コリオリの力とバスタブの渦 小宮勤一
写真は小宮勤一氏
老人が孫の世代の子供たちに昔話をしている。
自分が子供のころ仲の良かった兄弟と二人で海に船を出して遊んでいた。そのうちに流れにできる大きな渦に巻きこまれ、船ごと回転を始めてしまった。
渦の中心まで行けば海中に引き込まれてしまい命はない。そのうちに流れている樽が船よりもゆっくり流されているのに気が付き、海に飛び込んで樽に掴(つか)まった。
しかし兄はそのまま船に乗って流され、海中に引き込まれてしまった。
このようなストーリーを、(子供のころであったろうか)読んだ記憶があるが、タイトルも、作者も思い出すことが出来なかった。
渦は色々なところに顔を出す。
我々を悩ます台風や竜巻もそうであるし、身近なのはタバコの煙のリング渦やバスタブの渦などであろう。
バスタブの渦については幾つか思い出すことがある。
台風の渦は北半球であれば反時計回り、南半球であれば、時計回りに生じる。これは地球の自転によって生じるコリオリの力によるものである、と力学の本には書かれている。
従ってバスタブの渦も同じように起こると考えられる。
何十年か前に国際学会の開かれたオーストラリアに行ったときに、イギリスから来た、ある出席者が、「バスタブの渦が逆回りになるのを見ることが出来るわね」と奥さんにいわれたという話をしていた。
その時はあまり気にすることもなかったし、また、宿泊は学生寮だったので、(シャワーしかなかった)バスタブの渦を見ることもなかった。
その頃に読んだロゲルギストのエッセイ集、(新物理の散歩道、第5集)に次のような記述がある。
「…地球の表面に沿って大気の塊が低気圧の中心に引かれて進むうち、このコリオリの力によって進路を曲げられて渦巻きができ、それ台風だというのなら、風呂桶の水にも同じ効果が表れるのは至極当然ではありませんか」。
「机上の空論では、確かにそう考えたくなる。
しかし、数値を当たってみると、コリオリの力の影響は極めて微々たるものだ。
例えば、坪井忠二先生の「力学物語」(1970)には後楽園球場での野球の話がある。
秒速20mのタマをピッチャーが投げると、コリオリの力のために、キャッチャーの所でタマは右にそれる。といっても、そのずれはわずか1㎜足らずというわけです。……」
要するにバスタブの渦に対して働くコリオリの力は小さくて、流れの方向を決めるほど大きな影響を与えないということであった。
その後バスタブの渦の話は頭の何処かに残っていたが、偶然に実験の報告があることを見つけることが出来た(ルグト: 渦―自然の渦と工学における渦、大橋、山口 訳)。
この本によると、「注意深くコントロールされた条件下では、地球の自転が浴槽渦の方向を決定するのである。……1960年代にシャピロが、注意深い実験をボストンで行い、オーストラリアのシドニーでも繰り返された。
結果は予想どおりであった。ボストンでは浴槽渦は反時計方向、シドニーでは時計回りであった」と書かれている。
このもとになった文献を調べてみると(シャピロ:ネイチャー、1962年12月15日)、実験用のタンク(直径 6フィート、高さ 6インチ, 中央の排出口径 3/8 インチ, 20 フィート の長さのリードで水槽に入る)に水を入れ、プラスチックのシートでカバーをして、恒温室内に24時間放置する。
プラグを抜いて約20分でタンクの水は全部流出する。
最初の12~15分の間は(流れの回転を検出する)フロートは回転しないが、15分の後に反時計方向に回転を始め、段々に回転は速くなった。
容器内の水がほとんど流出した実験の終わりには、フロートの1回転は3秒ないし4秒であった。又、南半球オーストラリ、アシドニーでの実験は(トリフテン:ネイチャー、1965年9月4日)シャピロとほぼ同じ装置と条件で行った結果、時計回りの渦を見ることが出来た、と報告されている。
たまたまバスタブの渦の実験報告を見つけることが出来たが、その途中で、思いがけないことに、冒頭に書いた物語の作者とタイトルが分かった。
記憶の不確かさでストーリーの詳細はだいぶ違っていたけれども、エドガ・アラン・ポーの短編「メールストローム」であった(木村龍治:改訂版 流れの科学)。
さて、この渦の回転はどちら向きであっただろうか?
(小宮勤一 日本計量史学会理事 計量研究所時代から国立研究所に勤務 2017年7月記)
コリオリの力とバスタブの渦 小宮勤一