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紀州犬物語 「千代と小春と梅の3匹の紀州の子犬たち」(4)(執筆 横田俊英)

(紀州犬は生後6カ月が成長の目安で8カ月になると大体背丈はとまります)

(副題)私は「みな、大きくなれ、大きくなれ、横幅も広くなれ」と願っているのです

(副副題)生後4カ月ほどの千代と小春と梅は外を歩く訓練をしております

(本文)
1、犬の親子を久しぶりに面会させる場合には慎重を期すること
 千代の母親が飼い主一家がそろっての海外旅行をするため1週間私のところにおりました。千代は生後4カ月半ですが、母親とは離れて日が経つので、親子とはいっても気を許して面会させることはできません。母親を連れてきた人は私の留守中に千代と母親を面会させたというのですが、何事もなかったからいいものの母親が子犬に噛みつくことは少なくありません。犬を人にたとえて考えて、母親だから久しぶりに会うことで感激して子供を可愛がるだろうと決めるのは禁物です。父犬であればなおさらです。

2、生後4カ月ほどの千代と小春と梅は外を歩く訓練をしている
 千代も小春も梅も生後2カ月過ぎから4カ月過ぎになりますので、少し外に出て歩く訓練をしております。庭に遊び場をつくって自由運動をさせてやれば良いのですが、そこは自動車の座席とマフラーの一時置き場になっていてふさがっているので、フェンスの外の空気を吸わせて社会訓練をしているのです。歩くといってもほんの少しです。子犬が歩きたがれば少し距離を伸ばしますが、運動というほどのものではありません。外を歩くための真似事ていどのものです。

3、千代は生後4カ月過ぎてからグングン大きくなってきた
 千代は日一日と大きくなります。下田英雄さんはこのころ子犬は見る間に大きくなると言っていましたが、大げさではありません。千代はグングン大きくなっております。大きくなって欲しいから成長がうれしくてなりません。月齢の同じ石山治さんの有色犬に比べるとまだまだ小さいですが、それでも千代はその犬に追いつくばかりに急激に大きくなっております。

4、生後1年経つころには紀州犬や柴犬は背丈の伸びはほとんど止まる
 小春も梅も大きくなっておりますが、千代の成長度がとくに目立ちます。
 千代の母親を飼っている従兄弟(いとこ)は生後1歳以上になる犬であるにもかかわらず「その辺の人」に、この犬は足が太いから背がもっと伸びるとご託宣をもらってきました。そう言っていたというので笑ってしまいました。生後1年経つころには紀州犬や柴犬は背丈の伸びはほとんど止まっています。

5、紀州犬は生後6カ月が成長の目安で8カ月になると大体背丈はとまります
 紀州犬も生後6カ月が成長の目安で8カ月になると大体背丈はとまります。その後の成長はわずかであるので、生後1年になると背丈の成長は終わったのと考えて不都合はないでしょう。
 千代は生後6カ月に向けっていま背丈がどんどん伸びているのです。だから私は「千代、大きくなれ、もっと大きくなれ」と声を掛けているのです。千代の母親は背丈が47センチメートルほどです。父親は54センチメートルほどです。千代が紀州犬メスの背丈の標準の49センチメートルになることを願っているのですが、果たしてどうなることでしょうか。紀州犬オスの背丈の標準は52センチメートルです。

6、下田英雄さんが生後9カ月過ぎになる紀州犬のメス犬は体高が49センチメートル
 下田英雄さんが生後9カ月過ぎになる紀州犬のメス犬を連れてきて、近所の温泉につかっていきました。そのメス犬は優秀な血筋の犬で、母親は日本犬保存会の全国展覧会で
成犬メスの部の1席になっております。
 これまで下田さんは紀州犬のオス犬を飼ってきていてメス犬は初めてなのです。下田団の目はオス犬になれすぎていて、これが基準になっているのでメス犬を見るときに紀州の修正をしなくてはなりませんが、これがなかなかできないのです。
 そこで私のところにある日本犬の背丈を計測する測定器を当ててそのメス犬の背丈を調べたらきっかり49センチメートルでした。

7、下田英雄さんの飼い犬は体高は変わらないのに体重は16キログラムに
 紀州犬メスの体高の下限規定は46センチメートルなのですが、下田さんは自分の飼い犬が46センチメートル程度であると思っていたのです。私がこのメス犬の体高を生後8カ月のときに測ったら49センチメートルでしたから、その後2カ月で背丈は伸びていなかったのです。体重はこの2ヶ月間で13キログラムから16キログラムになりました。3キログラム増えたのです。

8、成長するにしたがって細身のメス犬では体重は増え太っている犬は逆に減ります
 紀州犬は生後6カ月から8カ月で背丈は大体決まります。その後の成長は下田英雄さんの飼い犬と同じようなものです。細身のメス犬では体重は増えますし、プクプクとして太っている犬は逆に成長するにしたがって体重が減ります。
 私のところにいた紀州犬メスの「ブー」はプクプクとした犬で生後8カ月ころには太すぎると言われましたが、気にせずにそのままにしておきましたら生後1歳2カ月のころにはピリリと引き締まった体になったのです。
 子犬の成長はその子の体質によりますし、体重の増え方も子犬によって異なるます。キヨ子という犬は細身で育ち、ブーは太みで育っていましたが、1歳過ぎになると大体に多様なからだつきになって、メスの紀州犬として申し分のない犬に成長したのです。
ですから子犬は型にはめて育ててはなりません。角を矯めて牛を殺すという諺(ことわざ)がありますように、その犬の成長をおだやかに見守ってやることです。

9、犬の健康状態の素人判断は禁物です
 メスの紀州犬の飼育が初めての下田英雄さんは初めての発情終了後にさらに出血が繰り返したため獣医師のところに連れていって入院させて経過を見守りましたが、特別な処置をしないでそれは収まりました。犬の健康状態の素人判断は禁物です。よい獣医師に巡り会うことは犬との楽しい生活をしていく上で重要な要素になります。

10、私は「みな、大きくなれ、大きくなれ、横幅も広くなれ」と願っているのです
 千代は母親の体高を超えて欲しいのです。49センチメートルになってくれと願いを込めて見守っている状況です。小春の母親の体高は48センチメートルですが胴が少し短いと石山治さんには言われます。梅の母親は体高が49センチメートルあります。胴の長さも十分です。しかし体の横幅がまだないため、そこからしたに降りる前足の幅が狭く見えるのです。梅の母親の体が横幅がでて充実することは願いの一つです。
 そんなこんなの母親の事情がありますから、千代と小春と梅を世話する私は「みな、大きくなれ、大きくなれ、横幅も広くなれ」と願っているのです。千代の母親を3カ月ぶりに見たのですが、頭が一回り大きくなっていて、後頭部にも張りがでていました。母親のその母親は天下一品の顔貌(がんぼう)の犬です。千代の母親は同じようにいい顔に育っております。いい目をしております。千代もこのようになって欲しいと強く願っているのです。
 紀州犬の目の色は葡萄色(ぶどういろ)であることが望ましく、幸いにして私の飼い犬と子犬たちはこのようになっております。ただ千代の父親の目色は少し茶色がかっているかなとは思います。

(文章読み返ししていないので不都合の部分はご容赦のほどを)

(横田俊英 Shunei Yokota)

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