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私の履歴書 高徳芳忠(たかとく・よしただ)

神戸大学計測工学科をでて製鉄会社で計量管理の仕事をした男の記録-その1-はじめに
西宮高校から神戸大学の計測工学科に進み川崎製鉄千葉製鉄所で計量の仕事を始める



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私の履歴書 高徳芳忠(たかとく・よしただ)(日本計量新報デジタル版
神戸大学計測工学科をでて製鉄会社で計量管理の仕事をした男の記録-その1-はじめに
西宮高校から神戸大学の計測工学科に進み川崎製鉄千葉製鉄所で計量の仕事を始める

(本文)

就職先は製鉄所の計量屋

 私は1936(昭和11)年に神戸の御影(みかげ)に生まれた。当時父は高徳衡機(株)(後に川鉄計量器工場)を経営しており、この事業を手がけた祖父から数えると、私は三代目の計量屋になる。県立西宮高校から神戸大学の計測工学科に進み、川崎製鉄(現JFEスチール)の千葉製鉄所、熱管理課計量整備掛で計量の仕事を始めた。

 ここを皮切りに約50年の計測・計量の人生が始まった訳である。と言っても時代の流れ、技術の進歩はすこぶる速く、入社した頃の“計量管理”はまず「計測から制御へ」に、次には「制御技術」に吸収され、発展解消していった感がある。

 しかし私は未だに“計量管理”が好きで忘れられずにいる。それは単なる郷愁ではなく、計量・計測をおこなう事によりプロセスの中から大切な現象を見つけ出すという解析力とでもいうようなものを持つべきだ、未だに計量・計測の方に重心を置くべきだとの主張があるからだ。

 千葉で4年を過ごした後、神戸に帰った。葺合(ふきあい)の本社工場は歴史もあり計量管理組織もガッチリと固まっていた。計量士として兵庫県計量協会に出入りするようになり、そこで管理部会長の下働きを2年と2期務めたりもした。

 こちらの工場は千葉と異なり付加価値の高い珪素鋼・カラー鋼板・ステンレス鋼板を製造する工場であったので、仕事もきめの細かいものであった。中堅として働き、プロセス用コンピュータ等を導入、熱技術・環境計量士の勉強もした。

現場を離れ東京へ

 1984(昭和59)年、阪神でのこれらの仕事が漸く片付いたところで東京本社のエンジニアリング事業部へ移った。オーストラリア、フランスへ技術援助もあったが、ソ連へのカラー鋼板製造ラインの輸出が主であった。この仕事では計測と制御用計算機を含めたオートメーション部門を受け持ち、現地でも1年半の技術指導を経験した。

 日本に帰ったときは56歳の管理職定年で、播州赤穂の川崎炉材(株)へ出向となり、10年ぶりに兵庫県計量協会へ顔を出して、皆さんに喜ばれた。特に管理部会の方々と消息を確かめ合ったりして、その後もよく顔を出す事になった。

 川崎炉材(株)では、耐火レンガの材料の自動計量と混練工程の自動化を手始めとして、次には、不定形耐火物の受注から発送に及ぶ全製造工程を3階層にわたるコンピューターシステムを完成させた。

 これが川鉄での最後の仕事であったし、工場での計量士としての有終の美を飾った気分で計量士会を脱会すべく神戸に向った。

計量界へ

 ところが、(社)日本計量士会兵庫県支部で小川敬司支部長に会い、私も退職となったので計量士会を脱会したい旨申し上げたところ、小川先輩の「貴方も長い間、計量士の活動をしてこられたのだから、東京に行かれても、引き続きやられたら宜しいやないか」「東京の方々にも紹介しましょう」との言葉に驚いた。

 話をしているうちに、計量界の方々は常に広い視野を持ち全国を見渡しておられること、そして同じ計量士仲間に対しては親切に対応して下さることがわかった。このような計量士気質に引かれて、退会の挨拶のはずが「よろしくお願いします」と言って帰る次第となった。

 東京に帰って早速、新宿区納戸町の日本計量会館に赴き、奈良部尤支部長を訪ねたところ、「兵庫の小川さんから話は聞いている、とにかく転入会の手続きをしておけばよろしい」との事。その後出羽善衛さん門下に入り、試験機の検査業務を習うと共に日東富士製粉(株)の計量士となり、今日に至る。

 最近は、日東富士製粉(株)の東京工場に週2日通いながら、(社)東京都計量協会の計量管理研究部会を中心に、私が歩んできた適正計量管理事業所、特に製造業での計量士のあり方を考えているのが現状である。

 以上、略歴を紹介してきたが、次節からは時代を遡り、我が家と計量の係わりから語りおこしていきたい。(つづく)

私の履歴書 高徳芳忠 神戸大学計測工学科をでて製鉄会社で計量管理の仕事をした男の記録(日本計量新報デジタル版)

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私の履歴書 高徳芳忠(たかとく・よしただ)(日本計量新報デジタル版)
神戸大学計測工学科をでて製鉄会社で計量管理の仕事をした男の記録 -その2-我が家と計量の係わり
祖父の高徳純教が「はかり屋」を始め社名に「メートル」を用いた気概に敬服

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