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計量計測データバンク ニュースの窓-391-
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軍費調達と決済(小野圭司 防衛省防衛研究所先進領域研究部 防衛基盤研究室 主任研究官)


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計量計測データバンク ニュースの窓-391-軍費調達と決済(小野圭司 防衛省防衛研究所先進領域研究部 防衛基盤研究室 主任研究官)

計量計測データバンク ニュースの窓-204-開戦前夜、総力戦を経済面から分析した秋丸機関と日米国力比較を現地調査した陸軍主計大佐新庄健吉



軍費調達と決済 太平洋戦争・驚きの戦費返済法国破れてバランスシートあり ドイツからの技術供与、お代はゴールドを潜水艦輸送 金融緩和と国債増発がもたらした“結末”小野圭司

40,218回視聴 2026/04/23 文藝春秋PLUS 公式チャンネル チャンネル登録者数 67.6万人

小野圭司 - 防衛省防衛研究所

(以下はユーチューブの文字おこしに表示される内容をそのままに掲載しておりますことを御了解ください)

オープニング

ま、今はと戦争じゃないですけども、意味で行政支出があのんできていると、ま、戦争中の国際の処理、発行だとかそれを収束に向かっていた努力だとか、ま、大きな参考になるんじゃないかなと。

えっと、昭和19年度の戦費ですけど、 735億円当時の額で昭和19年の日本のGNPが745億円ということで、日本の生産された付価値の99%が品使われたって日本の純粋な付価値は50%使いました。

うん。うん。政権が借りたのが50%、 49%とか50%足して99%。 中央国ではこういうやり方で戦を調達していたのは日本だけです。ドイツは金をそのまま輸送してきてくれと。で、2回トライしてですね、1回は激沈されてるんですね。あ、海の下にもう何t当場のゼレンスキー大統領はですね、あの現金の送金暗号資産で送ってくれって言ってたんですね。

これから先の安全資産になりるってことなんでしょうか?文芸春獣プラスのダニエルです。今回のプラスヒストリーのテーマは太平洋戦争を支えた銀行とバンカーです。ゲストは防衛研究所主任研究家の小野刑士さんです。小野さんよろしくお願いいたします。

開始よろしくお願いいたします。

小野さんはですね、昨年の秋に公談者現代新書より太平洋戦争と銀行という新書を出されました。元々あの防衛研究所主市研究家でいらっしゃいますけれども銀行勤務でいらしたんですよね。そうですね。

あの8年半ほど銀行に勤務してました。はい。はい。はい。そこから防衛研究所に入所されてこの太平洋戦争とま銀行というま2つの経歴をもけ合わせたような新賞出されましたけど執筆の経ってのはどういったものがあったんでしょう。そうですね。あの、ま、たまたまそういうあの、経歴的には私、ま、銀行任務勤務してたとで、今は安全保障とか軍事問題を研究してるという立場にありますけれども、あの、防衛研究所に入ってからも財政であとか金融だとかわゆる経済問題をずっと研究してたんですね。ま、私の担当として。ええ。

ええ、で、ま、今回終戦後80周年ということで、ま、何かあの、そのメルクマクになるような本をかけないかなという風に思ってたところを、ま、銀行キーにして書いてみようかなと。という風に思ったことです。ま、これは累書がないというのが大きかった、同期として大きかったことがあります。

うん。 確かにそうですよね。太平洋戦争っていうのはかなり語られ尽くしたように見えるテーマですけれども、その選秘をどうやって調達して弁していたかっていうところは意外と語られてなかったところですよね。

そうですね。所所そこであの軍事とあの戦争の歴史と経済の問題で研究している方っていうの大体物資導員とかですね。あと天然資源だとかあと武器の生産はあの鑑定だとか航空機の生産という風なところに焦点が当ててるんですけどもお金に対してほとんど焦点が当たってないというところはあります。うん。このには当たってるけど金融にはなかった。そうですね。

ですから、ま、そこは私逆に言うと、ま、日な分野として、ま、私の、ま、研究として商店が当ててもいいかなという風に思って、で、何本か論文書いたり研究発表して、で、ま、この本に繋がったというところはあります。うん。なるほど。ま、これ太平洋戦争だけじゃなくて、やっぱ戦争にはお金が必要ってのはかなり不的なテーマで、今読んでもかなり学びになるとこ多いんじゃないでしょうか?え、そうですね。うん。ま、今は、あの、ご案内の通り、えっと、戦争じゃないですけども、意味で、えっと、行政支出があの、できていると。

で、それをどのように調達するか、で、どのように国際発行して、で、それをどのように着地させるかっていうのは大きな行政上のテーマになってますから、ま、戦争中のあの国際の処理、発行だとか、それを収束に向かっていた。うん。あの、努力だとか、経緯なんかは、ま、大きな参考になるんじゃないかなという風に思います。そうですよね。早速この本書の中身について触れられればなと思っているんですが、この本書の中では度々特殊銀行という、ま、存在が出てきます。

これは戦前そして戦中にま、日本においてすごく存在感を発揮した。そして、ま、店秘調達でもすごく重要な役割果たしたということなんですけども、そもそも特殊銀行ってどういう銀行なんでしょう?ま、今で言うとですね、えっと、これに類似した銀行と言いますと、ま、 Jビック、 Jビ、国際協力銀行、 「特殊銀行」とは協力銀行ですとか、あと政策投資銀行などが該当しますけれども、え、制度的にはですね、特殊銀行っていうのは、ま、特殊銀行があるっていうことは、ま、一般の銀行があるということなんですけど、一般の銀行っていうのは銀行法はうん。という法律があって、で、それに基づいて、え、活動している銀行。

ま、あの、我々が街中で視点なんかを目にする銀行がそうですね。ええ。ええ。

で、特殊銀行っていうのは銀行ごとに法律が制定されるんです。うん。うん。で、政策に即したあの金融活動をやるということで、その金融活動に関しては法律で定められてると。なるほど。で、法律に定められた活動をやるし、それによって制限も受けているという銀行、それを特福祉銀行という風に表現してまして、今回新種の中で取り上げてる特殊銀行もそれに該当します。

うん。なるほど。

じゃあ法律で定められた範囲内でも活動をするということですよね。日銀みたいなわる中央銀行とはちょっと違った存在という。そう。そうですね。その代わり行政的な支援も受けられるというメリットはあります。

なるほど。じゃ、結構その間にいるっていうか、民間の銀行と、えっと、地銀行があって、ま、ま、要は政策への有とか、ま、そういうこともしつつって、ま、真ん中ぐらいにいるようなイメージですかね。

そうですね。ま、あの、面白いのはですね、あの、民間の銀行はトップ、経営トップは遠取りですよね。

そうですね。で、日銀の場合は総裁。そうですね。じゃあ、特殊銀庫はどうかって言うと、基本的には総裁という風に読んでます。あ、そうですか。え、はい。ただし一部の特殊銀行は遠取りという風に呼んでるところがあるんですけどもはい。あの大多数多くの特殊銀行のトップは総裁という風な肩書きになってます。これ総裁と遠取りってこう素人質問なんですけどどれぐらいニュアンスが違うものなんですか?はい。あ、あれですよね。感覚的には総裁って言った方が割とあの国営組織のような感じが受けると思うんですね。と少し前で言いますと分割される前のJRはい。はい。はい。鉄でした国鉄のトップはでした。 確かにそうでしたね。

はい。はい。で、ま、そういう風にですね、ま、国の関与が近いで国営事業に近い組織の経営トップというのは経営形態が民間企業に近くても総裁とあの名乗ってるケースが多いかなという風なイメージはあります。

あ、分かりやすいですね。

で、今回この本の中では特殊銀行として、ま、主に横浜賞金銀行、そしてマ州中央銀行、そして朝鮮銀行、ま、台湾の銀行も出てきますけれども、ま、この3つが結構あの活躍というかメインに出てくるかと思います。

この戦におけるそれぞれのこの特殊銀行の役割について教えていただけますか?そうですね、あの横浜金銀行っていうのはこれはあの外国かわせ貿易金融を主にやるという目的で明治機に設立されたんですね。各銀行の戦時下の役割はい。これが設立されるまでは日本の貿易金融っていうのはアメリカとかイギリスの銀行に主に委ねてたんですけども、やはりあの替レートですとかあの手数料関係の点で不利をあの受けてたわけですね。そうですよね。

ですからそれは日本の銀行を育てようということでこれはもう政府肝入りでで法律も作るで資本金は政府も、え、1/3ぐらいかな出資してで設立したという銀行がなります。はい。で、これで日本の貿易金融を育てていこうと。ただし戦争となると外国で、えっと戦う場合、外国に資金を持っていかなければいけないと。

そうですね。そうすると横浜金銀行は外国に視点がありますから、ま、そういう風な戦争に必要な経費も横浜金銀行を通じて送金しようという風な形で、ま、あの、戦争に協力したという風な存在になってきます。

うん。なるほど。この次のマ州中央銀行ってのはこの消銀行とはちょっと違った存在になるんですか?そうですね。

マ州中央銀行ができたきっかけは、ま、当然あの満州事変はい。マンション州事が起きてで、その後に満州国が設立されますけれども、ま、その時にはい。え、それまで軍閣のマ州を統一した独立国として育てようということで満ができるで、政府もせ設置されるとそこで、え、中央銀行として満州中央銀行ができたということですね。

これができるまでは軍がしてますから軍ごとに通貨が発されるとでそれも軍もえっと通過紙幣も発行すれば効果も発行するとめんどくさいですね。でなおかつあのあれなんですよ。ソ連の通貨もそ流通する当時ルーブルですか?ルーブルですね。

ルーブルも流通するという風な外国の通貨も流通してるようなものすごくやこしい形だったんですね。

はいはいはい。

ま、それを、えっと、綺麗にしてで、統一通貨で統一支幣をの制度を確立しようという目的でマ州中央銀行は設立されます。なるほど。ま、中央銀行ってついてるからやっぱりその中央銀行的な役割を持っていたということですよね。

そうですね。ただ面白いのはあの日本銀行とか、ま、我々が認識しているあの今の中央銀行と違ってですね、商業銀行活動もやってたんですね。はい。あ、そうなんですか。ええ、このじゃ次に朝鮮銀行っていうのは、ま、同じように、ま、要は日本の職民地外あった時にできた銀行というとこですけれども、ちょっとここもまた違うところがあるんでしょうか?そうですね。

えっと、大きな違いはですね、ま、朝鮮はあの、一時期日本の、え、職民地として、え、存在するようになりますけれども、当初はですね。当時の第一銀行、渋谷一が設立した第一銀行が、ま、朝鮮の金融活動、中央銀行的な金融活動を担当していたと、ええ、いうことだったんですけども、やはり、え、日本とは別に朝鮮には独立した中央銀行を設立しようということになって設立されたのが朝鮮銀行です。

うん。なるほど。これは朝鮮銀行で独自の、えっと、通貨とか発行してたんですか?そうですね。なるほど。これちなみにマ州中央銀行と朝鮮銀行ってどういうものこう裏付けとして通貨を発行してたんでしょう?

えっと麻州中央銀行とあの朝鮮銀行はあの裏付けとしては金を使ってました。 金うん。はい。プラスあの日本円も発行準備として使うとはあはあはあいうことですね。で日本円っていうのは日本銀行が発行してます。はい。で銀行はじゃあどうしてたかって言うと金なんですね。

うん。あの金を発行の裏付けとしてたと。

はい。ですから、え、朝鮮銀行とマ州中央銀行は直接的には金を裏付けにしてた。 関節的にも金を発行してたと。で、その関節的なん金の裏付きの欠は日本円がになっていたということになります。

なるほど。ああ、そうなんですね。

で、この、ま、色々と戦において、ま、日本は、ま、経済力、ま、非常に隔たりのある中で、特にアメリカエギリストを戦争してきたわけですけれども、ま、こうした、ま、特殊銀行などがこの、ま、太平洋戦争において具体的にどういった役割を果たしたんでしょう? 1つにはですね、あの、戦争になると、ま、経済を活成させて、え、生産力を上げないといけないということになりますから、やはり、え、戦時下の日本の金融機関 銀行の役割ま、ちょっとあの難しいんですけども、ある程度インフレには目をつぶ金融を緩和するとうん。

で、経済を活性化させるとはい。いうことをやることになります。ですから金融緩和ですね、1つにはうん。うん。あともう1つは戦争遂行のために国際を発行しますから、もう金融期間ですから国際を買うとうん。いうことです。うん。ですからこの大きな2つの目的うん。ふん。をで、え、金融活動を、ま、千には行うという風なことになります。なるほど。

ま、金融緩和や、ま、あるいは国際を買うとなると、ま、それだけ負債というか、ま、バランスシートっていうのは膨らんでいくわけですけれども、その戦前と、ま、先住に比べてこうした特集銀行とかあるいは日本国自体のバランスシートっていうのはどれぐらいこう変わっていったもんなんでしょうか?そうですね。

ま、あの、銀行によって違うんですけれども、例えば日本国全体でのバランスシートっていうのは特徴、あの、特色的に言えるのは国際の発行残だと思いますけども、太平洋、太平洋戦争回線前とで、太平洋戦争が終わって、ま、あの、戦治国際が発行が終わったというその4年近くの間にどれぐらい国際発残高が増えたかっていうと10倍ぐらいになってるんですね。10倍ですか?4年の間に10倍ですね。はい。はい。はい。はい。10倍を超えるぐらいです。

はい。はい。はい。

で、他にもあの銀行とかはい。横浜金銀行なんかはあの外国での金融活動で軍の支払いとかあと軍に一部貸し付けとかもやってましたので100倍ぐらいにバランスシートが膨らんでるんですね。

うん。ええ。で、国内の銀行では、ま、5倍とか7倍とかそれぞれ銀行によって違いますけども、少なくともかなりの割合であの大きく膨らんだっていうのは実態としてありました。はあ。戦事中とはいえ、そうしたバランス士と持ってる銀行に対して、ま、国民というか市民っていうのはどれだけ信用してたんでしょう?

ま、一応ですね、やはり日本人はあの、心情として、ま、政府に対する信用、ま、当時はですね、今はわかんないですけども、ま、当時あの非常に高いものがありましたので、ま、あの、日本銀行だと、で、政府の発行する国際だと、で、ま、政府があの、ある程度経営に関与している特殊銀行の、あ例えば金融祭なんか発行するんですけども、そういうものだったら、ま、信頼はしていたと。

え、なるほど。バックに日本政府がついていると、最後は助けてくれるだろうと。そうですね。ああ、そうはいかなかったっていうところがあると思うんですけれども、実際にこの、ま、線費ですよね。

ま、当時の額で、えっと、昭和19年度の選費ですけど、735億円当時の額で、で、昭和19年の日本のGNPが745億円ということで、およそ、ま、日本の生産された付加価値の99%が使われたって普通じゃ考えられないような数字になってると思うんですけども、これには本書ではあるからんだという風に書かれてます。どういう空クなんでしょう。そうですね。

ま、実際にはですね、これ、あの、99% GNP99%が戦費に消えたカラクリっていうよりは、ま、半分近くが戦争目的に使われたと。で、残りの半分は、ま、日本国内の経済活動に使われたということなんですけども、じゃあなぜここで99%っていう数字になるかと言うとですね、その99%の半分近くは、ま、中国で、中、主に中国大陸で使われた。うん。ふん。じゃあ、中国でのその半分の戦費っていうのはどういう風に調達したかって言うとはい。

中国も日本の占地域があるわけですね。はい。あ、占領地域で新日政権っていうのを充立するわけです。はい。はい。名政権です。で、大朝名政権はあの政治機構も持つけれども中央銀行も設立すると。あ、そうなんですね。で、大朝名政権の中央銀行からお金を借りるとで、それを現地で使うという形にしたわけです。はい。はい。はい。ですから朝名政権の中央銀行からお金を借りて使うわけですから、これ日本の副加価値全然使ってないんですよね。

うんうん。そうですね。はい。

ただし朝名政権から借りてるんでうん。 王朝名政権に借りましたていう記録が残るわけです。はい。この記録がその50%になるわけです。なるほど。ですから日本の純粋な付加価値は50%使いました。うん。うん。 王朝名政権が借りたのが50%49%とか50% 足して99%っていうことですね。

うん。はあ。あ、なるほど。

え、そういう借り方はありなんですね、当時は。ま、逆にですね、あの、当時私も色々調べたでは当時戦争第二次世界大体大佐を戦っていたアメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、ソ連はい。うん。

この主要国ではこういうやり方で選秘を調達していたのは日本だけです。そうなんですか。うん。

ふん。ふん。

他の国っていうのは具体的に例えばどういう選挙の調達の仕方をしてたんでしょう?ま、あの、戦上のあの携帯があのあるんですけども、例えばヨーロッパ戦なんかではですね、各国の戦費調達方法現地にあの例えばドイツが侵政権を設立するとはい。で、ソ連が新ソ連政権を設立するということはもうなかったわけですね。

もう地上戦でドイツがあの占領 領域を広げるという形になってましたからそういうことはやってないと。うん。うん。で、イギリスに関してはインドとかあのビルマは職民地だったと。で、日本が占領したりっていうのがありますけれども、これはあの占領ってはもうすでに職民地であったプラスそこではあのイギリスのポが流通してましたから別に現地の政府が中央銀行を設立してであの通貨を発行するということはなかったわけです。

なるほど。

もう通貨権がそこで出来上がってたわけですね。今度のでけがあの占地域はそれぞれ独自の通貨を発行するとで日本園は日本円だけとでここの交換というのはやるけれども日本園がそのままあの占領地域中国大陸とかまあ一時期フィリピンとかまあのインドネシアも占領しますけどそこで日本円が流通するという形態は取らなかったんですね。

なるほど。

ま、これだけ、ま、お金を使うというか、ま、インフレーション、ま、要はたくさんお金を吸ったりとか作ってるわけじゃないですかとなると、ま、危金属っていうのは、ま、自然と火兵で使うわけですから減ってくわけですよね。

この辺り結構民間の金属から例えばお寺のお金からあの教室したとか色々ありましたけど、当時こういう増局は、ま、金属材料の罰則についてはどう対応してたんでしょう?そうですね。あの、金属効果では、ま、今でもニッケルとか造幣局の金属不足への対応胴とか、あの、アルミとか使いますけども、え、まずニッケルはあの、 鉄、あの、鉄時にニッケルをあの転加するとですね、

これ後半硬い、え、後半が作ることができるということで、ま、軍事用の後半を作るには欠かせないあの気象金属になるわけですね。

はい。で、当然それは日本では算出しませんから外国から輸入するとそうですよね。しかし戦事重要がものすごく膨らんできますから、もう効果なんかに使ってる余裕はないということで、まずニッケルかはだんだんだんだん廃止になるか、もしくは大きさを小さくするしてですね。で、余ったニケルはもう軍事用に回っていくということやるわけですね。うん。結構さなことをしますね。

はい。そうですね。で、次にターゲットになるのがアルミです。アルミでアルミはあの飛行機の材料ジュラルミンはあれアルミ合金なんですね。そうなんですね。ええ。ですからもアルミもできるだけアルみかま今でも一円効果ってアルみですけれども、ま、当時もあの低価格の効果っていうのはうん。

アルみで作っていたんですけどもそれを直径を小さくするとで厚さも薄くするということで0.1g0.2g 軽くしてですね。で、それ余った分はもうあのアルミ加工に持っていってジュラルミリを作ると飛行機の材料にするということやってたんですね。はいはいはいはい。で、私ちょっと計算してみたんですけども、当時のアルミ効果の発酵数とその0.1g、0.5g 軽くなりましたっていうのかけて、じゃ、どれぐらいの飛行機が作れるか。

う、そうです。気になりますよね。

大体100期ですね。あ、そんなに作れるんですか?1年で100期です。1年で。はい。1年で100期ですけども、もうあの頃になると年間の生産あと例えば昭和19年でありますともう1万5000機とか作るんですね。そうか。だから100期はもう夜景石に水になるかならないかぐらいですね。

ですよね。しかも特に後半はかなり負けが続いていた中でやっぱ何十とね、1回の戦いでなくすわけですから。

そうですね。あまりじゃあ効果なかったのかもしれない。

効果はなかったんですけども、まあ一応はい。あの、努力は傾けたとしないうことですね。い、涙ましいですけれども、ま、これ結構その歴史にも通じる話だと思ってまして、ま、ローマ帝国なんかでもやっぱ金がね、だんだんその金貨の、ま、岩有料が減ってってそれを、ま、要は市民が気づき始めて実際崩壊に向かっていくわけですけども、かなり似てますよね。

そうですね。

ま、あの、ローマ帝国の場合は、あの、金の岩油量が減ってくると、ま、当然あの両害っていうのがですね。

で、あの、眼油量が減る前の効果、減った後の効果っていうのはちゃんと分かって、で、それの交換費比率ってのは彼ら計算してで、取引をやっていたと。

ま、小取引が複雑になるという弊害はあったんですけども、そういう形であの、解決していたと。

うん。で、日本の場合はですね、これ効果ですから、あの、油が、あの、アルみの、あの、熱さが薄すくなるなろうが、あの、直径が小さくなろうが、ま、 10線なら10線、5000線なら5線ということになりますから、そこはあの流通上の弊害はあんまなかったと。うん。ま、そうですけれどもね。

いや、たくさん発行してやっぱインフレになるところも問題ですし、やっぱ裏付けにする、ま、金、ま、要は中央銀行に対する森も若干揺らぎよそうな気がするんです。そうですね。はい。

でも最後はですね、もうアルミもあの発酵する余力がないと薄く仕様が直小さくしようがでもアルミカを廃止しちゃうんですね。はい。あ、アメリカ、それやめちゃったんですか?え、やめてで、じゃあどうするんだと小学効果はどうするんだって言ったらも1つ、えっと、アイデアが出たのは当期でやると当期あの要はお皿とかに使う登期そうですね。で、これはあの歴史的には前例がありまして、第一次世界大戦の末金ですね、やはりドイツはい。

が、そうなんですか。

ドイツがもうあの金属兵用のあの金属がもうなくなってきたとうん。いうことで線であの当期の有名な線であの登期効果を発あの製造してこれ実際に流通してるんですね。そうなんですか。線みたいなものがあったんですか?そう。

へえ。ではあのま、当期で有名なあの清水焼きの清水あのですね。あと有田ですとか瀬戸ははいはいはいはい。

で、え、作ったんですけれども、ま、ここら辺はあの結局作って、え、ま、倉庫に保存して、で、その間に修正になってしまったんで、全部廃棄あ、実際には使われなかったんですね。

いや、でもそこまで追い詰められてたってことですよね。そうですね。あともう1つですね。あの、当期もあの当期で賄直っていうのともう1つは小学市紙兵。はい。あの、じゃあもう紙幣にしてやお、してしまおうと、これは実際に発行されました。ま、今の我々の感覚という100円玉とか500円玉をこれも効果はもう作れないんで、じゃあこれ500円市幣にしちゃおうと、 100円市幣にしちゃおうということですね。

はい。はい。はあ。

結構小銭にでね、持ってるよりかはね、たくさん使う紙幣ですから、ちょっとボロボロになったりとかあんまり使い勝手良さそうじゃないですか。まあ、そうですね。でも背に腹は変えられないと。

ああ、なるほど。はい。

ま、そんな中でですね、やっぱ戦家でのゴールドの役割っていうのはかなりあの役割を果たしてたっていうこと本書で書かれてます。で、日本は戦日中にですね、この最散を度返した状態で、ま、参金の算出に務めたと書かれてますけれども、これどういう意図がって行われたことなんでしょう?ま、基本的にあの大外的なあの取引例えばヨーロッパのイギリスとかあのアメリカとか採算度外視の産金の意図はい。

と、あの、それまで戦争が始まるまでは貿易やってで、決済をしなければいけなく、しかし戦争が始まるともう貿易もないんで、決済もしなければする必要もないんですけども、日本園の通貨、もしくは日本の勢力権にあるうん。うん。あの、占地の通貨の信用を維持しなければいけない。

それは現地の住民がどういう風に見てるかっていうのも含めてですね。はい。はい。その裏付けになるのは先ほど言いましたけど、直接的には関節的には金の保有量なんですね。

はい。はい。

た、そういう風なあの現地に対するあの占地においての日本の通貨、日本に勢力化のある地域で発行された通貨の信用を高めるために金を必要としていたということがあります。

うん。うん。なるほど。

しかも他にはその要は裏付けだけではなくてゴールドって別の役割も果たしてたということでドイツの技術共与の見返りでゴールドを支払っていたってこともあったんですよね。そうですね。

これをま、あの、ドイツ政府があの、要求してきたということなんですね。ま、日本はあの、一応ドイツの間にはドイツにはあの、当時まだあの横浜金銀行のベルリン視点がありましたから、ま、銀行感のかわせ取引であの支払っても代金を支払ってもいいんですけども、ドイツは金をそのまま輸送してきてくれと。

はい。直接ですか。はい。ええ、でせ、それはもう潜水艦で運ぶということになったんですけれどもはい。はい。あの、やはりドイツは2本以上に金の不足に悩んでましてうん。うん。

うん。で、やはりドイツも同じように自分たちの通貨の信用を維持するためには金の存在っていうのは必要とするわけですけども、日本以上に不足してましたから、もうその技術共与の代金を金で払ってくれとはい。はあ。

これ実際、ま、正解権を失ってるような時期もあったと思うんですけど、あのゴールドをどれだけ実際に輸送できたんですか?えっとですね、

はい。あの、4tとかもうあの、10t以上は無理です。うん。うん。潜水艦で運びますし、潜水艦は小さいので、え、輸送料に限界があるんですね。ですから4tとか2tとかそのレベルで運んでで2回トライしてですね、1回は激沈されてるんですね。

あ、じゃあ海の下にもう何かの金が眠ってるわけですか?そうですね。

まあ、一生懸命探せばいや、何ていう下だと思いますから大変だと思いますけど。でも1回は成功して大洋でドイツの潜水艦とうまく打ち合ってで、そこで金を渡してで帰ってくるとえ、へえ。

Uボートでゴールド輸送してたんですね。ま、日本は日本の潜水艦。あ、そうなんですね。しかもこのゴールドに関しては、ま、線の生産でも非常に役立ったという風に記術がありましたけど、どれぐらいの高力というか役割を果たしたんでしょう?そうですね。

で、これは、ま、あの、市場の価格変動が追い風になったというのもあるんですけどもはい。あの、金の価格がですね、 終戦期にはだんだん上がってくるんですね。うん。で、大体1年の間に40倍ぐらいに上がるんですよ。

うん。ふん。ふん。ふん。

で、40倍ぐらいに上がるとで、その日本の横浜金銀行の北京とかはい。あの、朝鮮銀行の北京にいわゆる日本政府が預けてある金があるとはい。で、抽選がもうポツ宣言がを受するという風に政府が決定した時にじゃあ当時の大クラシでは何したかって言うとうん。 王朝面政権からこんだけ借りてるとはい。これをもう回線が決定する前にもう一挙にうん。生産してしまおうとうん。

ふん。うん。

いうことでその45倍に市場価格が上がった金をですね、 1居に売却するんですね。うん。なるほど。で、名政権から借りてたお金の9割以上はもうそれで返済が終わってしまう。はあ。いうことです。

はい。これあのあれなんですね。彼らがもう1刻も争う形でそれやったのは理由は2つあってですね。え、1つはうん。あの日本がポツダム宣言を受け入れますとはい。で戦敗線になりますという風になると当然占軍が来るわけですね。うん。そうですね。そうすると占領軍がその日本政府の資産っていうのを摂取するわけです。なるほど。じゃあ見動き取れなくなってしまうんですね。

で、金も売れなくなります。ああ。だから金は占軍がに摂取される前に売る必要があったわけですね。

なるほど。

これが1つです。はい。はい。で、もう1つは40倍ぐらいに上がった金の価格。これがいつ落ちるか分からないわけですよね。そうですね。はい。はい。ですからこのタイミングを逃すとせっかくあの今のこの瞬間で売ればうん。応明政権に借りてるあの借金の9割ぐらい返せるのにうん。これが残るかもしれないと。

そうですね。

で、残った場合はですね、これは当然、えっと、その王朝名政権の債権も連合国が接取しますからだから今度連合国に返さなければいけないと。なるほど。そうすると返済債務の返済交渉。これはあのちょっとやこしくなんですね。場合によってはあの賠償金として扱われるかもしれませんから。

うん。うん。うん。うん。うん。

だから日本の、ま、フリーハンドが効く間に返済してしまうと価格もちょうどいいということですね。なんかあれですね、あの替介入じゃないですけどすごいいいタイミングでその当時の大倉は売り抜けたと言い方がいいのか悪いかわからないですけど、ま、タイムが良かったってことですよね。

良かったです。ああ。

で、あの、売った後は当然市場に金が放出されますから。そうですね。 金の価格が急落するんですね。はい。はい。はい。実際の太平洋を戦争中、そして、ま、第 2 世界対戦中の、ま、金の価格の推移ってのはどういう風な感じになってたんでしょう?あの、初めはですね、昭和、例えば昭和16年とか17年あたりは、ま、少しずつ上がっていたということですけども、やはり、戦時中の金の価格推移あの、18年、19年になると急に上がってくるんですね。

はい。はい。

これはもうあの、戦争のあの、列度が上がってきたと。ああ、そういうことですね。ことでこれはあの市場価格にもいろんな市場があるんですけども、もう国際的な取引がないですから日本の場合あの中国で売却するとで朝名政権に対して売却する場合にあの大きく関係するのは中国内での金の価格なんですね。

なるほど。うん。

で、中国内はちょっと事情がやこしくてですね、日本と中国が戦争していると。え、で、戦争して中国は戦争していながら、やはり日本と退治しながらも国民党と共産党の間でのあの通り合ってのはあるわけですね。そうですね。はい。ですからそういう形でやはりあの正常不安うん。うん。なことがあってですね、

中国は特に金の価格は急上昇したと。

そうだったんですか。あはあ。なるほど。いう風な、ま、日本にとっては、ま、あの、大きなメリットがあったということあります。そうんですね。

ま、中国のマーケットがあったからこそれだけの価格でっていうことあったんですね。なるほど。ま、この、ま、ゴールドって、ま、裕の金って言われてましたけども、それ以外にもやっぱ戦事中にはいろんな、ま、形で、ま、紙幣とか通貨っていうのは出てたと思います。そん中で、ま、有名なのは軍票というものですよね。はい。基本的に占領されたところの軍が取って変わるっていうのが、ま、通例だと思うんですけどもはい。あまりそういう状況にはならなかったっていうような話もあるんですよね。

そうです。ま、マ州ではあの面白いことに、え、ソ連が、ま、入ってくる。あの、満州で軍票は通用したか8月9日にソ連が攻めてきますから。で、ソが攻めてるめて占、ま、ソ連の地域ではソ連軍は軍票を発してで現地調達するともを買ったりするんですけども、現地のマ州の人たちが、ま、どういう風な行動を取ったかって言ったら、ま、軍票は受け取ってもすぐあの旧満州のあの中央銀行発行の通過に変えてしまうんですね。

はい。なぜですか?ていうのは、あの、やはりこれはあの長いこと、えっと、マ州のあの中央銀行の通貨っていうのを使ってきたというので慣れがあるということで、で、ソ連の軍票っていうのは、ま、いつ一応マ州はあの中国の領域なんでつ引き上げるかもしれないとそうですよね。

いう風なこともあったんで、そう、引き上げると当然それはうん。本来であればですね、あの、軍票は引き上げる時にはこれ生産してで、現時の今度新しい政府が充実されとその通貨と交換するという風な処理をしなければいけないんですけども、ま、そういう風なちゃんとした経費処理を、え、ソ連がやるかどうかっていうには不安があったと。信用されてなかったんですか?そうですね。

ただしこれは別にあのマ州に見られたあの例ではなくてですね、その今まで使った通貨をその政権が崩壊しても使い続けるっていうのは面白い。 面白いってか似たような話は五新戦争の時にもあってですね。はい。そうなんですね。で、江戸幕府が倒れました。で、新聖風軍が来ました。

で、新聖軍は新しい通を発行するんですけども、やはり江戸時代に使ってた古盤とか、あの、ま、あの、どうかとかが流通するわけですよね。で、もうなかなか庶民はその慣れた通貨を手放さないんで、新政府もそれを一定期間流通を認めるわけです。なるほど。面白いですね。

じゃあ、満州銀行のこの万銀家って呼ばれてたものは終戦後上くにはすぐにはならなかったんです。ならなかったです。へえ。その当時の万銀と裏付けはあったんですか?ま、事実上ないですね。ですよね。で、ま、あの、マ州中央銀行の金、えっと、倉庫って言いますけども、要は本店ですねが、あの、ソ連軍に接取されて、で、そこにある金というのは全てソ連軍が接取しますから、あ、じゃ、裏付けがもうなくなってしまったと。ま、ソ連の手に渡ってしまったと。

なるほど。こですね。

それでもあの当時民衆はま、満州中央銀行の満銀はい。の方を軍費よりはま、選んだということがありました。なるほど。なんかこの金融システムの中でのロジックと実際に市民が感じるその信用っていうのはちょっと帰りがあるのかもしれないですね。そうですね。ま、ただしあの長い時間かけてですね。今度あのソ連軍が引き上げた後には中国の初めは国民党軍はい。

はい。で、共産党軍で最後的にはまた国民当軍が来てで、新しい新政中国の通学制度っていうのをあの充実しますけれどもそれに少しずつ変えていったと。この時はマ州満銀はあの上くという形にしないですね、もう交換して入れ替えるという形を取ってます。そうなんですね。

ま、なり色々とお話を伺ってきましたけれども、実際に今もこう世界各しで紛争が起きている中で、ま、例えば経済制裁とか、ま、金融という形で、ま、金融がもう武器として使われてるような状態になってるかなと思います。こう戦争におけるこの戦争と銀行の、ま、歴史から我々がこう組み取るべき教訓ってのは野さんどのように考えますか?戦時通過から得る教訓ま、1つにはですね、あの、やはりあの通貨に対する信頼っていうのは、ま、あの、その通貨のバックにいる政府に対する信頼なんですよね。

はい。はい。

ですから、ま、先ほどあの、ソの軍票が信頼されなかったというのはやはりうん。あの、当時のマシの人たちにとってソ連の信頼とあんまりなかったということですから、ま、現代においてもですね、政府に対する信頼があって初めて通貨感に対する信頼があの生じるということ。

これはあの時代が変わっても変わらないのかな、基本的にはという風に思います。ただですね、通貨の携帯ってのも色々変わってきてますよね。ま、この当時この少し前は金本引でした。しかし戦争の始め始まる頃にはもう金本引なくなってきたと。うん。そうするとやはりなおさらあの政府の姿勢っていうのが問われるわけですね。管理通貨制度ちゃんと政府が管理しているかどうかということ。

うん。うん。で、現代においては、ま、あの暗護資産のようなもの出てきてるはい。

はい。で、面白い例がですね、あの、ウクライナで、あの、ロシアが進行した2022年はい。え、の時にですね、西川諸国が、ま、あの、避難民の支援をしようということで募金活動するとで、それを現金を、あ、ま、振り込む形でウクライナに送ろうとしたら当時のゼレンスキー大統領はですねはい。あの、振り込みっていうか、あの、現金の送金は歓迎するとはい。

で、暗護資産で送ってくれっていう言ってきたんですね。え、ええ。あの、ドルじゃなくてですね。ま、そういうこともこれありですね。はい。で、暗護資産の存っていうのもですね、こういう風なあの国際政治、国際紛紛争のうん。え、ま、あの、外部から支援する時のツールの1つにもなってきているというのが実際にありました。

あ、そうなん。暗号資産っていうのはかなり、ま、要は今までは中央集権的な森林があってでしたけど、それを分散する形になってるわけですよね。で、一応、ま、技術的に例えばスマートコントラクトがあったりとかそういう、ま、はい。 要は優意性があるから、ま、買なんだっていう話もありますけど、結構その買であるロジックってのはなかなか見えないところもあるじゃないですか。

やっぱこれから先の安全資産になり得るってことなんでしょうかね。はい。ま、少なくともですね、あの、日本とか西川諸国に比べてウクライナではウクライナ当時ですね、あのロシアが進行した当時うん。

はい。え、暗護資産の普及率は世界 4番目だったんですよ。あ、そうだったんですか。た、ま、彼らウクライナ国民は暗号資産の運用に慣れてたっていうのもあったと思うんですね。そういうことなんですね。うん。

当時のウクライナの実際の通貨に対する森認っていうのは揺いてたんでしょうか?ま、当然揺らぎます。あれだけの強いあの攻撃を受けるとですね。えで、当初はもう数週間でウクライナの国自体が消滅するんじゃないかっていう風に思われてましたので。そう。うん。うん。やはりその裕二次の、ま、要は通貨に対する森林でどんどんそういう、ま、キャスティングボードを握る存在ってのは変わってくると。そういうことなんですね。いや、本当にこの本書を拝見してて、そしてお話を伺ってて、太陽戦争の時の話が今にも通定する話たくさんありますよね。そうですね。うん。

ま、あとお金だけではなくてですね、ま、私はあの時々、え、話してるんですけども、ま、当時のあの、なんて言うんですか、職業に対するあの使命感みたいなものがですね。はい。おお。やはりあのソ連軍があの迫ってくるところにいやはい。あの一般の人があの現金を下ろしに来たと。銀行に下ろしに来たけどもう金庫に現金がないとだから現金を持っていけという形でもうリュックに入れてですねあのソ連軍が来てようがあの海名を超えようがもう現金を持っていったという風な逸がいろんなところにあるんですね。うん。

いやあ時のバンカーの使命感っていうのがね、そういうとこで買見えますよね。で、バンカーだけじゃなくておそらくですね、当時のあの人達っていうのはそれぞれ持ち場持ち場の仕事に対する使命感とそれがぐらい強かったんじゃないかなっていう風に思うんですね。

うん。うん。うん。うん。

え、当時はそのマ州、中央銀行とか朝鮮銀行は、ま、それは朝鮮の方とかマ州の、ま、実際に住まわれてる方も働かれてたわけですよね。その方たちも、ま、本当に、ま、独自業務めに最後の方まで当たられてきた。

そうですね。ああ、なるほど。はい。すごいなんかアンビバレントな感情だと思いますけども、そこはやっぱ最後までめ果たそうってのがあったんですね。

そうですね。で、日本人の経営人は軽人で、ま、ずれもうあの修戦後は閉鎖になるというので、彼らの退職をどうするのかとかですね。

うん。あ、そういう風なところまでし、あ、手当てするという風なことはやってました。

うん。なるほど。これ金融の、ま、教訓だけではなくてヒューマンヒストリーとしても読める殺ですよね。大変勉強させていただきました。ありがとうございます。今回のプラスヒストリーは防衛研究所の小野さんでした。小野さん、ありがとうございました。どうもこさん、ありがとうございました。


(改行なしの文字おこしです)

オープニング
ま、今はと戦争じゃないですけども、意味で行政支出があのんできていると、ま、戦争中の国際の処理、
発行だとかそれを収束に向かっていた努力だとか、ま、大きな参考になるんじゃないかなと。
えっと、昭和19年度の戦費ですけど、 735億円当時の額で昭和19年の日本の
GNPが745 億円ということで、日本の生産された付価値の 99%
が品使われたって日本の純粋な付価値は 50%使いました。 うん。うん。政権が借りたのが50%、
49%とか50%足して99%。 中央国ではこういうやり方で戦を調達していたのは日本だけです。ドイツは金をそのまま輸送してきてくれと。
で、2回トライしてですね、 1 回は激沈されてるんですね。あ、海の下にもう何
t 当場のゼレンスキー大統領はですね、あの現金の送金暗号資産で送ってくれって言ってたんですね。
これから先の安全資産になりるってことなんでしょうか?文芸春獣プラスのダニエルです。今回のプラスヒストリーのテーマは太平洋戦争を支えた銀行とバンカーです。ゲストは防衛研究所主任研究家の小野刑士さんです。小野さんよろしくお願いいたします。
開始
よろしくお願いいたします。 小野さんはですね、昨年の秋に公談者現代新書より太平洋戦争と銀行という新書を出されました。
元々あの防衛研究所主市研究家でいらっしゃいますけれども銀行勤務でいらしたんですよね。
そうですね。あの 8年半ほど銀行に勤務してました。 はい。はい。はい。そこから防衛研究所に入所されてこの太平洋戦争とま銀行というま
2 つの経歴をもけ合わせたような新賞出されましたけど執筆の経ってのはどういったものがあったんでしょう。
そうですね。 あの、ま、たまたまそういうあの、経歴的には私、ま、銀行任務勤務してたとで、今は安全保障とか軍事問題を研究してるという立場にありますけれども、
あの、防衛研究所に入ってからも財政であとか金融だとかわゆる経済問題をずっと研究してたんですね。ま、私の担当として。
ええ。ええ、 で、ま、今回終戦後 80 周年ということで、ま、何かあの、そのメルクマクになるような本をかけないかなという風に思ってたところを、
ま、銀行キーにして書いてみようかなと。 という風に思ったことです。ま、これは累書がないというのが大きかった、同期として大きかったことがあります。うん。
確かにそうですよね。太平洋戦争っていうのはかなり語られ尽くしたように見えるテーマですけれども、その選秘をどうやって調達して弁していたかっていうところは意外と語られてなかったところですよね。
そうですね。所所
そこであの軍事とあの戦争の歴史と経済の問題で研究している方っていうの大体物資導員とかですね。
あと天然資源だとか あと武器の生産は あの鑑定だとか航空機の生産
という風なところに焦点が当ててるんですけどもお金に対してほとんど焦点が当たってないというところはあります。
うん。 このには当たってるけど金融にはなかった。 そうですね。ですから、ま、そこは私逆に言うと、ま、日な分野として、ま、私の、ま、研究として商店が当ててもいいかなという風に思って、で、何本か論文書いたり研究発表して、
で、ま、この本に繋がったというところはあります。 うん。なるほど。ま、これ太平洋戦争だけじゃなくて、やっぱ戦争にはお金が必要ってのはかなり不的なテーマで、今読んでもかなり学びになるとこ多いんじゃないでしょうか?
え、そうですね。うん。 ま、今は、あの、ご案内の通り、えっと、戦争じゃないですけども、意味で、えっと、行政支出があの、できていると。
で、それをどのように調達するか、で、どのように国際発行して、で、それをどのように着地させるかっていうのは大きな行政上のテーマになってますから、ま、戦争中のあの国際の処理、発行だとか、それを収束に向かっていた。
うん。 あの、努力だとか、経緯なんかは、ま、大きな参考になるんじゃないかなという風に思います。
そうですよね。 早速この本書の中身について触れられればなと思っているんですが、この本書の中では度々特殊銀行という、ま、存在が出てきます。
これは戦前そして戦中にま、日本においてすごく存在感を発揮した。 そして、ま、店秘調達でもすごく重要な役割果たしたということなんですけども、そもそも特殊銀行ってどういう銀行なんでしょう?
ま、今で言うとですね、えっと、これに類似した銀行と言いますと、ま、 Jビック、 Jビ、国際協力銀行、
「特殊銀行」とは
協力銀行ですとか、あと政策投資銀行 などが該当しますけれども、
え、制度的にはですね、特殊銀行っていうのは、ま、特殊銀行があるっていうことは、ま、一般の銀行があるということなんですけど、一般の銀行っていうのは銀行法はうん。
という法律があって、で、それに基づいて、え、活動している銀行。 ま、あの、我々が街中で視点なんかを目にする銀行がそうですね。
ええ。ええ。 で、特殊銀行っていうのは銀行ごとに法律が制定されるんです。 うん。うん。
で、政策に即したあの金融活動をやるということで、その金融活動に関しては法律で定められてると。
なるほど。 で、法律に定められた活動をやるし、それによって制限も受けていると
いう銀行、それを特福祉銀行という風に表現してまして、今回新種の中で取り上げてる特殊銀行もそれに該当します。うん。
なるほど。じゃあ法律で定められた範囲内でも活動をするということですよね。日銀みたいなわる中央銀行とはちょっと違った存在という。
そう。そうですね。その代わり行政的な支援も受けられるというメリットはあります。なるほど。
じゃ、結構その間にいるっていうか、民間の銀行と、えっと、地銀行があって、ま、ま、要は政策への有とか、ま、そういうこともしつつって、ま、真ん中ぐらいにいるようなイメージですかね。
そうですね。ま、あの、面白いのはですね、あの、民間の銀行は
トップ、経営トップは遠取りですよね。 そうですね。 で、日銀の場合は総裁。 そうですね。
じゃあ、特殊銀庫はどうかって言うと、基本的には総裁という風に読んでます。 あ、そうですか。え、
はい。ただし一部の特殊銀行は遠取りと いう風に呼んでるところがあるんですけども
はい。 あの大多数多くの特殊銀行のトップは総裁という風な肩書きになってます。
これ総裁と遠取りってこう素人質問なんですけどどれぐらいニュアンスが違うものなんですか?
はい。あ、あれですよね。感覚的には総裁って言った方が割とあの国営組織のような感じが受けると思うんですね。と少し前で言いますと分割される前の
JR はい。はい。 はい。鉄でした国鉄のトップはでした。 確かにそうでしたね。はい。はい。
で、ま、そういう風にですね、ま、国の関与が近いで国営事業に近い組織の経営トップというのは経営形態が民間企業に近くても総裁と
あの名乗ってるケースが多いかなという風なイメージはあります。 あ、分かりやすいですね。 で、今回この本の中では特殊銀行として、ま、主に横浜賞金銀行、そしてマ州中央銀行、そして朝鮮銀行、
ま、台湾の銀行も出てきますけれども、ま、この 3 つが結構あの活躍というかメインに出てくるかと思います。この戦におけるそれぞれのこの特殊銀行の役割について教えていただけますか?
そうですね、あの横浜金銀行っていうのはこれはあの外国かわせ貿易金融を主にやるという目的で明治機に設立されたんですね。
各銀行の戦時下の役割
はい。 これが設立されるまでは日本の貿易金融っていうのはアメリカとかイギリスの銀行に主に委ねてたんですけども、
やはりあの替レートですとかあの手数料関係の点で不利を
あの受けてたわけですね。 そうですよね。 ですからそれは日本の銀行を育てようということでこれはもう政府肝入りで
で法律も作る で資本金は政府も、 え、1/3ぐらいかな出資して
で設立したという銀行がなります。 はい。 で、これで日本の貿易金融を育てていこうと。
ただし戦争となると外国で、えっと戦う場合、外国に資金を持っていかなければいけないと。
そうですね。 そうすると横浜金銀行は外国に視点がありますから、ま、そういう風な戦争に必要な経費も横浜金銀行を通じて送金しようと
いう風な形で、ま、あの、戦争に 協力したと いう風な存在になってきます。
うん。なるほど。 この次のマ州中央銀行ってのはこの消銀行とはちょっと違った存在になるんですか?
そうですね。マ州中央銀行ができたきっかけは、ま、当然あの満州事変 はい。 マンション州事が起きてで、その後に満州国が設立されますけれども、ま、その時にはい。
え、それまで軍閣のマ州を統一した独立国として育てようと
いうことで満ができるで、政府もせ設置されると そこで、え、中央銀行として満州中央銀行ができたということですね。
これができるまでは軍がしてますから軍ごとに通貨が発されると
でそれも軍もえっと通過紙幣も発行すれば効果も発行すると
めんどくさいですね。 でなおかつあのあれなんですよ。ソ連の通貨もそ流通する当時ルーブルですか?
ルーブルですね。ルーブルも流通するという風な外国の通貨も流通してるようなものすごくやこしい形だったんですね。
はいはいはい。 ま、それを、えっと、綺麗にしてで、統一通貨で統一支幣をの制度を確立しようという目的でマ州中央銀行は設立されます。
なるほど。ま、中央銀行ってついてるからやっぱりその中央銀行的な役割を持っていたということですよね。
そうですね。ただ面白いのはあの日本銀行とか、ま、我々が認識しているあの今の中央銀行と違ってですね、商業銀行活動もやってたんですね。
はい。あ、そうなんですか。 ええ、このじゃ次に朝鮮銀行っていうのは、ま、同じように、ま、要は日本の職民地外あった時にできた銀行というとこですけれども、ちょっとここもまた違うところがあるんでしょうか?
そうですね。えっと、大きな違いはですね、 ま、朝鮮はあの、一時期日本の、え、職民地として、え、存在するようになりますけれども、
当初はですね。 当時の第一銀行、渋谷一が設立した第一銀行が、ま、朝鮮の金融活動、中央銀行的な金融活動を担当していたと、
ええ、 いうことだったんですけども、やはり、え、日本とは別に 朝鮮には独立した中央銀行を設立しようということになって設立されたのが朝鮮銀行です。
うん。なるほど。これは朝鮮銀行で独自の、えっと、通貨とか発行してたんですか?
そうですね。 なるほど。 これちなみにマ州中央銀行と朝鮮銀行ってどういうものこう裏付けとして通貨を発行してたんでしょう?
えっと麻州中央銀行とあの朝鮮銀行はあの裏付けとしては金を使ってました。
金うん。 はい。 プラスあの日本円も発行準備として使うと
はあはあはあ いうことですね。で日本円っていうのは日本銀行が発行してます。 はい。 で銀行はじゃあどうしてたかって言うと金なんですね。
うん。 あの金を発行の裏付けとしてたと。 はい。 ですから、え、朝鮮銀行とマ州中央銀行は直接的には金を裏付けにしてた。
関節的にも金を発行してたと。で、その関節的なん 金の裏付きの欠は日本円がになっていたと
いうことになります。 なるほど。ああ、そうなんですね。 で、この、ま、色々と戦において、ま、日本は、ま、経済力、ま、非常に隔たりのある中で、特にアメリカエギリストを戦争してきたわけですけれども、ま、こうした、ま、特殊銀行などがこの、ま、太平洋戦争において具体的にどういった役割を果たしたんでしょう?
1 つにはですね、あの、戦争になると、ま、経済を活成させて、え、生産力を上げないといけないということになりますから、やはり、え、
戦時下の日本の金融機関 銀行の役割
ま、ちょっとあの難しいんですけども、ある程度インフレには目をつぶ 金融を緩和すると
うん。 で、経済を活性化させると はい。 いうことをやることになります。ですから金融緩和ですね、
1つには うん。うん。 あともう1 つは戦争遂行のために国際を発行しますから、もう金融期間ですから国際を買うと
うん。 いうことです。 うん。 ですからこの大きな2つの目的 うん。ふん。 をで、え、金融活動を、ま、千には行うと
いう風なことになります。 なるほど。 ま、金融緩和や、ま、あるいは国際を買うとなると、ま、それだけ負債というか、ま、バランスシートっていうのは膨らんでいくわけですけれども、その戦前と、ま、先住に比べてこうした特集銀行とかあるいは日本国自体のバランスシートっていうのはどれぐらいこう変わっていったもんなんでしょうか?
そうですね。 ま、あの、銀行によって違うんですけれども、 例えば日本国全体でのバランスシートっていうのは特徴、あの、特色的に言えるのは
国際の発行残だと思いますけども、 太平 洋、太平洋戦争回線前とで、太平洋戦争が終わって、ま、あの、戦治国際が発行が終わったと
いうその4 年近くの間にどれぐらい国際発残高が増えたかっていうと
10倍ぐらいになってるんですね。10 倍ですか?4 年の間に10倍ですね。 はい。はい。はい。 はい。10倍を超えるぐらいです。
はい。はい。はい。 で、他にもあの銀行とか はい。 横浜金銀行なんかはあの外国での金融活動で軍の支払いとかあと軍に一部貸し付けとかもやってましたので
100 倍ぐらいにバランスシートが膨らんでるんですね。 うん。ええ。で、国内の銀行では、ま、5
倍とか7 倍とかそれぞれ銀行によって違いますけども、少なくともかなりの割合であの大きく膨らんだっていうのは実態としてありました。
はあ。 戦事中とはいえ、そうしたバランス士と持ってる銀行に対して、ま、国民というか市民っていうのはどれだけ信用してたんでしょう?
ま、一応ですね、やはり日本人はあの、心情として、ま、政府
に対する信用、ま、当時はですね、今はわかんないですけども、ま、当時あの非常に高いものがありましたので、
ま、あの、日本銀行だと、で、政府の発行する国際だと、 で、
ま、政府があの、ある程度経営に関与している特殊銀行の、 あ
例えば金融祭なんか発行するんですけども、 そういうものだったら、ま、信頼はしていたと。え、 なるほど。
バックに日本政府がついていると、 最後は助けてくれるだろうと。 そうですね。 ああ、
そうはいかなかったっていうところがあると思うんですけれども、実際にこの、ま、線費ですよね。
ま、当時の額で、えっと、昭和19年度の 選費ですけど、735億円当時の額で、で
、昭和19年の日本のGNPが745億円 ということで、およそ、ま、日本の生産さ
れた付加価値の99%が使われたって 普通じゃ考えられないような数字になっ てると思うんですけども、これには本書で
はあるからんだという風に書かれてます。 どういう空クなんでしょう。そうですね。 ま、実際にはですね、これ、あの、99%
GNP99%が戦費に消えたカラクリ
っていうよりは、ま、半分近くが戦争目的に使われたと。で、残りの半分は、ま、日本国内の経済活動に使われたということなんですけども、
じゃあなぜここで99% っていう数字になるかと言うとですね、 その99%
の半分近くは、ま、中国で、中、主に中国大陸で使われた。
うん。ふん。 じゃあ、中国でのその半分の戦費っていうのはどういう風に調達したかって言うと
はい。 中国も日本の占地域があるわけですね。 はい。 あ、占領地域で新日政権っていうのを充立するわけです。
はい。はい。名政権です。 で、大朝名政権は あの政治機構も持つけれども中央銀行も設立すると。
あ、そうなんですね。 で、大朝名政権の中央銀行からお金を借りると で、それを現地で使うという形にしたわけです。
はい。はい。はい。 ですから朝名政権の中央銀行からお金を借りて使うわけですから、これ日本の副加価値全然使ってないんですよね。うんうん。そうですね。
はい。 ただし朝名政権から借りてるんで うん。 王朝名政権に借りましたていう記録が残るわけです。
はい。 この記録がその50%になるわけです。 なるほど。 ですから日本の純粋な付加価値は
50%使いました。 うん。うん。 王朝名政権が借りたのが50%49%とか 50%
足して99%っていうことですね。うん。 はあ。 あ、なるほど。え、そういう借り方はありなんですね、当時は。
ま、逆にですね、あの、当時私も色々調べたでは当時戦争第二次世界大体大佐を戦っていたアメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、ソ連
はい。うん。 この主要国ではこういうやり方で選秘を調達していたのは日本だけです。
そうなんですか。 うん。ふん。ふん。 他の国っていうのは具体的に例えばどういう選挙の調達の仕方をしてたんでしょう?
ま、あの、戦上のあの携帯があのあるんですけども、例えばヨーロッパ戦なんかではですね、
各国の戦費調達方法
現地にあの例えばドイツが侵政権を設立すると はい。 で、ソ連が
新ソ連政権を設立するということはもうなかったわけですね。もう地上戦でドイツがあの占領
領域を広げるという形になってましたからそういうことはやってないと。 うん。うん。 で、イギリスに関してはインドとかあのビルマは職民地だったと。で、日本が占領したりっていうのがありますけれども、
これはあの占領ってはもうすでに職民地 であったプラス そこではあのイギリスのポが流通してましたから別に現地の政府が中央銀行を設立してであの通貨を発行するということはなかったわけです。
なるほど。もう通貨権がそこで出来上がってたわけですね。 今度の でけが
あの占地域はそれぞれ独自の通貨を発行すると で日本園は日本円だけと
でここの交換というのはやるけれども日本園がそのままあの占領地域中国大陸とか
まあ一時期フィリピンとかまあのインドネシアも占領しますけどそこで日本円が流通するという形態は取らなかったんですね。なるほど。
ま、これだけ、ま、お金を使うというか、ま、インフレーション、ま、要はたくさんお金を吸ったりとか作ってるわけじゃないですかとなると、ま、危金属っていうのは、ま、自然と火兵で使うわけですから減ってくわけですよね。
この辺り結構民間の金属から例えばお寺のお金からあの教室したとか色々ありましたけど、当時こういう増局は、ま、金属材料の罰則についてはどう対応してたんでしょう?
そうですね。 あの、金属効果では、ま、今でもニッケルとか
造幣局の金属不足への対応
胴とか、 あの、アルミとか使いますけども、 え、 まずニッケルはあの、
鉄、あの、鉄時にニッケルをあの転加するとですね、 これ後半硬い、
え、後半が作ることができるということで、ま、軍事用の後半を作るには欠かせないあの気象金属になるわけですね。
はい。 で、当然それは日本では算出しませんから外国から輸入すると
そうですよね。 しかし戦事重要がものすごく膨らんできますから、もう効果なんかに使ってる余裕はないということで、まずニッケルかはだんだんだんだん廃止になるか、
もしくは大きさを小さくするしてですね。で、余ったニケルはもう軍事用に回っていくということやるわけですね。うん。
結構さなことをしますね。はい。 そうですね。で、次にターゲットになるのがアルミです。
アルミ でアルミはあの飛行機の材料ジュラルミンはあれアルミ合金なんですね。
そうなんですね。 ええ。ですからもアルミもできるだけアルみかま今でも一円効果ってアルみですけれども、
ま、当時もあの低価格の効果っていうのは うん。 アルみで作っていたんですけどもそれを直径を小さくすると
で厚さも薄くすると いうことで0.1g0.2g 軽くしてですね。 で、それ余った分はもうあのアルミ加工に持っていってジュラルミリを作ると飛行機の材料にするということやってたんですね。
はいはいはいはい。 で、私ちょっと計算してみたんですけども、 当時のアルミ効果の発酵数とその
0.1g、0.5g 軽くなりましたっていうのかけて、じゃ、どれぐらいの飛行機が作れるか。う、
そうです。気になりますよね。 大体100期ですね。 あ、そんなに作れるんですか?1 年で100期です。1
年で。 はい。1 年で100 期ですけども、もうあの頃になると年間の生産あと例えば昭和
19年でありますともう 1万5000機とか作るんですね。 そうか。 だから100
期はもう夜景石に水になるかならないかぐらいですね。 ですよね。しかも特に後半はかなり負けが続いていた中でやっぱ何十とね、
1回の戦いでなくすわけですから。 そうですね。 あまりじゃあ効果なかったのかもしれない。
効果はなかったんですけども、まあ一応 はい。 あの、努力は傾けたとしな
いうことですね。い、涙ましいですけれども、ま、これ結構その歴史にも通じる話だと思ってまして、ま、ローマ帝国なんかでもやっぱ金がね、だんだんその金貨の、ま、岩有料が減ってってそれを、ま、要は市民が気づき始めて実際崩壊に向かっていくわけですけども、かなり似てますよね。
そうですね。 ま、あの、ローマ帝国の場合は、あの、金の岩油量が減ってくると、ま、当然あの両害っていうのがですね。
で、あの、眼油量が減る前の効果、減った後の効果っていうのはちゃんと分かって、で、それの交換費比率ってのは彼ら計算してで、取引をやっていたと。ま、小取引が複雑になると
いう弊害はあったんですけども、そういう形であの、解決していたと。 うん。 で、日本の場合はですね、これ効果ですから、あの、油が、あの、アルみの、あの、熱さが薄すくなるなろうが、あの、直径が小さくなろうが、ま、
10線なら10線、5000線なら5 線ということになりますから、 そこはあの流通上の弊害はあんまなかったと。うん。
ま、そうですけれどもね。いや、 たくさん発行してやっぱインフレになるところも問題ですし、やっぱ裏付けにする、ま、金、ま、要は中央銀行に対する森も若干揺らぎよそうな気がするんです。
そうですね。 はい。 でも最後はですね、もうアルミもあの発酵する余力がないと薄く仕様が直小さくしようがでもアルミカを廃止しちゃうんですね。
はい。 あ、アメリカ、それやめちゃったんですか?え、 やめてで、じゃあどうするんだと小学効果はどうするんだって言ったらも
1つ、えっと、アイデアが出たのは 当期でやると 当期あの要はお皿とかに使う登期
そうですね。で、これはあの歴史的には前例がありまして、第一次世界大戦の末金ですね、やはりドイツはい。
が、 そうなんですか。 ドイツがもうあの金属兵用のあの金属がもうなくなってきたと
うん。 いうことで線であの当期の有名な線であの登期効果を発あの製造してこれ実際に流通してるんですね。
そうなんですか。線みたいなものがあったんですか? そう。 へえ。 ではあのま、当期で有名なあの清水焼きの清水あのですね。あと有田ですとか瀬戸は
はいはいはいはい。 で、え、作ったんですけれども、 ま、ここら辺はあの結局作って、え、ま、倉庫に保存して、で、その間に修正になってしまったんで、全部廃棄
あ、実際には使われなかったんですね。 いや、でもそこまで追い詰められてたってことですよね。
そうですね。あともう1つですね。 あの、当期もあの当期で賄直っていうのともう
1つは小学市紙兵。 はい。 あの、じゃあもう紙幣にしてやお、してしまおうと、これは実際に発行されました。
ま、今の我々の感覚という 100円玉とか500円玉を これも効果 はもう作れないんで、じゃあこれ
500円市幣にしちゃおうと、 100 円市幣にしちゃおうということですね。 はい。はい。はあ。
結構小銭にでね、持ってるよりかはね、たくさん使う紙幣ですから、ちょっとボロボロになったりとかあんまり使い勝手良さそうじゃないですか。
まあ、そうですね。でも背に腹は変えられないと。あ あ、なるほど。 はい。 ま、そんな中でですね、やっぱ戦家でのゴールドの役割っていうのはかなりあの役割を果たしてたっていうこと本書で書かれてます。で、日本は戦日中にですね、この最散を度返した状態で、ま、参金の算出に務めたと書かれてますけれども、これどういう意図がって行われたことなんでしょう?
ま、基本的にあの大外的なあの取引例えばヨーロッパのイギリスとかあのアメリカとか
採算度外視の産金の意図
はい。 と、あの、それまで戦争が始まるまでは貿易やってで、決済をしなければいけなく、
しかし戦争が始まるともう貿易もないんで、決済もしなければする必要もないんですけども、
日本園の通貨、もしくは日本の勢力権にあるうん。うん。 あの、占地の通貨の信用を維持しなければいけない。それは現地の住民がどういう風に見てるかっていうのも含めてですね。
はい。はい。 その裏付けになるのは先ほど言いましたけど、直接的には関節的には金の保有量なんですね。
はい。はい。 た、そういう風なあの現地に対するあの占地においての
日本の通貨、日本に勢力化のある地域で発行された通貨の信用を高めるために金を必要としていたと
いうことがあります。うん。うん。なるほど。しかも他にはその要は裏付けだけではなくてゴールドって別の役割も果たしてたということでドイツの技術共与の見返りでゴールドを支払っていたってこともあったんですよね。
そうですね。 これをま、あの、ドイツ政府があの、要求してきたということなんですね。 ま、日本はあの、一応ドイツの間にはドイツにはあの、当時まだあの横浜金銀行のベルリン視点がありましたから、ま、銀行感のかわせ取引で
あの支払っても代金を支払ってもいいんですけども、ドイツは金をそのまま輸送してきてくれと。 はい。直接ですか。
はい。 ええ、 でせ、それはもう潜水艦で運ぶということになったんですけれども はい。はい。
あの、やはりドイツは2 本以上に金の不足に悩んでまして うん。うん。うん。 で、やはりドイツも同じように自分たちの通貨
の信用を維持するためには金の存在っていうのは必要とするわけですけども、
日本以上に不足してましたから、 もうその技術共与の代金を金で払ってくれと はい。はあ。これ実際、ま、正解権を失ってるような時期もあったと思うんですけど、あのゴールドをどれだけ実際に輸送できたんですか?
えっとですね、 はい。 あの、4tとかもうあの、10t 以上は無理です。
うん。うん。 潜水艦で運びますし、潜水艦は小さいので、え、輸送料に限界があるんですね。
ですから4tとか2t とかそのレベルで運んで で2回トライしてですね、
1 回は激沈されてるんですね。あ、じゃあ海の下にもう 何かの金が眠ってるわけですか?
そうですね。 まあ、一生懸命探せば いや、何ていう下だと思いますから大変だと思いますけど。
でも1 回は成功して大洋でドイツの潜水艦とうまく打ち合ってで、そこで金を渡してで帰ってくるとえ、
へえ。U ボートでゴールド輸送してたんですね。 ま、日本は日本の潜水艦。
あ、そうなんですね。 しかもこのゴールドに関しては、ま、線の生産でも非常に役立ったという風に記術がありましたけど、どれぐらいの高力というか役割を果たしたんでしょう?
そうですね。で、これは、ま、あの、市場の価格変動が追い風になったというのもあるんですけども
はい。あの、金の価格がですね、 終戦期にはだんだん上がってくるんですね。
うん。 で、大体1年の間に40 倍ぐらいに上がるんですよ。 うん。ふん。ふん。ふん。 で、40
倍ぐらいに上がるとで、その日本の横浜金銀行の北京とか はい。
あの、朝鮮銀行の北京に いわゆる日本政府が預けてある金があると
はい。 で、抽選がもうポツ宣言がを受するという風に政府が決定した時に
じゃあ当時の大クラシでは何したかって言うと うん。 王朝面政権からこんだけ借りてると
はい。 これをもう回線が決定する前にもう一挙に うん。 生産してしまおうと
うん。ふん。うん。 いうことでその45 倍に市場価格が上がった金をですね、 1 居に売却するんですね。
うん。なるほど。 で、名政権から借りてたお金の 9 割以上はもうそれで返済が終わってしまう。
はあ。 いうことです。 はい。 これあのあれなんですね。彼らがもう
1刻も争う形でそれやったのは理由は 2つあってですね。え、 1 つはうん。
あの日本がポツダム宣言を受け入れますと はい。 で戦敗線になりますという風になると当然占軍が来るわけですね。
うん。そうですね。 そうすると占領軍がその日本政府の資産っていうのを摂取するわけです。
なるほど。じゃあ見動き取れなくなってしまうんですね。 で、金も売れなくなります。 ああ。 だから金は占軍がに摂取される前に売る必要があったわけですね。
なるほど。 これが1つです。 はい。はい。 で、もう1つは40 倍ぐらいに上がった金の価格。これがいつ落ちるか分からないわけですよね。
そうですね。はい。 はい。ですからこのタイミングを逃すとせっかくあの今のこの瞬間で売れば
うん。応明政権に借りてるあの借金の 9割ぐらい返せるのに うん。 これが残るかもしれないと。
そうですね。 で、残った場合はですね、これは当然、えっと、その王朝名政権の
債権も 連合国が接取しますから だから今度連合国に返さなければいけないと。
なるほど。 そうすると返済債務の返済交渉。 これはあのちょっとやこしくなんですね。
場合によってはあの賠償金として扱われるかもしれませんから。うん。 うん。うん。うん。うん。 だから日本の、ま、フリーハンドが効く間に返済してしまうと
価格もちょうどいいと いうことですね。 なんかあれですね、あの替介入じゃないですけどすごい
いいタイミングでその当時の大倉は売り抜けたと言い方がいいのか悪いかわからないですけど、ま、タイムが良かったってことですよね。良かったです。
ああ。 で、あの、売った後は当然市場に金が放出されますから。 そうですね。
金の価格が急落するんですね。 はい。はい。はい。 実際の太平洋を戦争中、そして、ま、第
2 世界対戦中の、ま、金の価格の推移ってのはどういう風な感じになってたんでしょう?
あの、初めはですね、昭和、例えば昭和 16年とか17 年あたりは、ま、少しずつ上がっていたということですけども、やはり、
戦時中の金の価格推移
あの、18年、19 年になると急に上がってくるんですね。 はい。はい。 これはもうあの、戦争のあの、列度が上がってきたと。
ああ、そういうことですね。 ことでこれはあの市場価格にもいろんな市場があるんですけども、もう国際的な取引がないですから日本の場合あの中国で売却すると
で朝名政権に対して売却する場合に あの大きく関係するのは中国内での金の価格なんですね。
なるほど。 うん。で、中国内はちょっと事情がやこしくてですね、日本と中国が戦争していると。
え、 で、戦争して中国は戦争していながら、やはり日本と退治しながらも国民党と共産党の間でのあの通り合ってのはあるわけですね。
そうですね。 はい。 ですからそういう形でやはりあの正常不安 うん。うん。 なことがあってですね、中国は特に金の価格は急上昇したと。
そうだったんですか。あはあ。なるほど。 いう風な、ま、日本にとっては、ま、あの、大きなメリットがあったということあります。
そうんですね。ま、中国のマーケットがあったからこそれだけの価格でっていうことあったんですね。なるほど。
ま、この、ま、ゴールドって、ま、裕の金って言われてましたけども、それ以外にもやっぱ戦事中にはいろんな、ま、形で、ま、紙幣とか通貨っていうのは出てたと思います。そん中で、ま、有名なのは軍票というものですよね。
はい。 基本的に占領されたところの軍が取って変わるっていうのが、ま、通例だと思うんですけども
はい。 あまりそういう状況にはならなかったっていうような話もあるんですよね。
そうです。ま、マ州ではあの面白いことに、え、ソ連が、ま、入ってくる。あの、
満州で軍票は通用したか
8月9日にソ連が攻めてきますから。 で、ソが攻めてるめて占、ま、ソ連の地域ではソ連軍は軍票を発してで現地調達するともを買ったり
するんですけども、 現地のマ州の人たちが、ま、どういう風な行動を取ったかって言ったら、ま、軍票は受け取ってもすぐあの旧満州のあの中央銀行発行の通過に変えてしまうんですね。
はい。なぜですか? ていうのは、あの、やはりこれはあの長いこと、えっと、マ州のあの中央銀行の通貨っていうのを使ってきたというので慣れがあるということで、
で、ソ連の軍票っていうのは、ま、いつ一応マ州はあの中国の領域なんでつ引き上げるかもしれないと
そうですよね。 いう風なこともあったんで、そう、引き上げると当然それはうん。 本来であればですね、あの、軍票は引き上げる時にはこれ生産してで、現時の今度新しい政府が充実されとその通貨と交換するという風な処理をしなければいけないんですけども、
ま、そういう風なちゃんとした 経費処理を、 え、 ソ連がやるかどうかっていうには不安があったと。
信用されてなかったんですか? そうですね。ただしこれは別にあのマ州に見られたあの例ではなくてですね、その今まで使った通貨をその政権が崩壊しても使い続けるっていうのは
面白い。 面白いってか似たような話は五新戦争の時にもあってですね。 はい。そうなんですね。 で、江戸幕府が倒れました。
で、新聖風軍が来ました。 で、新聖軍は新しい通を発行するんですけども、やはり江戸時代に使ってた古盤とか、
あの、ま、あの、どうかとかが流通するわけですよね。 で、もうなかなか庶民はその慣れた通貨を手放さないんで、
新政府もそれを一定期間流通を認めるわけです。 なるほど。面白いですね。
じゃあ、満州銀行のこの万銀家って呼ばれてたものは終戦後上くにはすぐにはならなかったんです。な
らなかったです。 へえ。 その当時の万銀と裏付けはあったんですか? ま、事実上ないですね。
ですよね。 で、ま、あの、マ州中央銀行の金、 えっと、倉庫って言いますけども、要は本店ですねが、あの、
ソ連軍に接取されて、で、そこにある金というのは全てソ連軍が接取しますから、 あ、じゃ、裏付けがもうなくなってしまったと。
ま、ソ連の手に渡ってしまったと。 なるほど。こですね。それでもあの当時民衆はま、満州中央銀行の満銀
はい。 の方を軍費よりはま、選んだと いうことがありました。 なるほど。なんかこの金融システムの中でのロジックと実際に市民が感じるその信用っていうのはちょっと帰りがあるのかもしれないですね。
そうですね。ま、ただしあの長い時間かけてですね。今度あのソ連軍が引き上げた後には中国の初めは国民党軍
はい。はい。 で、共産党軍で最後的にはまた国民当軍が来てで、新しい新政中国の通学制度っていうのを
あの充実しますけれどもそれに少しずつ変えていったと。 この時はマ州満銀はあの上くという形にしないですね、もう交換して
入れ替えるという形を取ってます。 そうなんですね。 ま、なり色々とお話を伺ってきましたけれども、実際に今もこう世界各しで紛争が起きている中で、ま、例えば経済制裁とか、ま、金融という形で、ま、金融がもう武器として使われてるような状態になってるかなと思います。
こう戦争におけるこの戦争と銀行の、ま、歴史から我々がこう組み取るべき教訓ってのは野さんどのように考えますか?
戦時通過から得る教訓
ま、1 つにはですね、あの、やはりあの通貨に対する信頼っていうのは、ま、あの、その通貨のバックにいる政府に対する信頼なんですよね。
はい。はい。 ですから、ま、先ほどあの、ソの軍票が信頼されなかったというのはやはりうん。
あの、当時のマシの人たちにとってソ連の信頼とあんまりなかったと いうことですから、ま、現代においてもですね、政府に対する信頼があって初めて通貨感に対する信頼があの生じるということ。これはあの時代が変わっても変わらないのかな、基本的にはという風に思います。
ただですね、通貨の携帯ってのも色々変わってきてますよね。 ま、この当時この少し前は金本引でした。
しかし戦争の始め始まる頃にはもう金本引なくなってきたと。 うん。 そうするとやはりなおさらあの政府の姿勢っていうのが問われるわけですね。管理通貨制度ちゃんと政府が管理しているかどうかということ。
うん。うん。 で、現代においては、ま、あの暗護資産のようなもの出てきてる はい。はい。
で、面白い例がですね、 あの、ウクライナで、 あの、ロシアが進行した
2022年 はい。 え、の時にですね、西川諸国が、ま、あの、避難民の
支援をしようということで募金活動するとで、それを現金を、あ、ま、振り込む形で
ウクライナに送ろうとしたら当時のゼレンスキー大統領はですね はい。 あの、振り込みっていうか、あの、現金の送金は歓迎すると
はい。 で、暗護資産で送ってくれっていう言ってきたんですね。 え、 ええ。
あの、ドルじゃなくてですね。 ま、そういうこともこれありですね。 はい。 で、暗護資産の存っていうのもですね、こういう風なあの国際政治、
国際紛紛争のうん。 え、ま、あの、外部から支援する時のツールの
1つにもなってきていると いうのが実際にありました。 あ、そうなん。暗号資産っていうのはかなり、ま、要は今までは中央集権的な森林があってでしたけど、それを分散する形になってるわけですよね。
で、一応、ま、技術的に例えばスマートコントラクトがあったりとかそういう、ま、 はい。 要は優意性があるから、
ま、買なんだっていう話もありますけど、結構その買であるロジックってのはなかなか見えないところもあるじゃないですか。やっぱこれから先の安全資産になり得るってことなんでしょうかね。
はい。ま、少なくともですね、あの、日本とか西川諸国に比べてウクライナではウクライナ当時ですね、あのロシアが進行した当時うん。はい。
え、暗護資産の普及率は世界 4番目だったんですよ。 あ、そうだったんですか。 た、ま、彼らウクライナ国民は暗号資産の運用に慣れてたっていうのもあったと思うんですね。
そういうことなんですね。うん。 当時のウクライナの実際の通貨に対する森認っていうのは揺いてたんでしょうか?
ま、当然揺らぎます。あれだけの強いあの攻撃を受けるとですね。え で、当初はもう数週間でウクライナの国自体が消滅するんじゃないかっていう風に思われてましたので。
そう。うん。うん。 やはりその裕二次の、ま、要は通貨に対する森林でどんどんそういう、ま、キャスティングボードを握る存在ってのは変わってくると。
そういうことなんですね。いや、本当にこの本書を拝見してて、そしてお話を伺ってて、太陽戦争の時の話が今にも通定する話たくさんありますよね。
そうですね。 うん。 ま、あとお金だけではなくてですね、ま、私はあの時々、え、話してるんですけども、ま、当時のあの、なんて言うんですか、職業に対する
あの使命感みたいなものがですね。 はい。おお。 やはりあのソ連軍があの迫ってくるところに
いやはい。 あの一般の人が あの現金 を下ろしに来たと。銀行に下ろしに来たけどもう金庫に現金がないとだから現金を持っていけと
いう形でもうリュックに入れてですね あのソ連軍が来てようがあの海名を超えようがもう現金を持っていったという風な逸がいろんなところにあるんですね。
うん。いやあ時のバンカーの使命感っていうのがね、そういうとこで買見えますよね。 で、バンカーだけじゃなくておそらくですね、当時のあの人達っていうのはそれぞれ持ち場持ち場の仕事に対する使命感とそれがぐらい強かったんじゃないかなっていう風に思うんですね。
うん。うん。うん。うん。 え、当時はそのマ州、中央銀行とか朝鮮銀行は、ま、それは朝鮮の方とかマ州の、ま、実際に住まわれてる方も働かれてたわけですよね。その方たちも、ま、本当に、
ま、独自業務めに最後の方まで当たられてきた。 そうですね。 ああ、なるほど。はい。 すごいなんかアンビバレントな感情だと思いますけども、そこはやっぱ最後までめ果たそうってのがあったんですね。
そうですね。で、日本人の経営人は軽人で、ま、ずれもうあの修戦後は閉鎖になるというので、彼らの退職をどうするのかとかですね。うん。あ、
そういう風なところまでし、あ、手当てするという風なことはやってました。 うん。なるほど。これ金融の、ま、教訓だけではなくてヒューマンヒストリーとしても読める殺ですよね。大変勉強させていただきました。
ありがとうございます。 今回のプラスヒストリーは防衛研究所の小野さんでした。小野さん、ありがとうございました。
どうもこさん、ありがとうございました。

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