私の履歴書 安斎正一(計量士)-その8-
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私の履歴書 安斎正一(計量士)-その8-計量教習所と計量士資格取得
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寺岡精工・計量教習所・計量士資格取得
計量教習所の思い出
昭和43年10月に河田町最後の計量教習所生になったのです。
計量教習所入所中にメキシコシティ・オリンピックが開催され、昼休み時間の休憩時間に入ると同時に木造建物4階の教習室から地下の食堂までドタドタドタと一斉に階段を駆け下りて三宅義信選手の重量挙げのテレビを見ながら食事したのをうっすらと記憶しております。
入所から二カ月後の12月だったと思い出すのですが、私と同期生の海事検定協会(東京)の木佐木健一さん(故人)それに同じく海事検定協会(名古屋)の福島威式さんの三人で大久保通りの都電で若松町から国電飯田橋駅まで一緒に帰るのですが、計量教習所から大久保通りに向かって百メートルほど歩いた道端の電柱の下に、私は四つ折の一万円札を一枚を見つけて拾い上げたのです。
もし、この時私が一人だったら周囲を見渡して、交番に届けようかそれとも黙って小遣いにしてしまうか悩んだに違いないのですが、実際には海事検定協会の二人が私がお金を拾うところを見ていたのです。
あいにく、都電若松町停留所近くに交番があったためにどうしても届け出なければならない状況に追い込まれて止む無く届け出たのです。六カ月経って落とし主が現れない場合は拾い主の私の物になることをお巡りさんが説明してくれたのです。
当時の一万円は私にとっては大金だ、六カ月後は来年の6月だが私は4月に結婚することが決まっている。むき出しで落ちていたから、きっと落とし主は現れないだろうと考えていたのです。
その後、計量教習所の連日の試験と結婚式などで忙しく、すっかり一万円札のことを忘れてしまっていた5月の或る日、勤務会社へ若い女性から電話がかかってきたのです。
「私は、東京女子医大病院のインターン生の○○と申しますがこの度は一万円を届けていただいて有難うございました。私が落とし主ということを警察署で認めていただきましたので、近日中にあなたの会社にお伺いしてお礼をさせていただきます・・・。」という内容だったのです。
それから数日後、私は仕事で一日中外出の日があり、その日に外出から帰って会社正門の受付に立ち寄ると、受付係から、「今日安斎さんにもの凄く綺麗な女性が面会に来て、これを渡してくれと封筒を預かりました。」と渡されたので、中を見ると一万円を拾っていただいたお礼の手紙と三千円が同封されていたのです。
受付係は「あんな綺麗な美人は滅多に会えないよ、残念だったね・・・。」と言っていたのですが、結婚して一カ月も経たない私にとっては妻以外の女性には余り興味も無かったので、その女性の名前なども直ぐに忘れてしまったのでしたが、今になってその美人女性がどこかで医者をやっているのではと思うと、あの時の手紙を大切にしまっておけばよかったと誠に残念に思うのです。
別件ですが、もう一つ計量教習所時代の思い出があります。同期生の中にいた、私の故郷の福島県計量検定所の沼崎要さん(現在は同所課長)は、気の毒に教習期間中に交通事故に遭われ、本来なら入院又は通院・自宅療養が必要というほど顔や頭に包帯をグルグル巻きにして授業を受けていたのです。大怪我というハンデキャップにも耐えてよく予定通りに修了まで漕ぎ着いたものと強靭な東北魂というか、頑張り屋の福島県人を見たことを忘れません。
(つづく)
私の履歴書 安斎正一 目次
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その1-本欄の執筆をなぜ私が?
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その2-私の職場
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その3-私が生まれた日と父母兄弟について
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その4-夜間高校生と計量士との出会い
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その5-大学進学と空腹の日々
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その6-妻との出会い
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その7-寺岡精工へ入社
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その8-計量教習所と計量士資格取得
私の履歴書 安斎正一 目次
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私の履歴書 齊藤勝夫(元千葉県計量検定所長、元流山市助役)(日本計量新報デジタル版)
私の履歴書 齊藤勝夫(元千葉県計量検定所長、元流山市助役)(日本計量新報デジタル版)-その1-
第一章 私の歩んだ道-公務員として信念を持って 第1編 公務員人生を歩みだす
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私の履歴書 齊藤勝夫(元千葉県計量検定所長、元流山市助役)(日本計量新報デジタル版) -その2-
第一章 私の歩んだ道-公務員として信念を持って 第2編 度量衡法末期の実状
「国敗れても度量衡行政は敢然として実施する」難行を経験者として語り継ぐ
私の履歴書 齊藤勝夫(元千葉県計量検定所長、元流山市助役)(日本計量新報デジタル版) -その3-
第一章 私の歩んだ道-公務員として信念を持って 第3編 新しい夜明け、計量法の歩み
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私の履歴書 高徳芳忠 神戸大学計測工学科をでて製鉄会社で計量管理の仕事をした男の記録(日本計量新報デジタル版)
神戸大学計測工学科をでて製鉄会社で計量管理の仕事をした男の記録-その1-はじめに
西宮高校から神戸大学の計測工学科に進み川崎製鉄千葉製鉄所で計量の仕事を始める
私の履歴書 高徳芳忠(たかとく・よしただ)(日本計量新報デジタル版)
神戸大学計測工学科をでて製鉄会社で計量管理の仕事をした男の記録 -その2-我が家と計量の係わり
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