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品質工学座談会
「品質工学は計測技術にどう貢献したのか


品質工学座談会-「品質工学は計測技術にどう貢献したのか」-2024年10月5日開催

How has quality engineering contributed to measurement technology

品質工学座談会 品質工学は計測技術にどう貢献したのか―2014年座談会「品質工学は計測技術である」から10年を振り返って―
(計量計測データバンク)

品質工学座談会 品質工学は計測技術にどう貢献したのか―2014年座談会「品質工学は計測技術である」から10年を振り返って―(計量計測データバンク)

品質工学座談会 品質工学は計測技術にどう貢献したのか―2014年座談会「品質工学は計測技術である」から10年を振り返って―(計量計測データバンク)

「品質工学は計測技術にどう貢献したのか」NMS研究会
2014年座談会「品質工学は計測技術である」から10年を振り返って―

品質工学座談会-「品質工学は計測技術にどう貢献したのか」-2024年10月5日開催(日本計量新報座談会)

(座談会 まとめの言葉から)
 田口玄一博士が指摘している機能を測る測度が良いことが重要です。その良さの尺度の加法性が成立することで、計測尺度を議論することにつながります。その深いところでは、質を測ること、つまり計量でなく計質です。質を測る尺度でも量的に測ることが重要です。この点が計量問題と関連してきます。そのための測定器の選択と質を測る測度の研究が重要となるのです。今日の話し合いから得られたヒントを今後の品質工学の発展や計測法の改善、改良に生かせればと思います。

参加者・所属(50音順)
伊藤浩 独立コンサルタント
近藤芳昭 コニカミノルタ株式会社 アシスタントマネジャー
高田圭 セイコーエプソン株式会社 シニアスタッフ
田村希志臣 コニカミノルタ株式会社 技術開発本部 シニアエキスパート
辻希望 シナノケンシ 開発技術本部
野島浩二 キヤノン株式会社 主任研究員
細井光夫 コマツ 開発本部 主幹
吉澤正孝 クオリティー・ディープ・スマーツ(責) 代表
吉原均(司会) NMS研究会


品質工学と計測技術:10年の歩みと新たな視点

吉原均(司会)
:本日は「品質工学は計測技術にどう貢献したのか」というテーマで座談会を進めていきたいと思います。このテーマを取り上げた背景として、10年前に「品質工学は計測技術である」という観点から座談会を始めました。当時の議論を振り返りながら、この10年でわれわれNMS研究会がどのように変化し、どんな新たな発見があったのかを再確認できればと思います。

 今日の座談会では、10年前に参加いただいた田村さんと細井さんに、当時の話を振り返りながら最初の問題提起をお願いしたいと思っています。そこから、皆さんと自由に討論をし、計測技術がどのように品質工学に貢献してきたか、あるいは計測技術そのものが社会にどのように貢献しているのかといった議論を深めていきたいと思います。

 また、今回初めて参加される方もいらっしゃいますので、簡単にご説明しますが、この座談会の内容は「計量新報」の新年号(来年1月号)から掲載される予定です。実は10年前の2014年から毎年座談会を開催し、その内容を1月号から分割して掲載していただいています。皆さんには事前に、過去の座談会のURLもお送りしましたが、計量新報社のホームページからこれまでのNMS研究会の座談会の内容が参照できるようになっています。

 品質工学における計測技術の重要性やその関係性を、特に計測技術に携わる方々に理解していただくことが、この座談会の目的です。計測技術に焦点を当てながら、今日の議論を深めていただければと思います。では、10年前の議論を踏まえて、まず田村さんから問題提起をお願いできればと思います。よろしくお願いします。

計測誤差の課題と損失関数による最適化

田村希志臣
:「計量新報」座談会をNMS研究会で始めてから10年目という節目の年ということですので、まずは10年前に私がどんな話をしていたのかを振り返りたいと思います。

 10年前の私が最も関心を持っていたのは計量管理と品質工学の関係および互いの貢献についてでした。その中で「計測誤差」が両者をつなぐ重要なリンクポイントだろうという考えから、計測誤差問題について話していました。特に「計測誤差による損失は最終的に誰が負担しているのか」という疑問がありました。

 当時は、計量管理における誤差問題についての理解がまだ浅く、自分自身に曖昧な部分が多い状態でした。具体的には、計測器の校正によって抑えきれない誤差や、次の定期校正までに発生する誤差による損失にどう対処するかという課題があったのですが、この課題について品質工学は「損失関数」や「SN比」の概念、さらに「直交表」を活用することで具体的に対処できると主張していました。

 品質工学の考え方を計量管理に取り入れることで損失を最小化する計測システムを実現できるという期待があったわけです。加えて、日本品質保証機構(JQA)は、計測器の校正周期を最適化するために損失関数を活用する方法を提案していました。

 この提案は非常に意義深く、計測誤差による損失の問題に対処する具体的方法の一つとして、当時の私には非常に心強いものでした。当時の結論として、当時から計測誤差が損失を生むという現実は誰もが認識しており、損失を最小化したいという願いは計量管理者も品質工学エンジニアも共通して持っているわけですから、品質工学と計量管理が自ずと連携していくことができ、より良い結果も得られるだろうとしていました。

 では、10年を経た今どうなったのか? コニカミノルタの例でお話しすると、開発設計部門においては、機能計測の活用は着実に広まり、計測誤差を含めた損失評価の結果を踏まえて製品仕様を最適化する取り組みが少しずつ出始めています。

 一方、生産現場においては工程管理や検査設計の一部に品質工学が活用され始めてはいますが、全体としては、損失関数活用は残念ながらあまり進んでおらず以前からの管理方式を継続しています。

 この10年を振り返ると、品質工学会では損失関数を活用した生産現場改革の取り組みがいくつも報告されていますから、明らかに弊社は後れを取っています。皆さんとの議論を深めながら、先行する企業に追いつくための手がかりも得られればと思います。ここで私の話はいったんまとめとします。ありがとうございました。

吉原均:田村さん、ありがとうございます。これから徐々に議論も盛り上がってくると思いますので、よろしくお願いします。では次に、細井さんからこれまでの振り返りをお願いします。

技術の「筋の良さ」と「良い経営」の評価

細井光夫
: YouTubeで「オタキング」こと岡田斗司夫さんが「古代自然現象は神秘で、理屈が分からないまま人々は因果関係を求めた」という話をしていました。例えば、雨乞いをして雨が降らないと、誰かに責任を押し付けたくなる。その責任を負うのが「巫女(みこ)」です。昔の王は、政治がうまくいかないと生贄にされました。政治は複雑系で何が正解か分からず結果の読めない状況は古代と同じ神秘状態であり,やはり結果の責任を負う生贄が必要です。それを現代では、民主主義が無血で実現しているというわけです。

 さて、経営も政治と同じ複雑系の神秘状態ですが、田口先生はさらに考察を深めて「売り上げや利益は確率的な結果にすぎない」とおっしゃっています。つまり、経営の良しあしを結果だけで評価してはいけない。結果が悪いからといって生贄をささげれば済む問題ではない。良い経営とは、良い結果を生む確率を上げることだということです。

 それでは、その「良い経営」をどう評価するのか。これが難しい点です。技術の「筋の良さ」を測ることが品質工学の目的の一つです。技術の筋が良ければ、確率的に失敗を避けられますが、失敗しないとは限りません。だからこそ、その確率を上げることが重要なのです。

 技術の筋の良さとは何か? 品質工学は、社会全体の自由の総和を増やすこと、そのために社会損失を最小化することを目指しています。社会損失には社内と社外の損失があり、無駄をなくすことがポイントです。

 例えば、毎回設計を最適化するのは無駄が多いのです。筋の良い技術開発とは、技術開発と詳細設計を分けて考えることです。これをコマツ流の品質工学として、これから実践の中で確立していきたいと思っています。

 計測できないものは改善できません。改善は計測結果を確認しながらPDCAを回していくものです。PDCAは改善の連続であり、改善が経営の基本だといえます。改善の力で経営を継続的によくしていくことが重要です。

 「筋の良さ」を計測することが品質工学の目的です。結果として利益や売り上げが上がるのは、その筋の良さによるものであり、田口先生はその点を強調しています。利益や売り上げという結果だけで経営を評価してはいけないという考え方が、素晴らしいと感じます。

吉原均:ありがとうございます。まさに、10年前と比べて進化しているという宣言に聞こえましたね。お二人の視点や切り口が異なるので、この先の議論をどう進めるか少し難しいかなと思いました。そこで、この討論に先立ち伊藤さんから新たな問題提起をいただいておりますので、ぜひその内容もここでご紹介いただきたいと思います。

エネルギー変換の視点からの機能評価

伊藤浩
:ありがとうございます。品質工学の計測技術への貢献について、これまでの貢献に加えて、現在の課題と今後の期待も含めて考えてみました。

 まずは、これまでの貢献です。品質工学は、多種多様な計測技術の汎用的な利用への道筋を提示してきたと思います。具体的には、個別の計測技術に依存していた個々の計測内容を機能性評価という一つの評価方法に整理することで汎用化し、品質改善と技術改善における計測技術のより効果的な利用を促進してきました。

 そして次は、現在の課題です。これは品質工学としてもチャレンジではありますが、品質工学の基本である「機能をエネルギー変換と考える」視点を使って直接エネルギー評価をおこなう、機能性評価のさらなる汎用化を提唱しています。デジタル技術の進歩により、以前は計測自体が難しかったエネルギー変換の微細な変化も、今は直接計測ができるようになりました。この技術環境の変化にともない、品質工学はより広範な分野に適用できるようになり、同時に計測技術もオンラインとオフラインのエネルギー計測を一体化した新たな展開が可能になっていくと思います。

 さらに、今後の期待です。それは、計測技術とモノづくりのフロントローディングとの、品質工学を通じた融合です。計測技術にエネルギー変換の直接評価という、品質工学にとっても新しい視点を取り入れることで、計測技術と品質工学をより効果的に利用した新たなフロントローディングが実現できるでしょう。

吉原均:伊藤さん、ありがとうございます。エネルギッシュな内容で、今後の課題やチャレンジについて重要な問題提起をいただいたと思います。ここで一つ、田村さん、伊藤さんの発言についてコメントをいただけますか?

物理量計測と機能計測の二つの側面

田村希志臣
:計測の領域には大きく分けて二つの側面があると思います。一つは、従来の物理量の計測です。もう一つは品質工学が提唱する「機能計測」の概念です。物理量計測と機能計測の両方を考慮しないと、計測技術としての社会的貢献は十分果たせないのではないでしょうか。品質工学は、この計測の概念を大きく拡張してきたと思います。

 物理量計測では、真値、いわゆる基準となる値と実測値の関係性を評価して計測精度や誤差を確認してきました。それに対して、品質工学の機能計測では真値の代わりに「理想機能」を用いてそこからの乖離を評価します。

 つまり、理想値と実測値の関係を評価するという考え方です。こうした視点から見ると、物理量計測と機能計測は異なるように見えますが、基本的な考え方は共通しています。理想値と実測値の関係を捉えることで、今日の話を一元的に理解できるのではないかと感じました。

吉原均:ありがとうございます。では、高田さん、ここまでのお話を受けて、いかがでしょうか?
計測技術における人間の役割とAIの未来

高田圭:いやあ、難しいですね(笑)。皆さんそれぞれ独自の視点を持っていて、これを一つにまとめるのはなかなか大変だと思いましたが、私も少し別の視点で話をしてみます。

 覚えている方もいらっしゃるかもしれませんが、以前「くい打ち偽装問題」がありました。建物の基礎杭が十分に打ち込まれていなかった事件です。その後、国土交通省の調査では、計測データの流用はあったものの、横浜市のマンション以外では安全性に問題はなかったと報告されました。つまり、計測が偽装されていても、建物の安全性には問題がないと報告されているのです。

 このように、計測データの取り扱いに問題があっても、実際の安全性に影響がないケースも多いです。本当に測らなければならなかった評価指標とは何かと考えさせられます。

 最近、偽装問題がクローズアップされていますが、多くは計測自体の問題というよりも、それを扱う人間側の問題です。計測技術が進歩しても、計測を正確に行わないと無駄になってしまいます。正確に測っても、それが本当に欲しい指標なのかも同時に考えないといけない。これからは、AIや自動測定の技術が進み、客観的な評価が求められる時代になってくるでしょう。人間を介さないシステムや計測器が、次の10年で求められるようになるのではないかと思います。すみません、話が少しそれましたが、これが私の考えです。

吉原均:ありがとうございます。今の議論は、日本の多くの業界に共通する深刻な問題に触れているように思います。特に、偽装問題が頻発している状況についてです。例えば、最初に出た牛肉偽装や建築業界でのアネハ事件のように、品質に関する不正が根深く存在しているのが現実です。
さて、ここで視点を少し広げて、吉澤さんにご意見をお伺いしたいと思います。吉澤さん、どうでしょうか?

質と量の違いを超えて:「計質」の提案

吉澤正孝
:計量新報さんとの座談会も長く続いていますよね。もう10年くらいたちますか?

吉原均:そうですね、ちょうど10年です。

吉澤正孝:長く続けてきた中で、最近少し感じるのは、メッセージとして何か大きな違いが浮き彫りになってきたんじゃないかと思っています。計量新報という名前からも分かる通り、「計量」は物理量を測ることを中心にしていると考えています。

 しかし、品質工学で求めているのは「質」を対象にして、それを測る「計質」なのです。この「計質」という言葉は私が作ったものなので一般的ではありません。質というのはアリストテレス時代から、物事の良しあしの度合いを意味しています。計量は物理的な長さや重さ、質量といった「量」を測るもので、これに対して、品質工学は「質」を測ることに主眼を置いています。つまり、「量」を量る計量とは異なる領域に焦点を当てているということです。そのため、質と量の違いを理解することが大切で、計量を行っている方々との間で議論が食い違う場合、この「質」と「量」の違いをきちんと理解し、双方がどのように関わっているのかを考えることが重要だと思います。

 質を測る際には、信頼性や不良率、色の濃淡、機能の達成具合など、計量だけでは判断できないものが多くあります。これらは、単なる数値ではなく、その製品やサービスが持つ本質的な価値や特性を評価するためのものです。品質工学は、こうした「質」を評価するための新しい計測学だといっても良いかもしれません。

 また、計量の場合、一般的に物理的な次元が重要ですが、質に関してはまた別の次元が存在します。これら異なる次元をどうやって計測するかという問題は、今後の議論において非常に重要なポイントになるでしょう。

 私自身、これまでの経験を踏まえて、計量の専門家の方々に提案してきた内容も、この質と量の違いを踏まえたものだったと考えています。

吉原均:ありがとうございます。確かに、「質量」という言葉は、実は「質」と「量」という異なる概念を組み合わせたものだというのは非常に興味深いですね。聞きながら、質と量を分けて考えることで、全く違った理解が得られると感じました。では、質をどうやって測るか、というのが次の問いになりますね。

吉澤正孝:そうですね。それが品質工学の大きなテーマの一つです。質を測る基準として、単に「質」が決まるだけではなく、その質が良いかどうかも評価しなければなりません。この良しあしの判断には、お客さまの視点と、決められた基準に対して製品がどれだけ適合しているかの二つがあります。この違いを理解した上で議論を進める必要があります。

吉原均:確かに、質そのものの評価をどのように行うかは、単純な問いですが、非常に重要な問題ですね。今のお話を聞いていて、細井さんの話にあった、技術の「筋の良さ」というキーワードが思い出しました。品質工学が一体何をしているのか、時々考えますが、細井さんが話していた「筋の良さ」という表現がとても当てはまると思いました。品質工学は、対象が目的を達成するための技術の良さを追求し、その良さをSN比で調べることに注力しています。その結果、ばらつきが少なくなる分、質が良いといえるのではないかと感じています。細井さん、どう思いますか?

技術の筋の良さを追求する品質工学の使命

細井光夫
: 一般的に「2段階設計」は,ロバスト最適化を行った後に感度を調整する、としていますが、私はそれでは不十分だと思っています。技術開発段階では、SN比や感度、その他の要因をすべて考慮してチューニング情報を獲得する必要があります。後工程である詳細設計,つまりチューニング段階では、ロバスト最適化をした後に感度の調整を行って最適化しますが、制約条件が定まっていない技術開発段階ではそもそも最適化ができません。

吉原均: なるほど。

細井光夫: そのため、筋の良さとは「どれだけチューニングできるか」という観点が重要です。チューニングのしやすさが加法性と関連しています。加法性が良くなければ、チューニングしにくいという流れがあると思います。

吉原均: 確かに、チューニングしやすいというのは、ばらつきを抑えることも含まれますよね。

細井光夫: その通りです。筋の良い,チューニングしやすい技術開発をすれば、詳細設計段階のチューニングによってばらつきも抑えられると考えています。

吉原均: 私がよくやる例として、アーチェリーの的に5本の矢を射った場合の平均値だけを見せてクイズを出すことがあります。平均だけを見せると、的の近くに集まった矢の方が選ばれるのですが、実際には個々の矢の結果を見せると、ばらつきが少ない方が評価されます。つまり、ばらつきが少ない選手の方が、姿勢を調整するだけで的の中心に近づけることができるとみんなが気づくのです。これがチューニングのしやすさを示す一例だと思います。

細井光夫: ドンクロージングの示した例ですね。しかし、われわれがやるべきことは、チューニング情報を獲得するまでの技術開発であり、後工程の詳細設計段階のチューニングでどこまでばらつきを減らすかは、その時の制約条件によって決まります。技術開発段階では、まだ制約条件が定まっていないので、最適化はできません。

吉原均:そうですね、ここまでの話には合意しています。まさに、その通りです。同じ的を狙う競技でも、打つ位置から的までの距離が異なれば、難易度は大きく変わります。この点から考えると、目標を設定することが重要で、その上でどうチューニングしていくかが見えてくると思います。最適化というのは、目標が決まった後に初めて見えてくるものです。細井さんのメッセージに共感します。では、近藤さんに話を振りたいと思います。

社会貢献としての品質工学

近藤芳昭
: はい、直接的に最適化やチューニングのお話ではないのですが、私が今回の座談会に臨むにあたり、考えていたことをお話ししたいと思います。

吉原均:お願いします。

近藤芳昭: 事前に吉原さんから計量計測データバンクに掲載されている10年前の座談会(NMS研究会第201回)を読んでおいてほしいというコメントがありましたので、自分も参加者だったこともあり、真剣に振り返ってみました。当時、田村さんがコニカミノルタにおける品質工学の基盤づくりに不可欠な貢献をされていた方だったり、細井さんはコマツグループ全体の技術課題に大変に熱心な指導を行われている素晴らしい方だったり、吉原さんは社会規模の課題で、例えば国家の興亡について研究されているなど、皆さんが品質工学を武器に課題へ立ち向かう様子に、大いに刺激を受けた機会だったことを思い出しました。当時は矢野宏先生の投げかけで、クレイトン・クリステンセンのイノベーションやエコシステム全体最適の議論をしていたと記憶しています。それに対して、私はシミュレーションを通じてプリンタの設計開発に関する全体最適の研究を行い、品質工学会の研究発表大会で賞をいただき、研究者としての成長を実感できた頃でもありました。

 また10年前の座談会の中では、硬さの国際標準化に触れており、計測技術の社会実装の難しさについても議論をしていました。その時は深い意味を理解できていなかったのですが、後に国際標準化の日本代表委員(国際エキスパート)を経験し、当時の議論が実体験に基づく意義深いものであったことが分かるようになりました。結局のところ、実践することで、課題の理解を深められるようになれたのは、NMS研究会のおかげだと思っています。

 あとは今の時代に目を向けると、AIやシミュレーションの技術が一般に普及し、ツールとしての利便性が飛躍的に向上しています。しかし、計測技術の進展については、劇的な進展は見られていないのではないかと感じています。それというのも、10年前の座談会では御嶽山の噴火の話題が出ていました。現在、そういった災害対応について、計測技術の進展で被害を緩和できているのでしょうか?能登地震や全国的な水害が続いている中で、私たち品質工学会に関わるものは、社会損失の低減を目指して何ができるのか、考えることも必要なのではないかと思います。

  最後に、私も細井さんが冒頭で紹介されたYouTubeをよく視聴します。その中には社会損失の低減のヒントになると思われるものもあり、最近見た例では、河川工事の動画が該当すると思っています。小型ショベルカーが水害の土砂で埋まった用水路を復元する様子が映っていて、機体性能の限界に挑戦するかのようなすごい使われ方に見えて驚きました。同時に、ロバスト最適設計やチューニングがどれだけ重要かを考えさせられました。しっかりした製品を作ること、すなわち日々の活動を通じた社会貢献が私たちにできることではないかと感じています。長くなってしまいましたが、これが私の思いです。

吉原均:近藤さん、むちゃ振りした割にはしっかり話していただきました。ありがとうございました。次は中根さん、お願いします。

計測技術と品質工学の違いを再考する

中根義満
:はい、分かりました。最初に、品質工学は計測技術であるという議論から始めたいと思います。計測技術の目的は何かというと、真の値に対する精度を測ることです。例えば、真の値を横軸、計測値を縦軸に置くと、理想的には45度の傾きになることが求められます。これが計測技術の本質だと考えています。

 一方で、品質工学は計測技術とは目的が異なり、品質を安定化させることを目指しています。そのため、品質工学を単純に計測技術と同一視するのには違和感があります。この点について、皆さんの意見を聞かせてください。

吉原均:ありがとうございます。まず、当時、矢野先生がこのテーマを提起した際、計測技術について「測定は作業であり、計測はその結果を生かすプロセス」であると述べています。

  これに対して、「品質工学は思考方法を有効活用する手法」であると計測に対比させていました。そこから、矢野先生は、品質工学は計測技術であるとして、座談会のテーマとしたわけです。また、当時の議論の中では、正確な予測や診断が難しい場合に損失が生じるという問題提起がありました。この損失を防ぐためには、計測が予測であるべきだという考えも出ています。このように、計測の目的は損失を回避するための予測であり、これが新たな計測への期待だと感じています。中根さん、これで少しは納得していただけますか?

中根義満:そうですね、目的が異なる点については理解しています。ただ、品質工学と計測技術の目的が違うという点は明確にしたいと思います。

吉原均:その点は理解しました。議論を進める上で、このテーマに設定していることは重要だと考えています。中根さんの主張は理解できますが、テーマを崩してしまうと議論が進まなくなってしまうと思います。

計測器の精度と経済性のジレンマ

中根義満
:はい、その点は納得しました。それから、計測器の精度についてよくいわれるのが、「高精度な計測器を使う必要はない」ということです。パラメータ設計の際には、順位付けやSN比をしっかり測れることが重要だと考えています。この点に関して、計測技術との関係はどうお考えですか?

吉原均:なるほど。計測技術という側面から見ると、精度を追求することが求められますが、その要求に満たされない場合には、新たな問題が発生することもあります。

中根義満:その通りです。真の値に近づけることが計測器の目的ですが、そのためには計測誤差があることも考慮しなければなりません。

吉原均:そうですね。計測値は真値に計測誤差を加えたものであり、誤差の大きさが不明な限り真の値を把握することはできません。したがって、再現性の観点から精度を評価する必要があります。これはコストがかかる場合もありますが、技術開発の目的から考えると、誤差を巧妙に扱うことで、安価な測定器でも有効な情報が得られます。

中根義満:はい、理解しました。

シミュレーションの信頼性とその課題

吉原均
:はい、ありがとうございます。ついでに話題にしようと思っていたことを共有させていただきます。2011年に日本学術会議が出した「ものづくり支援のための力学計算シミュレーションの品質保証に向けて」という報告書です。この報告書では、計算シミュレーションの精度を得るための議論がされていますが、精度を得るための様々な問題が書かれています。

 興味がある方はぜひ読んでみてください。最も興味深かったのが、報告書の最後に書かれたコメントでした。それがこちらです。「課題対応取組み、今後の進め方 ここまで述べてきたように、実用的な計算品質向上の取組みは前途多難である。愚直に今まで述べた課題に取り組む必要があるが、一方、誤差、ばらつきに対するアプローチとして、全く違った視点の取組み方もある。それは誤差、ばらつきを詳細に把握し、統計的な処理をするのではなく、ものの設計を誤差やばらつきに対して鈍感、すなわちロバストにすればよい、という考え方である。

 まさに品質工学、タグチメソッドのアプローチであり、前途多難な道を切り開くために、是非、取り入れたい手法である。」このように結ばれています。先ほど触れた問題、つまり建築界のシミュレーション偽装で大問題になった事例に関連しています。高田さんからあった「くい打ち偽装問題」も同様の問題が指摘されたものだと思います。

 CAEではよく計算結果が合わなくて困っているという話がたくさんあります。CAEも予測で問題を解決しようとする分野ですから、非常に興味深いと思います。議論の種にしかならないかもしれませんが、参考になればと思います。

細井光夫:吉原さん、よく見つけましたね。シミュレーションを計測に置き換えたら今日の議論と同じです。

吉澤正孝:非常に良い資料ですね。後でぜひこの報告書を参考にしたいです。

吉原均:はい。このような報告書を通じて、計測とシミュレーションの関係についての議論が深まることを期待しています。

計測精度と現場でのオンライン管理

吉澤正孝
:中根さんの議論に戻りますが、計測の誤差は少ない方が望ましいのは当然です。しかし、私たちはオフライン品質工学の話に偏りがちですが、品質工学はオンライン品質工学の品質測定も含まれています。オンラインでは高い精度が求められます。

 品質工学では、誤差によって機能がばらつくため、経済的損失が増加すると考えます。誤差が大きい測定器で管理すると、計測器の誤差が製造の誤差に加算されます。最終的な品質はオフラインの活動だけで決まるわけではなく、オンラインでの管理が最終的に重要となります。そのため、製品の用途にもよりますが、高精度な測定法の開発が不可欠です。

 理想的には、誤差がゼロである計測が最良ですが、実際には温度などの環境要因が影響し、測定精度が狂うことがあります。昔の工場では、こうした温度変化を補正するために現物の製品の寸法などを基準に管理の基準を補正するような工夫がされていました。計測の問題は複雑です。

 例えば、ワークが熱を持つとひずみが生じ、冷却後に実際の寸法が変わることもあります。そのため、矢野先生が述べたように、計測器の精度を高めることと同時に、計測の精度向上も重要です。計測時のノイズをどう扱うかも考慮する必要があります。オフラインでは相対的な評価が可能ですが、現実の市場ではノイズが多く、これをうまく管理することが求められます。

 また、計測器の精度が悪い場合、取引上の実害が生じるため、精度の向上が必要です。出荷後の機能のばらつきも、計測器の影響を受けるため、品質工学では高い精度が必要か経済性の観点から選択します。この点は重要なポイントです。計測特性の加法性についても議論があり、計測方法を選定する際には、計量を行う人々とのコミュニケーションが必要です。

コスト効果と最適設計のバランス

中根義満
:ありがとうございます。現在、計測精度を上げるためにはコストが非常にかかりますが、それでも重要な部分では精度を高める必要があります。ただ、品質工学の目的はコストを抑えながら、良い条件を探すことだと思います。そのため、単純に精度を高めることだけが正解とは限らないと感じています。

吉澤正孝:誤差の大きさによって損失が変わります。例えば、2μmの集積回路(IC)を開発する場合、ミリ単位の測定器では不十分です。精度が求められる場合は、それに見合ったコストをかける必要があると考えています。大量生産をするなら、高い計測器でも生産単位で割ればわずかなものになる場合もあります。

中根義満:高精度なシミュレーションの開発には膨大な時間とコストがかかりますが、それを待っていたら進まないこともあります。

吉澤正孝:そうですね。シミュレーションは別の課題です。計算式が正しくても、使用する物理量の計測ができなければ、誤差が生じます。

中根義満:その通りです。

吉澤正孝:計測ができないものも多いため、適当な値を入れてシミュレーションすることは、今後も続くと思います。

中根義満:自動車産業では、理論式が少なく実験値に基づいたモデルベースのシミュレーションが行われていますが、これでも成功しています。

吉澤正孝:そうですね。

中根義満:理論式にこだわらなくても、合致すれば良いという考え方もあります。

シミュレーションと現実データの統合

吉澤正孝
:現実のデータが「真値」として十分に信頼できる場合、SN比が適切であれば、そのシミュレーションは有用だと思います。

中根義満:その通りです。

吉澤正孝:適切な現実のパラメータを使ってシミュレーションの結果を検証することが重要です。しかし、実際にそこまでやっている例はあまり見かけません。私自身はそうした検証を重ねてきましたが、重要なのはポイントベースではなく、セットベースの検証です。この方法で、パラメータの主効果の違いを見つけることができ、誤りがどこにあるかを特定することが可能です。

中根義満:分かりました。

吉澤正孝:現場の実験データがないと、パラメータ設計を理解する人がいなければ、効果的なシミュレーションは難しいです。実物を使ったパラメータ設計を行ったデータがあるなら、その結果を用いシミュレーションで検証するという考え方です。シミュレーションはあくまで現実の模倣で、最適設計とは別のカテゴリーです。シミュレーターのロバストネス性を検証するという考えでいることが大切だと思います。これには積み重ねが重要です。

中根義満:シミュレーションに関わる人々は、真値に近づけることに注力しすぎて、過剰なコストと時間をかけてしまうことが多いと感じています。

吉澤正孝:その点も重要ですね。

中根義満:その通りです。

吉原均:ありがとうございます。それでは、小川さんがまだでした。お願いします。

品質工学の現場への応用と今後の展望

小川豊
:私はNMS研究会に入ったのが5年ほど前で最初の座談会には参加していません。その分理解が浅いと思いますが、計量新報の読者から反応があるなら、フィードバックをいただくのも良いかと考えました。最初にいただいた資料を拝見すると、計測管理システムについて議論されていたようで、計測の分野にニーズがあるのではないかと思いました。品質工学の観点からも、SN比の評価や損失関数の評価が計測の現場で利用されると良いのではないかと感じています。この点について、ぜひ認識を深めていただければと思います。

吉原均:ありがとうございます。それが小川さんの読者としてのフィードバックですね。それでは、辻さん、どうですか?

辻希望:はい、私も今日は座談会に参加するにあたり、吉原さんからいただいた資料を拝見し、自社と似たような点があると感じました。少しお話しさせていただきたいと思います。

吉原均:もう一人読者としてフィードバックも兼ねて、お願いします。

辻希望:弊社は精密モーターの開発、製造、販売を行っている会社で、社内には精密測定室があります。そこでは3次元測定機や画像処理機、形状測定機、硬さ試験機などを24時間温湿度管理しています。今の機械は、測定者のスキルが必要ない状況になっています。ボタンを押すだけで数値が出るため、測定方法を理解しなくても良品とされる場合があります。
このような状況では、仮に、計測に問題があっても過去に大きな不具合がなかったため、現状のままでも特に問題視されていないように思います。あるべき姿を考えると、どうやったら計測誤差を少なく出来るか、バラつきを少なく出来るか、考えていくべきだと思います。
他にも、車載用のモーターはハウジングが樹脂部品なので、ソリやヒケにより寸法が規定値に達しない場合があります。ただ、組み立てが出来て、機能に問題がなければ、規格緩和してしまうこともあります。このような現状から、似たような問題を抱えていると感じました。

吉原均:ありがとうございます。小川さん、辻さんからのフィードバックを受けて、いかがですか?

小川豊:計測値が基準を満たせばそれで良いという対応が増えていると感じます。そこは問題ですね。
吉原均:それでは、野島さん、NMS研究会初参加でいきなり座談会なので戸惑うかもしれませんが、何かお話ししたいことはあればお願いします。

野島浩二:はい。話についていけてない部分もありますが、参考になる点もありました。コニカミノルタの田村さんの話では、計測誤差による損失を最小化することが重要で、運用方法を工夫することが必要だと感じました。また、コマツの細井さんの話からは、良い結果を得るためには、良い経営が重要だと再確認しました。自分の取り組みにもこの視点を考慮してみたいと思いました。

まとめ

吉原均
:ありがとうございます。勇気ある発言に感謝します。それでは、残りの時間で全体のまとめに入りたいと思います。田村さん、これまでの議論を受けてコメントをお願いします。

田村希志臣:野島さんの話は今日のまとめにもなる内容だと思います。計測精度が高い方が良いと誰もがいいますが、そのために無制限に費用をかけるわけにはいきません。品質工学では、損失を指標に計測精度や技術の質の良さを判断し、適切な設計条件や管理条件の設定を目指します。このアプローチは、メーカーの損失だけでなく、社会全体の損失を最小化するためのものだと再認識しました。損失という観点を議論の基盤とすることが重要だと思います。

吉原均:ありがとうございます。細井さんはいかがですか?

細井光夫:田村さんのおっしゃる通りだと思います。計測の専門家は存在しますが、その成果がすぐに役立つかは別として、精度向上に努めています。伊藤さんの話で、昔は測れなかったものが今は測れるようになったという点も興味深いです。全体と個別の努力が重なりながら、品質工学は他とは異なる全体最適の価値観を持っていると思います。

吉原均:そうですね。技術の良さを追求することが損失の最小化につながります。問題解決型のアプローチで損失の原因を探るのではなく、技術の筋を正すことが重要だと再確認しました。細井さんのプレゼンテーションからその点を感じました。伊藤さん、何かお考えはありますか?

伊藤浩:私の問題提起は、計測技術の進歩で技術開発の環境が大きく変わったことに対する計測と品質工学の新たな取り組みです。計測技術においてもエネルギー変換を考慮することで、計測そのものに関する議論がより深まり、社会的にも重要である将来の省エネルギーにもつながる大きな土台に発展すると思います。

吉原均:ありがとうございます。最後に、吉澤さんお願いします。

吉澤正孝:計測に関する本質的な議論は有意義だったと思います。10年前と比較して、品質工学の立場での議論も深まってきていると感じます。田口玄一博士が指摘している機能を測る測度が良いことが重要です。その良さの尺度の加法性が成立することで、計測尺度を議論することにつながります。その深いところでは、質を測ること、つまり計量でなく計質です。質を測る尺度でも量的に測ることが重要です。この点が計量問題と関連してきます。そのための測定器の選択と質を測る測度の研究が重要となるのです。今日の話し合いから得られたヒントを今後の品質工学の発展や計測法の改善、改良に生かせればと思います。

吉原均:ありがとうございます。これで座談会を終了したいと思います。皆さん、本日はありがとうございました。

参加者・所属(50音順)
伊藤浩 独立コンサルタント
近藤芳昭 コニカミノルタ株式会社 アシスタントマネジャー
高田圭 セイコーエプソン株式会社 シニアスタッフ
田村希志臣 コニカミノルタ株式会社 技術開発本部 シニアエキスパート
辻希望 シナノケンシ 開発技術本部
野島浩二 キヤノン株式会社 主任研究員
細井光夫 コマツ 開発本部 主幹
吉澤正孝 クオリティー・ディープ・スマーツ(責) 代表
吉原均(司会) NMS研究会

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