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計量計測データバンク ニュースの窓-403-
News material content collection of metrology databank №403

計量計測データバンク ニュースの窓-403-
薪(まき)と炭によるエネルギーから石炭、石油、ガス、電気エネルギーへの転換過程


計量計測データバンク ニュースの窓 目次

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計量計測データバンク ニュースの窓-403-薪(まき)と炭によるエネルギーから石炭、石油、ガス、電気エネルギーへの転換過程

電力事業の歴史 - 日本の電気事業|電気事業連合会

├日本社会の石油、ガスの利用とその普及の歴史
 日本社会における石油・ガスの利用は、輸送、電力、産業から家庭の熱源に至るまで社会基盤全体に深く浸透しています。一次エネルギーの多くを海外からの輸入に依存する構造的課題を抱えつつも、多様な形で普及・活用されてきました。日本の石油・ガスの利用と普及の主な特徴は以下の通りです。石油の利用と普及用途の内訳: 国内で消費される石油の約4割が自動車や船舶などの動力源として、約4割が工場や発電所の熱源、そして残りの2割弱がプラスチックや化学繊維などの化学原料(ナフサ)として使われています。生活への浸透:ガソリン(自動車)、軽油(トラック・建機)、灯油(家庭用暖房)といった液体燃料が、市民の足や冬場の生活を支える不可欠なエネルギーとして全国に普及しています。
供給体制:新潟県や秋田県などで国内生産も行われていますが、使用量の99%以上は海外(主に中東地域)からの輸入に頼っています。このため、国家備蓄制度を設け、危機に備えています。ガスの利用と普及都市ガス: 主に天然ガス(LNG)を原料とし、パイプラインを通じて都市部の家庭や工場に供給されています。熱効率が高く、二酸化炭素の排出量が比較的少ないクリーンなエネルギーとして大規模工場や家庭の給湯・調理で広く利用されています。
LPガス(プロパンガス):容器(ボンベ)に充填して各家庭や事業所に個別配送される形態をとります。都市ガス網が未整備な地域にも普及しやすく、全国の約半数の世帯で利用されています。また、災害時の復旧が早いことから「最後の砦」のエネルギーとしても重要視されています。近年のトレンドと脱炭素化近年、日本社会ではエネルギーの効率化や脱炭素(カーボンニュートラル)への転換が進んでいます。
高効率化:省エネ家電の普及や産業構造の変化により、GDPあたりの石油・ガス依存度は低下傾向にあります。
新エネルギーへのシフト:太陽光発電などの再生可能エネルギーや、次世代エネルギーとしての「水素」や「アンモニア」の導入が進められており、従来の化石燃料一辺倒からの脱却が模索されています。


第1部 第1章 第1節 1868年~ │ 平成29年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2018) HTML版 │ 資源エネルギー庁
 1950年代~1960年代は、エネルギーの主役が石炭から石油に交代した「エネルギー革命」の時代でもありました。

構造的な不況に陥り、閉山への道をたどった石炭

 戦後の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による占領行政のもと、日本では経済再建のための政策が進められました。その突破口として、石炭や鉄鋼に資金・資材・労働力を重点的に配分する「傾斜生産方式」が講じられました。中でも鉄道輸送や重工業に欠かせない石炭は、最優先で緊急増産対策が実施されました。この結果、石炭の生産は飛躍的に伸び、戦後の経済復興を牽引していくこととなります。こうして、国の完全な統制下で生産が回復した後、昭和25年(1950年)に石炭企業は自由競争市場へ復帰することとなります。しかし、1960年以降、石炭産業は物価上昇にともなう採掘コストの上昇や、競合関係にある石油の値下がりなどを背景に、経営が悪化していきます。労使間紛争も起こり、大規模なストライキも頻発するようになりました。

石炭と石油それぞれのポテンシャルを比較検討した政府は、それまで国のエネルギー産業の主役だった石炭産業を合理化する方向に政策を転換します。ただし、閉山にあたっては、炭鉱関係者や地域社会に与える深刻な打撃を極力回避することとし、40年という歳月をかけました。そして平成14年(2002年)に、一部の露天掘りを除きすべての炭鉱が閉山しました。

石油が一気に、日本のエネルギーの主役の座に
石炭に代わって、日本のエネルギーの主役の座に躍り出たのが、石油です。1950年代に中東やアフリカで相次いで大油田が発見されたことから、この頃、石油は世界的に潤沢に供給されていました。日本では戦後しばらくの間、「外貨割当制度」(輸入代金の支払いに必要な外貨の発行を政府の許可制とすることで、自由貿易をコントロールする制度)のもと輸入が規制されていましたが、昭和37年(1962年)になって原油の輸入が自由化されます。政府は、石炭と比べ安く安定的に供給でき、また利便性も高い石油を中心としたエネルギー政策に舵を切り、この年、日本のエネルギー供給は初めて石油が石炭を抜きました。以降も「エネルギー革命」は加速度を増して進み、昭和48年(1973年)には日本の1次エネルギー(自然から採取されたままの物質を源としたエネルギー)の8割近くを石油が占めるまでになりました。これだけ飛躍的に石油需要が増えたのには、マイカー時代の到来(モータリゼーション)に加えて重化学工業の発展が大きく関係しています。当時の日本はさらなる成長をめざして「軽工業から重化学工業への転換」を図っており、太平洋沿岸を中心とする各地に石油コンビナートが建設されました。

油田開発は、国内から国外へ
 国内油田開発については、昭和28年(1953年)に策定された「石油資源開発5カ年計画」にもとづき調査・探鉱が行われ、新潟県や秋田県で油田・ガス田が発見されました。しかし、この時期の石油価格は国際的に安かったため、油田開発の軸足は次第に国内から海外油田に移ります。日本による、初の本格的な海外油田開発となったのは、サウジアラビア、クウェートの両国の中立地域沖合にあるカフジ油田。電力・鉄鋼・商社など約40社が共同で設立した「アラビア石油」が昭和35年(1960年)、海上油田の試油テストを行い、翌年から操業を開始。成功を収めました。

【日本のエネルギー、150年の歴史①】日本の近代エネルギー産業は、文明開化と共に産声を上げた|エネこれ|資源エネルギー庁
【日本のエネルギー、150年の歴史②】国の屋台骨として、エネルギー産業は国家の管理下に|エネこれ|資源エネルギー庁
【日本のエネルギー、150年の歴史③】エネルギー革命の時代。主役は石炭から石油へ交代し、原子力発電やLPガスも|エネこれ|資源エネルギー庁

日本LPガス協会(Japan LP Gas Association):LPガスの概要:LPガスの歴史

日本の石油・天然ガス資源 - Wikipedia

ガス事業の歴史を振り返る、ガス自由化までの流れと変遷(1)|新電力ネット


日本のエネルギー選択の歴史と原子力 | 日本のエネルギー事情と原子力政策


日本と中東 石油をめぐる歴史 保坂 修司 東京大学
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