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新型コロナウイルスと肺炎疾患を考える-その資料一覧-
Thinking of new coronavirus and pneumonia
新型コロナウイルス疾患者数ならびに死者数とインフルエンザ疾患との比率
日本では1918/2019年シーズンにインフルエンザで3,000人ほどの死者がでている。2019年1月だけで1,700人が死んだ。

 新型コロナウイルスと肺炎疾患を考える

新型コロナウイルスと肺炎疾患を考える

新型コロナウイルスと肺炎疾患を考える

新型コロナウイルス疾患者数ならびに死者数とインフルエンザ疾患との比率

 日本では1918/2019年シーズンにインフルエンザで3,000人ほどの死者がでている。2019年1月だけで1,700人が死んだ。毎年似たような罹患があり死者がでているのがインフルエンザだ。

 インフルエンザで年間3,000人ほど死んでいる。新型コロナウイルスもやがて普通のインフルエンザと同じようになるというのが青山学院大学教授の福岡伸一氏の考えだ。福岡伸一氏は「新型コロナウイルス感染が拡大を続けている。重症化するケースもあるので油断はできないが、軽挙妄動するのは注意したい」「免疫システムが弱っていたり、その調整がうまくいかなかったりすると、重症化する危険性がある。もともと何らかの疾患があったり、高齢者にリスクがある」と述べる。新型コロナウイルスによって高齢者に死者がでている。インフルエンザも同じようなことだ。福岡伸一氏はコロナウイルスは蝙蝠(こうもり)が媒介するので日本には既に入ってきていて何時どこででてくるかわからないし、でてきてもおかしくはない、と述べる。「週刊文春」3月5日号による。

 新型コロナウイルスによる疾病をどのように考えたらよいのか。中国では習近平の立場に影響がでている。日本では安倍晋三首相が2月29日小中高等学校の休校を求めた。ほとんどの学校が休校を決めているから命令に近い。サクラ問題、特別に支援した法務相夫婦の公選法違反事件で首相の地位に揺るぎがでたことへの対処として新型コロナウイルス対応の特別な措置のようにみえる。

 ワクチンができていないことなど新型コロナウイルスによる疾病への恐怖感が洪水のようなマスコミ報道によって高まり充満している。マスクしても透過するウイルスであるにも関わらず人々の顔は白や黒の布で覆われる。マスクと同じ材料でできているからというデマが飛び交って便所紙が販売店から消えた。

 新型コロナウイルスと感染症の資料を拾った。これによって少しは知識を備えることができよう。


新型コロナウイルスと感染症の資料一覧

videonewscom 司会 神保哲生、宮台真司ゲスト 大野智氏(島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授)(2020年2月29日)動画。YouTube。

https://www.videonews.com/
マル激トーク・オン・ディマンド 第986回(2020年2月29日)ゲスト:大野智氏(島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授) 司会:神保哲生 宮台真司


 ヘルス・リテラシーという言葉を聞いたことがあるだろうか。

 リテラシーはメディアリテラシーのような形で使われ、通常は「読み解く力」と訳されることが多い。ヘルス・リテラシーは、「人間の健康や安全、人命に関わる情報を読み解く力」とでも訳せばいいだろうか。どんな分野でもメディアや誤情報に乗せられないためにリテラシーを鍛えることは大事だが、とりわけヘルス・リテラシーはこれが低いと容易にパニックが起きたり、誤った治療法や薬によって健康を害したりするなど影響が命に関わる場合が多いので、リテラシーの中でも最重要なものとなる。

 マル激では9年前の原発事故で科学の市民化と市民の科学化の両方が不足していることを痛感し、その視点から諸問題にアプローチしてきた。そして、巷がコロナウイルス情報で溢れかえる今、われわれはあらためて市民の科学化が問われる局面を迎えているのではないだろうか。

 つい3日前までは大規模な集会などは避けるように言われていた程度だったところが、27日になって突如として首相が全国の小中学校、高校の休校を要請するにいたり、コロナウイルス問題が未曾有のパンデミックにでもなったかのような空気が漂い始めている。

 たしかに既存の季節性インフルエンザ並の強い感染力を持ち、罹患した高齢者や糖尿病や高血圧など既往症のある患者には一定の死亡者が出るなど、恐ろしい感染症ではある。しかし、ここまでわかっているだけでも、新型コロナウイルス(COVID-19)は感染力、致死性ともに、既存のインフルエンザと大差はない。

 実際、日本でコロナウイルスの感染が始まった昨年12月末から2月までの約2ヶ月の間、既存の季節性インフルエンザの罹患者は1,000人を優に超えている。昨年1月のインフルエンザの罹患者は約90万人で、死亡者も1,600人を超えていた。コロナウイルスによる日本での感染者は今のところ234人(2月28日現在)、死亡者はダイヤモンド・プリンセス号の乗船者を除くと5人(同上)だ。今年はうがいや手洗いの徹底などのおかげで季節性インフルエンザの罹患者数が例年の半分程度に抑えられているが、それでもその間、80万人あまり(12月~2月末)が季節性インフルエンザに罹患し、最終的な死亡者数は約1,000人は超えるだろう。繰り返すが同時期の罹患者が80万人あまりと200人あまり、死亡者数が1,000人と5人(それぞれクルーズ船乗船者を除く)だ。

 無論、新型コロナウイルスにはまだ未知の部分もあり、単純に季節性インフルエンザと比較はできない。しかしながら、既に日本でも罹患後回復している人が33人もいるし、罹患者の大半はほとんど症状が出ないことも指摘されている。今のところ死亡者は高齢者と既往症のある患者に限られる。

 その一方で、これが世界的に広がれば、既存のインフルエンザと同様、多くの人の命を脅かす危険性はある。特に発展途上国のような医療体制が完備されていない地域では、インフルエンザが直ちに命の危険につながる。だからこそWHOなどではこの問題を非常に深刻に受け止めているのであり、日本のような医療の行き届いた先進国でこれが直ちに生命に関わるほどの深刻な問題になるとは考えられていない。

 ところがここ数日の日本の反応はどうだろう。

 島根大学医学部附属病院の教授でヘルス・リテラシーに詳しい大野智氏は、一般の市民にとって、今回は「新型コロナウイルス」という呼称が恐怖を助長した面があったと指摘する。なんといっても「新型」なので未知の部分が多く、またコロナウイルスという名前も、必ずしもわれわれの多くにとって馴染みがあるものではなかった。実際、一般的な風邪の1.5~2割程度はコロナウイルスが原因だし(4種類)、過去のSARSとMERSもそれぞれ別のコロナウイルスによるものだった。現在猛威を奮っているコロナウイルス(COVID-19)が、人類にとっては7つ目のコロナウイルスということになる。

 未知の物に対しては、誰も怖れを持つのは当然だ。しかし、とは言え今回のコロナウイルスは感染力としては既存の季節性インフルエンザ並かそれ以下であり、致死性ではSARSやMERSを遙かに下回ることが既にわかっている。また、各都道府県の医師会などがガイドラインを出しているが、手洗いやうがいなど既存のインフルエンザ対策が有効であることもわかっている。咳やくしゃみが出る人は、コロナであろうが何であろうがマスクをすべきだし、熱が出たり具合が悪い人は仕事や学校に行かずに家で安静にしているべきだ。インフルエンザが流行っている時期はあまり人混みには行かない方がいいだろうし、風邪気味だったり、糖尿などの既往症がある人、妊婦、高齢者もその時期は人が多く集まるところは避けた方がいい。

 何だかあまりにも当たり前のことを列挙してしまったが、結局、コロナであろうが季節性インフルであろうが、あるいは通常風邪であろうが(かぜの2割前後はコロナウイルスが原因だが)、こういう常識的なことをやっていればある程度の蔓延は防げる。逆に言えば、どんなに沢山の情報を集めても、市民一人ひとりができることは、その程度のことしかないのだ。

 一方で、政治や政府には、また別の心配事がある。今回PCR検査が進まないことで、日本が感染症に対する備えを怠ってきた実態が露呈してしまったが、もし大量感染が起こり、感染者、とりわけ重篤な症状を呈する患者が現在の日本の医療のキャパシティを超えてしまえば、いわゆる医療崩壊が起きる。その「崩壊レベル」が思った以上に低ければ、医療体制の整備を怠ってきた政治の不作為が露呈することになり、その責任が問われることになる。

 そこで政府は大量感染を起こさない、あるいは起きたとしても、発現のタイミングをできるだけ遅らせることで、医療体制の拡充を進め、「崩壊レベル」をあげることに時間を稼ぐ必要が出てきた。

 また、IOCの理事の一人が、5月末までに収束しなければ東京五輪は中止もあり得ると発言したことも、明らかに政府を焦らせ、今回のやや唐突とも思える措置の遠因となっているように見える。万が一五輪が中止になどなろうものなら、政府の責任が問われることは必至だからだ。

 このように政治は政治で、いろいろ心配しなければならない問題がある。しかし、それはわれわれ市民の問題ではない。そうした政治的な動きや、それに乗っかり、悪戯に危機を煽ることで数字を稼ごうとするメディアによる情報洪水に巻き込まれると、実際は国産シェアが97%もあり品不足になる理由がまったくないはずのトイレットペーパーが品薄になるような、いつもの馬鹿げたパニックが起きてしまう。

 今まさに市民のヘルス・リテラシーが問われている。情報洪水の中から、自分にとって意味のある情報だけを拾い上げる作業は骨の折れる作業かもしれないが、それをせずに真偽不明の怪しい情報に踊らされることのコストの方が実際には遙かに大きいはずだ。今こそリテラシーを発揮して、これまで何度も政府やメディアに踊らされてきた苦い経験を活かそうではないか。

 今週のマル激では大野智・島根大学教授と、情報洪水の中で誤情報に踊らされパニックしないための方策をジャーナリスト神保哲生、社会学者宮台真司が議論した。

【ゲスト・プロフィール】大野 智(おおの さとし)島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授
1971年静岡県生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業。博士(医学)。同年同大学第二外科(消化器外科)入局。2018年より現職。共著に『「がんに効く」民間療法のホント・ウソ―補完代替医療を検証する』など。

(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)



発売中の「週刊文春」、阿川佐和子さんが緊急にお願いした生物学者、福岡伸一さんの「新型コロナウイルス」についてのインタビュー

今、発売中の「週刊文春」、阿川佐和子さんが緊急にお願いした生物学者、福岡伸一さんの「新型コロナウイルス」についてのインタビューがとてもよかった!地球全体からの観点、何億年前からの目線で、生物や生命について、噛み砕いて語られる福岡さんの論、かねてより大好きです!買ってよかった。

感染拡大する新型コロナウイルス 福岡伸一「PCR法が鋭敏すぎて生まれる問題」連載「福岡伸一の新・生命探検」2020.2.20 07:00AERAオンライン

感染拡大する“新型コロナ”福岡伸一が語る「ウイルスの基本的な生物学」連載「福岡伸一の新・生命探検」2020.2.6 07:00AERAオンライン

コラムニスト福岡伸一
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

連載 生命科学の雑記帳 97.致死的コロナウイルスの多様性はコウモリの間で生まれる 予防衛生協会 2017/06/21

 コウモリは5200万年以上前に出現し、飛翔能力を持つ唯一の哺乳類であるため、エマージングウイルスの宿主としたもっとも注目されている。すでに、コウモリは、エボラウイルス、マールブルグウイルス、ヘンドラウイルス、ニパウイルス、重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス、中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルスといった致死的なウイルスの自然宿主ということが証明または強く疑われている。

 これらのウイルスのうち、SARSコロナウイルスとMERSコロナウイルスが属するコロナウイルスは、ゲノムのサイズが約3万塩基の一本鎖RNAウイルスで、ほかのRNAウイルスの2-3という桁外れに大きなゲノムを持つため、ウイルスが複製される際に変異が起こりやすい。また、ほかのコロナウイルスと組換えも起こす。SARSコロナウイルスはコウモリのコロナウイルスの間で、組換えが起こり、食用のハクビシンに感染し、それがヒトに感染したと推測されている。コロナウイルスは、人獣共通感染症の原因として、とくに重要とみなされているのである。ヒトが感染しているコロナウイルスのほとんどすべては、動物由来か、現在動物の間で循環しているウイルスからの感染による。コロナウイルスは、宿主を飛び越えやすいため、過去、現在だけでなく、これからも公衆衛生上の大きな脅威とみなされる。

 ニューヨーク・コロンビア大学のSimon Anthonyらは、ヒトに対してハイリスクとなる野生動物のウイルスに焦点を合わせたPREDICTコンソーシアムで、ラテンアメリカ、アフリカ、アジアの20カ国の地域パートナーと共同研究を5年間にわたって行っていた。彼らは、コウモリがコロナウイルスの保有宿主として重要なのに、遺伝子データバンクでは、コロナウイルスの配列のうちのわずか6%だけがコウモリ由来で、残りの94%は、ヒト、家畜、ペットのウイルスの配列であって、既知の病気に偏りすぎているとして、地球レベルでのコウモリにおけるコロナウイルスの多様性を検討している。

 コロナウイルスの分布を地図で示すために、彼らは12,300匹のコウモリ、3,400匹の齧歯類とトガリネズミ(形はネズミだが齧歯類ではない)3,500頭のサルを捕獲し、唾液、尿、糞のサンプルを採取してから、放した。

 これらのサンプルから、100の系統的に異なるコロナウイルスの集団が見つかり、そのうち、91はコウモリが持っていた。ウイルスの多様性は、アマゾンの熱帯雨林のように、多くの種類のコウモリが生息する地域のコウモリでとくに高かった。コロナウイルスの多様性はコウモリの多様性が関連していたのである。

 ウイルスがヒトに感染する可能性を知るヒントのひとつは、系統的に関連のない種の間でウイルスが飛び越えた歴史である。アフリカでは、関連のないコウモリ種の間での伝播は、メキシコ、ブラジル、ボリビア、ペルーなどラテンアメリカ諸国この場合より、4倍多く起きていた。これは、各地域に存在するコロナウイルスの遺伝的相違か、異なるコウモリ種との間での行動に関係していると考えられた。

 次のステップは、宿主を飛び越えるウイルスと飛び越えないウイルスについて、さらに詳しく調べることと、Anthonyは語っている。彼のチームは、ウガンダで捕獲したアブラコウモリから分離したMERSコロナウイルスに近縁のウイルスは、ヒトの細胞に結合できないことを見いだし、直接人への脅威にはならないと推測していた。

 発生してから対応するというこれまでの対策と異なり、次ぎにヒトに感染するおそれのある病原体を予測(Predict)しようと考えているのである。


志賀潔の子息、志賀亮氏による志賀潔の遺稿にからむ雑記帳

 1871年2月5日(旧歴で明治3年12月18日)宮城県士族佐藤信の第4子(3男)として仙台に生れる、幼名直吉。父は、伊達藩の下級藩士で副奉行つきの書記を務めていた。5歳の頃から父の家塾で漢書の素読を学ぶ。8歳仙台市育才小学校(現片平町小学校),13歳宮城中学(現仙台-高)。この頃母の生家志賀を継ぐ事になり名を潔と改む。志賀家は岩手県花巻の出、五代前から仙台に来り医を業とす、先々代は藩医となり士分であった。

 1887年、東京に遊学。しばらく予備校に学び、翌年大学予備門 (後の旧制一高),1892年、帝国大学医科大学(後の東大医学部)。

 1896年、医科大学卒業、26歳、直ちに伝染病研究所に入り、北里柴三郎先生に師事する。
翌1897年12月、赤痢に関する最初の研究を発表。
 1901年、ドイツ留学のため渡欧、フランクフルトの実験治療研究所でエールリッヒ先生に師事する。化学療法の最初の研究で先生の助手を務める。
1905年、帰朝、医学博士。
1906年、第一回熱帯病学会(フィリピン)
1909年、二回同学会(インド)に出席。
 1912年、渡欧、万国医学会総会(ローマ)に出席。フランクフルトで再びェールリッヒ先生に師事、結核の化学療法を研究。
1913年帰朝。

 私はなぜ医業を修めたか  養家が医業だったから。なぜ基礎医学の方に進んだか?。 病人を看る職業は私の性に合わないと思ったから。然らばなぜ細菌学を選んだのか?。この答えは簡単でないが、当時の細菌学が新興科学随一の花形であった事も理由の一つだろう。もっとも大学ではまだ独立の講座がなく、細菌学は緒方正規先生の衛生学の片隅で講ぜられ、実習の時間もなくて、講義のあとで細菌というものを顕微鏡で順に覗かせてもらった。卒業するとすぐ入所試験を受け伝染病研究所に入ったが、ここで先輩から初めて細菌実習の手ほどきを受けたのである。

 1914年、伝染病研究所の文部省移管に際し北里所長と行を共にして職を辞す。野にあって新研究所の創設に力を致す。
 1920年、朝鮮総督府医院長として渡鮮、京城医専校長を兼ねる。
 1931年までの11年間京城に在り、医学教育の他医事行政などにも関与する。
 1925年、欧米の大学視察のため渡行、ジュネーブ国際血清委貝会に出席。
 1926年、京城大学創立にあたり、医学部教授、同学部長となる。
 1927年、第7回熱帯病学会(インド)に出席。
 1927年、京城大学総長に就任、在職2年7ケ月。

 フランクフルト以来の結核の化学療法研究を続けるベく準備が整った頃、思いがけない事態が発生して身辺は又にわかに多忙になった。いわゆる伝研移管問題の突発である。この年(1914)は私の生涯にとって最も感懐の探い年である。即に10月、伝研の文部省移管に際し当局と所信を異にして職を辞した北里先生に従い、同僚20余名と共に野に下ったのである。恩師エールリッヒ先生に事件の経緯を報告した。やがて頂いた御返事に、北里教授とその門下のこうむったこの度の不幸には同情に堪えない。詳しい事は判らぬが、事情は推察するに難しくない。学問上の問題が学界以外の力で左右されるのは東西に間々見られる遺憾事だ。元気を阻喪せずに将末を期してほしい。という意味の事が書かれてあり、次のドイツの格言が添えて自分を励まして下さった。
 Ehre verloren, nicloren Gold verloren, nichts verlorn Mut werlorn, alles verloren.
 名誉や財産を失ってもそれは何も失った事ではない、勇気を失ったらそれは凡てを失った事だ。

 1931年、京城大学総長辞任、北里研究所顧問。
 1936年、ハーバード大学名誉学位。
 1944年、文化勲章。
 1948年、日本学士院会員。
 1949年、仙台市名誉市民。
 1951年、文化功労賞。
 次に個人的な事頂をまとめる。
 1900年、山口県士族井街清顕の3女市子と結婚 (1901年 長男直、1905年 長女博子、1907年 次男亮、1909年 次女和子、1911年 3女治子、1915年 3男章, 1 917年 4男信男、1919年 4女祥子、誕生)
 1944年6月, 妻市子胃癌のため死亡(63歳)。同7月、長男 直 任地台湾より帰航の途長崎港外で遭難死亡(45歳)。1945年、郷里仙台に疎開、次いで宮城県坂元村(現山元町)に移る。1949年3月、3男 章 戦病癒えずして死亡(34歳)。
 1951年、満80歳の賀宴(北里研究所)。
 1957年、数えで米寿の祝年を迎えたが、1月中句より病床に臥し、同25日朝老衰のため永眠。28日告別式、29日仙台市葬、仙台市北山輪王寺に葬る。4月東京において北里研究所その他の主催で追悼会。

 私の幼い頃、郷里の仙台藩は辰の役に敗れて朝敵となり肩身の狭い思いをした。下級武士だった父は禄を失って家計は苦しかった。中学生の頃弟のために夏休みを小学読本の書写に過した事もある。不如意と窮乏の味は私の古い記憶につきまとっている。私がやがて80に手がとどく頃になって、祖国日本があのような姿に変わっていくのを見ねばならなかった。父を失った私の幼い孫達は、祖父の幼時にもまさる悲運と窮乏のうちに育てられた。まことに奇しき運命というより他ない。併し、あの時代を生きのびて、日の丸もひるがえり君が代を聞ける今日までに至ったのは、まずまず幸せと言うべきか。

 この80年の間に細菌学は驚くべき発展を成し遂げた。パストゥールが当時としては破天荒の学説だった病原微生物説を唱えたのは、私の生れた頃の事である。それから十余年の間に細菌学研究の基盤はほぼ出来上ったと言えよう。その細菌学がやがて免疫学を生み、血清学が岐れでた。一方伝染病学、疫学の方に枝分かれして公衆衛生学の大切な基礎になってがた。臨床面では初期の予防ワクチン、治療血清の研究が始まり、20世紀科学の華と言われる化学療法が開拓され、抗生物質の発見で更に躍進を続けている。

 微生物の世界も、動物界では原生動物からプロトッオアへ、植物界ではバクテリアからリケッチアへ、リケッチアからウイルスへ、ウイルスから更に生物無生物の境界域まで広がってきた。而して之等一切を包含する奥底には生命現象の本元があり、遺伝学や高分子化学とも関連して、そこは新しい生命科学の色々な分野が拓かれようとしている。自分の様な老人には展望もきかぬまでに拡がってしまった。私の学生時代衛生学の一部分の様に思われていた細菌学が、かくも末広がりに弥栄えてきたのを眺めては、うたた感懐に堪えぬと言うより他ないのである。


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新型コロナウイルス感染症で体温計が市場から消えた
百貨店が休業し、ホテルに客が行かない、経済が休んでしまう

新型インフルエンザ薬タミフル誤計量と天秤の改善措置

新型コロナウイルスと肺炎疾患を考える

滋賀県計量協会の平成32年新春賀詞交歓会 2020年1月24日(金)開かれる

計量計測関係の2019年新年会関係の諸行事。

川崎市計量協会2019年初春懇親会開く1月22日、川崎駅前の煌蘭で
「大変革時代における川崎の産業まちづくり」(講師は前川崎市副市長三浦淳氏)を聴く

川崎市の産業と経済と人の生活を知る(横田俊英)
副題「大変革時代における川崎の産業まちづくり」(講師は川崎市産業振興財団理事長三浦淳氏・前川崎市副市長)講演の内容と聴いた印象。


静岡県計量協会2019年(平成31年)新年情報交換会1月17日(木)開かれる

「計量団体・業界・機関合同賀詞交歓会」が1月9日、東京都千代田区のグランドアーク半蔵門で開く。

滋賀県計量協会の平成31年新春賀詞交歓会 2019年1月16日(水)開かれる

京都府計量協会の平成31年新年交歓会 2019年1月9日(水)開かれる

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