであるとしております。

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●私が見た「豆柴」2頭は柴犬に似た犬

 では柴犬のような姿態をした小粒の犬がいないのかということになりましたら、実際にいるのです。世の中には「豆柴」と呼称して、小粒の柴犬に似た犬が販売されていることは事実です。、そうした「豆柴」はを購入した人が2名公園に犬を連れているのに出会い話をすることができました。

 ここで見た2頭のメスの「豆柴」確かに小さく、体高はともに30cm以下でありました。姿・形は柴犬のようでありますが、(社)日本犬保存会(通称日保)の柴犬とも天然記念物柴犬保存会(通称柴保)の柴犬とも天然記念物柴犬保存会(通称柴保)が正式に規定している体高30cm前後の「小柴」とも違います。犬の骨格と構成が、日保の柴犬とも柴保の柴犬とも違うその「豆柴」をこまかに観察させてもらいました。

 骨格と構成は柴犬を含む日本犬のそれとは違い、背も直線ではなく、顔も少し違います。歯を見たところ1頭は門歯が乱れており、柴犬の永久歯として生えてこなければならない歯が4本も不足しておりました。もう1頭は6歳でしたが2本ほど歯が生えておりませんでした。歯が4本足りない犬を飼っている人は、歯が不足しているということを初めて聞いて少し驚いておりました。豆柴と称する犬は体を小さくするために別の小さな洋犬種を掛けているという伝聞があります。柴犬に似たような洋犬のポメラニアンと柴犬を交配して体型を小型にしていったというのです。この辺の事実関係を調査したいと思ってはおります。

 犬は馬と同様に背を高くしたり、身体を小さくしたりということが比較的容易にできる動物であります。大きな犬よりも小さな馬がおりますし、普通の猫よりも小さな犬がおります。ですから柴犬のような姿をした小さな犬をつくることはさほど難しいことではありません。

 いま人気になっている「豆柴」と称する柴犬には、そして社会的に広く認知された公益法人等が発行する血統書が付いているのもあるでしょう。私のところにもサイズに達しない日保籍のメス犬がおります。この犬は豆柴、ミニ柴、小柴として扱っても誰も文句はいわないでしょう。この子犬は狙って作ったものではなく、普通の大きさの犬として、また展覧会に出陳して楽しもうと思って飼ってきた犬なのです。

 このように意図しなくてもサイズ以下の柴犬が生まれてくる、そしてその柴犬は決して普通の柴犬が矮化したというものではないのです。逆にきわめて元気で野山も並以上のたくましさで駆け回ります。

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●日保にも柴保にも小さい犬はいる

 先に述べたように(社)日本犬保存会(通称日保)の柴犬にも、天然記念物柴犬保存会(通称柴保)の柴犬の中にも、体高30cm程度のいわゆる「豆柴」サイズの柴犬がいるのです。

 日保では、わざわざ「豆柴」「ミニ柴」「小柴」と言われる柴犬を例に挙げて、柴犬の体高等は柴犬標準にかなうよう、その方向性をもって繁殖すべきであると強く主張しております。

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●柴保は小柴部を設けて、固定化を目指している

 ところが天然記念物柴犬保存会(通称柴保)の態度は日保とは違います。柴保は日保に比べたら組織の大きさははるかに小さい状態です。しかし独自の考えをもって柴犬の繁殖・指導をしてきております。また前述のとおり元犬は日保も柴保も同じなのですが、現在の両者の標準的な犬は相当に違っております。柴保は同会が発行する血統書を持つ犬の中から産まれてくる一定割合の体高30cm前後の犬に対して「小柴」の部門を設けてこれを認めております。

 柴保の「小柴」は柴保の考えにもとづいて繁殖を続けてきた過程で、特に「純化」が進むほどに体高30cm前後の犬が生まれるようになったのは、縄文時代からつづく柴犬の中に、そのような犬がいたことのあらわれであるとして、それまでの標準にあった体高等の規定に合致するように無理に子犬を育てることをしないことに決めたのです。そして柴保では「小柴」の部を設けて、小柴の中の良い犬に金章犬の称号を与える制度を敷きました。

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●柴保創立者中城龍雄氏の「小柴」に対する見解

 柴保の創立者の故中城龍雄氏は『柴犬研究六十年』−柴犬の純化と固定化を目指して− 形成社(1995年3月31日刊、6000円)で、

 「初め小柴部を設けた時は、大昔、1尺以下の小さい犬もおり、柴保の純化作出の結果、尾が少し短く、差尾ぎみの小さな犬ができはじめた結果、普通の柴犬の歪化の結果ではなく、もともといたものが分離してできたもの、という考えによって、今まで小さく生まれてきた子犬を、普通の大きさにしようという努力をやめ、小柴として取り扱うことにしたわけです。審査時に1尺以下の犬たちを、小柴として取り扱い、個々の犬のでき如何によって、金章犬と準金章犬に評価しました」と述べております。

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●柴保は小柴を認知して評価する

 また中城龍雄氏は前述の『柴犬研究六十年』において、関連して次のように述べております。

 「概観すると1尺(30.3cm)以下の犬はごく少なく、展覧会後少しずつ大きくなって行く犬が多く、最高1尺1寸(33.3cm)近くになったものさえでてきています」

 「既述のように1尺を超す犬が意外に多かったわけです。これについて、成犬になった小さい犬を小柴とすべきだ、という意見がでてきました。これは当然でるべき意見です。

 しかし、私はもともと小柴が固定していたわけではなく、あるものは成犬時に1尺を超し、あるものは成犬になっても1尺以内の状態でいることは、自然現象で、たとえ大きくなっても、その審査時には小さかったということは、少なくともその犬の中に小柴の血が、相当入っており、他面、普通の大きさの犬の血も、持っていたための結果と解釈しました。審査時に、普通の大きさの犬同士の間の子犬たちに比べて、6〜7カ月頃1尺以内であった犬同士間の犬が、絶対的な意味で小さいといえます。

 過渡期の小柴の作出法として、あまり厳格に小柴の大きさを重視したなら、小柴の固定化の日まで、とても長い日数がかかるでしょう。問題は、審査時にその犬の大きさだけ見るのではなく、少なくとも相当量の小柴的特徴を持っているか−この点の見分けが大事だと思います」

 「縄文時代の初めの頃のことはよくわかりませんが、数千年つづいていいた時代の縄文人と、小さな1尺前後の犬がいて、穴猟や鳥や小さな獣たちの猟で働いていただろうと、いうことは想像できます。現に、紅太郎黒竜の同胎、紅太郎黒姫や紅市王の直子の代表的な小柴、紅市王の熊は、成犬になっても1尺以内で、しかもガッシリとした体躯で山野を跳び廻っています。小柴は、都市はもちろん農村でも扱いやすい日本犬として、今後ますます要望されることと確信します。私たちは、じっくり構えて、基礎犬の選択を誤らず、着実に小柴の固定化に努めてまいりましょう」

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●基礎犬中号に小柴の影(中城龍雄氏は『柴犬研究六十年』より)

 「ところで、この小柴は一体いつごろから生まれてきたか?−これについて今日正確な経過はわかりません。たださかのぼって考えた時に浮かんでくることは、有名な「中号」の直子のなかに第一胎で一番小さかったのは「中紀三女」だったし、それにふたたび近親作出で「中号」を交配して生まれた5頭の雌のなかで、「中紀桃女」が一番小さかった点あたりから、出産子一胎のなかに、とくに小さいものが混ざっていたように思います。(中略)改めて思い出してみると、この特別に小さな雌たちの直子が、柴保の代表犬を作出する上で、直接間接に貢献していることがわかります。当時は、そのような作出上の成果を予期して使ったのではないように思います。

 このころ、つぎつぎに生まれてくるなかで、銀賞犬にもならぬ小さな犬を作出上に用いたのは、はじめ「コロ花」と「紅王」の子に「紅中(万)」が生まれ、「コロ一」の直子「那智」と「紅中(万)」の子「紅中(紀)」が生まれました。

 一方で、「白花」と「コロ赤」の子「赤石」が生まれ、作出者として見たところでは優級位で、見栄えのしない顔や体型の小さな雌に、注意深い関心を持ったことが今日、柴保の主流犬たちの作出に関連を持つわけです。この作出上の成果はどこに起因していたのか?

 これらの小さい見栄えもしない雌の血のなかに、太古の犬の血が濃く伝わっていたためでしょうが、それは作出結果を振り返って知るわけです。当時のことを考え直して見ても、私の見方や考え方は良く分かりません。しかし、ぼんやりした言葉ですが、これらの小さい雌たちのそれぞれに、ある面では普通の柴犬にないような長所があったのではないかと思います。

 たとえば、虹彩(こうさい)や色素がとくに濃いとか、毛質の固さや二重疲毛・裏白などが目立っていたとか、顔も身体も小さいだけで、とくにわい化して小さくなった奇形的な点が見られなかった。また小さいくせに打てば響くというような性質などが、私を美意識的に引きつけていたたのではないか、と当時を思い出しながら考えています。

 一体、柴犬(日本犬)での小さい犬は、どういう歴史を経て今日まで引きつづいてきたのでしょうか?

 もちろん正確なことはわかりませんが、柴保・金章犬たちの頭骨が縄文犬のそれに似てきた点、たとえ身体は小さくとも歯は依然として大きい点、等から推して、古い昔の犬を目指して雑種犬の血を抜き出す作出の結果、見事な蘇り現象の一つとして、いまの小柴も生まれてきたものと考えられます。

 この点では、これらの小柴が小さいから血液の純度が濃いというわけではなく、小さいながら顔貌・体型・疲毛・性質などに、縄文犬風の特徴を持っていることがわかります。ただし、柴保が小柴部を作って評価しはじめて、まだ5年前後です。何千年という長い年月、大きさよりも、猟性や番犬などに適した性質や体型がつづけられたことを考えると、今日まだまだ努力しなければ、小柴の固定化は実現しません。

 しかし、既述のように、柴保の最高の代表犬たちが1尺2寸(36.4cm)強であり、その直子のなかに小柴が生まれております。一方では、体高1尺4寸から5寸近い大きな犬たちの直子からも1頭くらいずつ小柴風の小さい犬が生まれている現状から、それぞれの血液を組み合わせて行けば、意外に早く1尺以内という小柴の体高目標に固定してくるのではないかと思います。6カ月前後で小柴部に入れて評価した犬たちのなかで、その後成長し、1尺1寸前後まで発育した例もありますが、前述のような長い歴史の上に立って考えて見る必要があると思います。

 今後、初めて目標を決めて「小柴」を固定させる上に役立つと思える犬たちは、たとえ両親犬のいずれかが柴犬として最大の大きさである場合でも、承知の上で、大胆に使って行くことが大事です。五〜六〇年の私の経験を通じて、日本犬の雑犬化した場合でも、意外に純度の濃い血液が残っていたように感じるし、この小柴の大小の問題についても(1尺5寸+1尺)÷2=1尺2寸5分(37.9cm)というような数字の場合もあるでしょうが、私はむしろ、ある個体の血液のなかに変わり切れずに、そのまま量的に、少なくなっていくようなこともあるのではないかと、感じています。

 (中略)小柴は、今日日本の文明社会の発展とともに、その賢さや、野性味、大きさの点で扱い易いなど、日一日と注目されることでしょう。(「柴犬研究」、第72号、平成2年3月)」

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●日保籍のメス犬を見た人に「同じ豆柴を飼っています」と声を掛けられる

 世の中の人々が「豆柴」と称して、小さいサイズの柴犬を求めていることは事実です。しかし、どのようなものが柴犬のさらに小さいサイズなのかということなると、曖昧さがあまりにもあり過ぎます。私が飼っている日保籍の柴犬のうち下限に近いメスはすべてが標準のサイズにおさまっております。これら柴犬のメス犬を車に乗せて旅行に出かけるとドライイブインなどで「豆柴ですか」声を掛けられることがしばしばあります。

 柴犬はオスとメスでは体格差が相当あります。メス犬はオス犬に比べると随分と小さく見えるものです。日保籍のメスの柴犬のサイズが普通の人には「豆柴」に思えるようです。柴犬はもともと小さな犬ですが、柴犬の小ささの実感がないものですから、大きさの基準が定かでないまま「豆柴」の概念だけが一人歩きしているようです。「豆柴ですか」と声を掛けてきた人が、つづけて「うちにも同じの豆柴がいます」と話しかけてきたのには驚きました。

 私が懇意にしているペットショップの主人が、私の日保籍の柴犬を見て「うちのお客さんで豆柴ということで買ってきた犬が、この犬よりはるかに大きくなったのを何度も見ています。その犬が20万円以上もしたそうです」と話しています。

 以上のような話を総合すると、今の世の日本人の人々が求めているのは日保籍の柴犬のメス程度大きさでいいということになりそうです。また日保籍でも柴保籍でも自然にできた小さめのサイズの柴犬であれば、いわゆる「豆柴」として十分に満足できるサイズでもあるようです。ここでいう小さめというのは、体高35cm以上38cm以下という定められた基準の範囲に入っていてのことです。なお、基準を下回るサイズの純血種の柴犬もある割合で生まれることは否定できない事実です。その小さい柴犬からまた普通のサイズの柴犬が生まれますから、この辺のことをどのように理解すればいいのかといいますと、前述の柴保の創立者の故中城龍雄氏の文章が合理性を持つようにも思われます。

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●私の所にいる「小柴」風の柴犬

 私は柴犬のメスを数頭飼っていますが、そのうちの1頭は体高が下限に近く、1頭は上限一杯です。柴犬を見たいと言って私の所を訪れる人に、こうした犬の体高差、顔貌の違い、性質の違いを見せることによって柴犬という犬を理解してもらうようにしております。私の所にいる柴犬のメスの子犬の1頭は、生後40日ごろ既に小さかったのですが、生後6カ月になっても体高が30cmに達しません。どうもこの子犬は大きくなりそうがありません。体躯・顔貌、動作その他は普通の柴犬で、山に連れて行きますと活き活きおり、その疾走する姿は何とも言えず素晴らしいものです。柴保がその存在を想定している「小柴」が私の所に誕生したようです。性質の大人しいメスの子犬ですから、可愛がってやろうと考えております。

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●サイズに満たない紀州犬も多い

 柴犬は日本犬の中では小型として扱われ、紀州犬は中型になります。紀州犬を飼っていての一番の悩みは、規定されている標準体高に達しにくいということです。規定の下限に達しませんと、展覧会では評価が下がります。私の知る紀州犬のメス犬に体高が41cmとうのがあります。紀州犬のメス犬の下限が46cmですから、大部下回っております。柴犬の雄と同等のサイズです。サイズに満たない紀州犬のことをどのように捉えるべきか、「小柴」同様悩ましい問題です。

 洋犬種においては同じような犬でも、生存地域によって身体サイズその他に違いが生じており、そのおのおのが単独犬種として公認されております。

 日本犬の場合にも、中型のものに紀州犬、四国犬、甲斐犬、北海道犬がおります。紀州犬などは体高標準がオス52cm、メス49cmとなっておりますが、この標準だけでくくってしまうと、1割以上の犬が外れてしまうように思われます。

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●「豆柴」の販売事例

 「豆柴」というなで犬を販売している事例は少なからず存在します。ちまたに「豆柴」の名が広まっているのですから、そうした事例を否定することはできません。そうした「豆柴」は、柴犬を小さくして固定化したものだということになっております。内因的に小さく育つ素質をもった柴犬同士を選択して交配を重ねることで、小さな犬を作って行くことは可能性としてないことではありません。あるいは可能でしょうが、標準体高を定めてその方向で繁殖を進めてきた日本犬保存会籍の柴犬にも大きなものと小さなものが出来てきますから、固定化というものは相当に難しいことだと考えるのが至当でしょう。

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●日保籍メスは「豆柴」として受け取られる

 柴犬に似た柴犬より小さな犬に「豆柴」の名が付けれれるようになりましたが、この名は「豆柴」の実態以上に大きな多くの人々の耳に届いているようです。そのような「豆柴」はとらえ方によっていろいろな解釈が成立するようです。私もそうですが私の友人も日本犬保存会籍のメスの柴犬を連れていて、「豆柴ですか」と声を掛けられることがしばしばあります。友人の犬などは決して日本犬保存会のメスの柴犬として小さい方ではないのですが、それでも「豆柴ですか」と問い掛けられるのです。ですから普通の人の場合には日本犬保存会のメス犬の普通のサイズ、つまり肩までの高さ・体高が36.5cmの犬で「豆柴」に対する要求を満たすのです。普通の人は柴犬がオスとメスでは大きさがかなり違う(標準の体高にしてオスが3cm高い)ことを知らないのです。

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●ある人は「豆柴」の標準体高をオス32.5cm、メス30.5cmに

 「豆柴」の名を冠している組織があります。この組織は実際には個人が運営しているもののようですが、「豆柴」の標準体高をオス32.5cm、メス30.5cmとしており、許容は上下に1.5cmとなっております。オスは31cm〜34cm、メスは29cm〜32cmの範囲内が標準の範囲として許容されております。オス・メスのあわせてところの平均体高標準は31.5cmです。この程度の小ささの体高ですと日本犬保存会籍の柴犬にも少なからず。それは望んで作りだしたものではなく自然に出来た柴犬として、ここにある上限程度の日保籍の柴犬はいるのです。
 事実は確認できておりませんが、上記の犬よりも平均して体高が小さな柴犬もおります。こうした小さな柴犬は、柴犬同士の交配によって狙って作ったものなのか、あるいは柴犬に似た例えばポメラニアンを混ぜて作りだしたものかはわかりません。一部の人々の間ではそうした話が真話として語られており、私も聞いたことがあります。

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●望ましい柴犬の繁殖の方向は

 世の中には「豆柴」を飼っていることを誇りにしている人、あるいは自慢している人が多いのも事実です。「豆柴」が好きな人は誠に多いと思います。私は拙い経験のなかからではありますが、柴犬は体高に関しては日本犬保存会ならびに天然記念物柴犬保存会の標準に従って、繁殖していくのが望ましことだと思っております。そのような中から生まれてくる標準の下限を下回る柴犬に対してどのような扱いをすればいいのかは良くわかりません。
 日本で日本犬保存の運動が始まる前までは一部の人を除いて日本犬の中型犬、小型犬の区別を明確にしての繁殖をするということはなかったようであります。現代でも日本犬保存会籍の柴犬から中型犬並の大きさの犬が生まれることもあるのだろうと思っております。そんな中から、柴犬の体高標準の下限を下回る犬がしばしば生まれてくることの原因をある程度明らかにしなければならないとも考えます。それが明らかになればそしてそうした小さな犬に対しする扱いも変わることになるのかも知れません。

横田俊英

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