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どうやって使うの?と、ちょっとだけ「技術革新の経験」研究のこと。福禄貯炭式石炭ストーブ@「北海道開拓の村」 | 水戸市大場町・島地区農地・水・環境保全会便り









山葵
2021年5月7日 5:56 PM
 貯炭部分の下から燃える ストーブです。そこから煙突方向に向かって燃焼炎が噴出していきます。煙突までの空間は2次燃焼室です。最上部の投入口からも空気を吸うので貯炭部は炎上しない設計です。

 ルンペンストーブといわれるタイプは貯炭部の最上部から線香のように下に向かって燃え移って行く方式です。

 釧路産の石炭販売は一昨年に終了しました。石炭ストーブを使うなら輸入炭を高額で購入するほかないようです。これからはエキシビジョン燃焼とでもいいましょうか・・・残念な話です。札幌に福禄ストーブ発祥の地があるはずです。今は公園になっていてストーブのかわいいオブジェが複数鎮座していたと思います。もうこうなったらバーベキュー用の豆炭でも入れて雰囲気だけでも楽しんでみたいです。焚き火や薪ストーブの扱いが上手い奴って大体、テストでハイスコアを取るのが苦手だったりします。が、要領や根回しや空気読みは得意で大人になって再会すると意外な人物が美味しいポジションにいます。
トライ→エラー→フィードバック→トライのサイクルの次元が違うというか。誰が言ったか、焚き火は人生の全てを教えてくれる。秀逸な名言です。空気読めなきゃ寒い思いしますもの。人生も焚き火も一緒です。

福禄石炭ストーブの製品開発について In Regard to the development of Fukuroku Coal Stoves 宇田 哲雄
https://sts.kahaku.go.jp/tokutei/pdfs/0417.pdf

福禄石炭ストーブの製品開発についてIn Regard to the development of Fukuroku Coal Stoves宇田哲雄* UDA Tetsuo 福禄石炭ストーブ、暖房具、鋳物製品、型式・年式、開発・年式変更・改造、 Fukuroku coal stoves,a heating utensil, casting, styles・yearly type, development・model change・improvement 要旨大正時代末から昭和40年代に、わが国の生活をささえ、生活の近代化に貢献した暖防具であり、工業製品の先駆けともいえる鋳物製石炭ストーブについて、そのトップ・メーカーであった株式会社 福禄の石炭ストーブの製品開発・年式変更・改造の歴史を概観し、そこに、優れた性能の追求と、新たな地域や階層への普及、日本古来の生活様式への留意、また生産における合理化といった志向のあることを指摘し、また併せて今後の調査研究の課題を指摘する。 1.はじめに鋳物製石炭ストーブは、北海道開拓をひとつの契機として西洋から移入され、日本のメーカーによって開発・改良され普及し、大正末期から昭和40年代にかけて、わが国の重要な暖房具であった。それは、ある面で煮炊きや家族の座順といった日本古来の慣習を継承しながらも、住宅や居住生活の変化や公共的施設の増加など、社会の近代化に伴って普及していったのである1)。また、石炭ストーブは、それまでの多くの家内制手工業製品ではなく、近代的工場による大量生産製品の先駆けであり、とくに昭和20~30年頃には全国シェアの80%を埼玉県川口市が生産し、川口鋳物工業の代表的製品であった。現在、そのトップ・メーカーであった株式会社福禄の製造してきた「福禄石炭ストーブ・コレクション及び関連資料」 (79台50枚1冊)が、市指定有形文化財(歴史資料)となっている。筆者は、かつて福禄石炭ストーブの歴史と型式を紹介し、これの民具学的研究意義を論じた2)。 一方、他社製ストーブの中にも、福禄と同じような形態のストーブが多く製造されてきたことから、本稿では、改めて当社石炭ストーブの型式と開発・改造の歴史の概要を整理することにより、わが国初期の工業製品における技術進展の一端を見ていく。 2.㈱福禄川口工場とその製品開発システム表1を参照していただきたい。大正13年(1924)にわが国最初の貯炭式ストーブの発明に成功した4代目鈴木豊三郎は、発注先を探すため、設計図を携え各地の鋳物産地を調査し、長年の日用品鋳物生 産で培われた薄肉鋳造技術と、工場数が多く東京に近いことから、埼玉県川口の鋳物工場への発注を決定した3)。翌年は、二つの鋳物工場を直属にして組 立工場を直営とし、昭和10年(1935)には、ストーブ専門の鋳物工場を設立し、一貫量産体制を確立した4)。後に機械込めを手込めに戻すなど変化はあるが、こうして㈱福禄川口工場の生産体制が整った。最盛期であった昭和30年代頃の工場は、3つの建物があり、第1工場には、2階に事務所、1階に「仕上場」と「機械場」を配置し、第2工場を「鋳 物場」、第3工場を倉庫にしていた。そこでは、鋳型づくり・溶解および注湯(第2工場)→仕上げ・組 立て・検査・(ナオシ)・塗装・梱包(第1工場)→出荷(第3工場)の工程でストーブを生産していた。そして、鋳物屋(胴屋・中物屋・小物屋)・割り屋・吹き前・雑役・組立工・検査係・ナオシ屋・塗り屋荷造り屋などの職工たちが、それぞれの工程をそれぞれ固定された場所で作業していたのである。 福禄の製品開発および改造には、「設計」と「タネ(金型)づくり」という工程があり、福禄工場専門の設計屋・木型屋・タネ屋がおこなっていた。具体的には、設計・木型づくり・タネ(金型)づくり・タネの仕上げ・試作・手直しという工程でストーブ*川口市立文化財センター 主査*Center of The Culutural Properties of KawaguchiーCity Chief 表1.福禄川口工場ストーブ関係年表.5)年代事柄大正13年(1924)大正14年(1925)大正15年(1926)昭和3年(1928)昭和5年(1930)昭和6年(1931)昭和9年(1934)昭和10年(1935)昭和13年(1938) ○4代目鈴木豊三郎が、わが国最初の貯炭式ストーブの開発に成功。 ○4月、福禄商会開業。 ○北海道の高額所得者の20%を対象として、1号・2号・3号併せて20、000台のストーブを、川口の小林鋳工場に発注した。※小林鋳工場は、町内13工場に下請けさせた。 ○販売については、代理店・特約店を選定し、これを通じ販売した。 ○胴体中央部に亀裂が生じたとのクレームから、一貫した生産体制を目指し、椎橋宗次郎・永瀬嘉兵衛の二工場を直属とし、加工組立工場を設立した。 ○損傷を生じた胴体にストライプのリブを鋳出し、強固にした。 ○炊事兼用型1号・2号を開発した。 ○樺太島警察展覧会にストーブを出品した。 ※ストーブ・メーカーが次々創業。 ○鋳造用金型が3年間程の使用で磨耗することから、フルモデルチェンジを実施、零号、丸1号、角型1号・2号・3号・4号とした。 ○日本間用として「坐り福禄」、炊事兼用の改良型として「茶の間福 禄」を開発した。 ○角型のモデルチェンジを実施し、消費節約・簡単な機能を目的に「大衆福禄」を開発した。 ○組立工場移転とともに、電気鍍金工場を設立した。 ○ストーブ需要増加に伴い、一貫量 産体制を整えた世界最先端のストーブ専門鋳造工場を設立した。 ○上流事務所や料理屋向けの角型の豪華型「福禄一〇一~一〇五号」、宝型(半貯炭式)を開発。 ○職工養成のため、福禄青年学校を設立した。昭和14年(1939)昭和16年(1941)昭和17年(1942)昭和21年(1946)昭和23年(1948)昭和24年(1949)昭和26年(1951)昭和27年(1952)昭和29年昭和31年昭和32年(1957)昭和33年(1958)昭和36年昭和37年昭和39年(1964)昭和41年(1966)昭和44年(1969)平成4年(1992) ○軍需生産品管理のため、陸海軍の管理下に入る。 ○省資材、実質本位の「東亜型」ストーブを開発した。 ○資本金30万円で、株式会社福禄に組織変更した。 ○商工省告示第1号により、規格ストーブに選定される。 ○戦後ただちに本来のストーブ製 造に転換し、3月には天皇陛下に工場を行幸・視察される。 ○石炭事情好転により、当時の燃料に最適の胴張型円型ストーブを開発・販売した。 ※この頃から、川口が全国の石炭ストーブ生産の80%をしめる。 ○長野県平和博覧会にストーブを出品した。 ○高松宮様が工場を視察なさる。 ○神奈川県主催第3回東日本優良品交流展示会に出品、金賞受賞。 ○資本金を1,500万円に増資。 ○資本金を2,000万円に増資。 ○角型のデラックス型「箱型」を開 発した。 ○この頃、角型炊事2号を中心に年間4万本のストーブを販売する。 ○前社長死去に伴い、5代目鈴木豊 三郎社長に就任。 ○コークスストーブを開発した。 ○鉄道科学大博覧会で表彰される。 ○東京オリンピック大会を記念し、 FH型ストーブを開発した。 ○鋳造工場を鉄骨に改築した。 ※この頃石油ストーブ登場により、徐々に石炭ストーブ需要が減少。 ○川口市教育委員会より、市有形民俗文化財「福禄石炭ストーブのコレクション付ポスター」(44種46台13枚)の指定を受ける。 ○3月、福禄川口工場が閉鎖され、 福禄ストーブの生産が停止した。の金型や木枠が製作され、工場の大量生産に出された。設計屋は、図面を引いて木製のストーブ考案モデルを作成し、木型屋は、タネの木型と木枠などを作成し、タネ屋は、タネ場で大量生産用の金型をつくったのである6)。それによって開発されてきた福 禄の主要な型式ストーブは、図1のとおりである。図1.福禄石炭ストーブの主要な型式(※図は2号)7) 3.福禄石炭ストーブの開発・改造ここでは、福禄石炭ストーブの開発と改造の歴史を見ていく。表2は、いくつもの部品図解表やカタログから、各型式のストーブの開発・年式変更(●)と部分改造(▲)を記したものである。 福禄のストーブは、角型・箱型・角型炊事・円型・宝型などの型式に、大きさ(適応する暖房空間の広さ)によって、0号(6畳間)・01号(8畳間)・ 1号(家庭)・2号(事務室)・3号(大広間)・4号・ 5号(工場等)などの規格を設定している。これら各型式のストーブについて、大きな改造とくに胴や外観できる部品を変更した時などには新たな年式を用い、例えば「角型1号50年式」や「角型炊事2号61式」と称している。また、年式の変更はしないが、部分的な改造も多い。このように見ると、株式会社福禄は、創業から生産停止までの68年間で、実に157種類のストーブを生産してきたのである。しかし、表2から明らかなように、福禄石炭ストーブの基本形は、①角型や箱型などの貯炭式ストーブ、②炊事兼用ストーブ、③宝型や東亜型の半貯炭式ストーブ、④円型や寸胴などの投込式ストーブ、 ⑤その他の5パターンであり、157種類はそれらのバリエイションと捉えることができるのである。次に、表1も参考にしながら、各型式について具体的に見ていく。まず、大正14年(1925)の最初の貯炭式ストーブ(1号・2号・3号)は、札幌市の高額所得者の20%にむけて生産されたものであるが、大正8年(1919)に日本に入ったドイツのユンケルストーブを参考につくられたと言われており、内部構造は若干異なるものの、外見は似ている(図2.3参照)。しかし、このストーブは、使用中燃焼部中央に亀裂が入ったとのクレームがあり、翌年には、早々とモデル・チェンジを行っている。胴の燃焼部をより強固にし、併せて放熱効果をあげるため、ストライプのリブを鋳出した。このリブは、縦になり横になり、その後につくられた多くのストーブに継承され、デザイン化していったと見られる(図1参照)。そして、このタイプは、昭和3年式から「角型」と称していき、昭和6年(1931)にもモデル・チェンジとともに、炭投入口を二重蓋にし、風窓を円形にするなどの改造を行っている。次に、大正15年(1926)には、炊事兼用ストーブ1号・2号を開発している。これは、日本古来の囲炉裏に似せて、暖をとりながら鍋を煮たりできるもので、家庭むけに開発されたものである。そして、このタイプは終始一貫して製造され、とくに最盛期である昭和30年代には、角型炊事0号・1号・2号の3タイプになり、最も多く生産・販売されたストーブである。昭和3年(1928)には、零号が6畳 間用、丸1号が8畳間用として家庭むけに開発され、また坐り福禄(昭和5年)や豆福禄(昭和12年)は、火鉢に似せて開発したとされており、ストーブの普及は家屋の近代化と関連しているものの、 福禄は、日本の生活様式にも留意して開発をしていったのである。昭和6年には、「消費節約・簡単な機能」をモットーに大衆福禄が開発された。これは、より広く一般図2.ユンケルストーブ9)図3.2号、3号(大正14) 表2.福禄石炭ストーブ製造年代表8)   ※ ●開発・年式変更、▲部分改造、→名称変更大14 1925大15 1926昭2 1927昭3 1928昭4 1929昭5 1930昭6 1931昭7 1932昭8 1933昭9 1934昭10 1935昭11 1936昭12 1937昭13 1938昭14 1939昭15 1940昭16 1941昭17 1942昭24 1949昭25 1950昭26 1951昭27 1952昭28 1953昭29 1954昭30 1955昭31 1956昭32 1957昭33 1958昭34 1959昭35 1960昭36 1961昭37 1962昭38 1963昭39 1964昭40 1965昭43 1968 【貯炭式】 1号→角型1号● ● →● ● ● ● ▲ ● ● ● ▲ ● 2号→角型2号● ● →● ● ● ● ▲ ● ▲ ● ▲ ● ▲ ● 3号→角型3号● ● →● ● ● ● ● ▲ ● ▲ ● ▲ ▲ ● 特大→角型4号● →● ● ● 零号● ● ● 丸1号● ● ●坐り福禄●大衆福禄中型●大衆福禄大型● 福禄一〇一号● ● ● 福禄一〇二号● ● ● 福禄一〇三号● ● 福禄105号・豪華型● 豆福禄● 角型0号● ▲ ▲ ● ▲ ● 角丸型1号→角型01号● ▲ ▲●→→● ● ▲ ● 箱型0号● ▲ ▲ ▲ 箱型1号● ● 箱型3号● ● ● 箱型5号● ● ● FH型1号FH型2号● ● FH型3号● ● 【貯炭式炊事兼用】炊事兼用1号●炊事兼用2号● 茶の間福禄●新茶間福禄一号●新茶間福禄二号●炊事福禄● 角型炊事→角型炊事2号● ● ● ● ●●→→●● ● ● ● ▲ ▲ 角型炊事1号→角型炊事0号●→→● ● ● ▲ ▲ 角型炊事一号● ● ▲ ▲ 【半貯炭式】宝福禄小型●宝福禄大型●宝型1号●宝型2号●新宝2号→宝型2号● ▲ ● ▲ ▲→→●宝型3号● ● ● ▲ ▲ ● ● ●宝型4号●東亜型東亜型1号●東亜型2号●東亜型3号●東亜型炊事1号● ●東亜型炊事2号● 【投込式】寸胴 尺● ●寸胴 九寸● ●円型(大)● ● ▲円型(中)● ● ▲円型炊事● ● ● ● ● ●円型1号● ● ● ▲ ▲ ▲円型2号● ● ● ▲ ▲円型3号● ● ● ▲ ▲円型5号● ● ▲ ▲ 蛸型尺五● ● 【その他】 粉炭福禄● 粉炭ストーブコークス用1号●コークス用→コークス用2号●→→▲大衆を対象として設計したのであろう。昭和10年(1935)に開発された宝型は、半貯炭式といって、 石炭を貯える貯炭部が小さく、北海道ほど長時間寒さが続かない東北や北陸地方むけに開発されたと見られ、後に青森県の指定ストーブとなった。この年は、株式会社福禄が、鋳造工場を設立し、一貫量産体制を確立した年である。福禄一〇一号・一〇二号・ 一〇三号は角型の豪華版で、とくに福禄一〇五号は豪華型と称され、高級料亭などに販売された。このタイプは、アール・デコと見られる装飾もなされ、 福禄のストーブ製造の歴史の中で最もデザインに凝ったストーブである(図4参照)。東亜型は、戦時中の統制下において、省資材・軽量・高熱効率から、商工省告示第1号により製造の指定をうけたストーブである。これは、川口鋳物の伝統を受け継いだ福 禄の薄肉鋳物技術が評価されたのである。このように株式会社福禄の戦前期における製品開 発には、性能の追求、地域や階層、日本古来の生活様式への志向性を伺うことができる。戦後は、石炭ストーブの最盛期であり、角型炊事を主流として、角型のデラックス版である箱型やFH型が開発された。また、本来貯炭式ストーブのトップ・メーカーであるが、明治期から他メーカーでつくられてきた胴張型(円型)の生産に力を入れ、本州の学校などに販売された。図4.福禄一〇五号「豪華型」 4.年式変更と部品の共有ここでは、実際の年式変更について、部品の共有という観点から見ていく。まず表2によると、戦前期は、一部のストーブを除いて、金型が磨耗する3年に1度のモデル・チェンジが多いが、戦後とくに昭和20年代から30年代の最盛期には、生産台数が増加したためであろう、より頻繁に年式変更や改造がなされている。とくに最も多く生産された角型炊事2号は、ほぼ毎年年式変更がなされている。 表3は、戦前期の角型1号(昭和9年式)と戦後かなり多く生産・販売された角型炊事2号(61式)について、その専用部品と兼用部品を示したもので角型1号(昭和9年式)専用部品(17部品) 表3.福禄石炭ストーブ部品兼用状況表10)型式専・兼部品の名称 胴、上蓋(下、上覆、ツマミ)、笠、敷台、櫛形ロストル、船形ロストル、台輪、 落蓋、横窓下、横窓、灰皿、 上風窓、下風窓、上ヒネリ、 下ヒネリ※25部品兼用部品(8部品) 中蓋(6年式と兼)、後蓋(6年式)、丸蓋(6年式)、上扉(6年式)、下扉(6年式)、曲円筒(6年式)、デレッキ(6年式)、灰取函(3・6年式) 角型炊事 2号(61式) ※29部品専用部品(12部品) 上胴(新規作成)、下胴(新規作成)、敷台(元56年式)、船形ロストル(元58年式)、上扉(元54年式)、 下扉(元54年式)、落蓋(元58年式)、釜落し(元58年式)、釜鍔(元58年式)、 釜掛胴(元59年式)、調節板(元59年式)、継ぎ輪(元59年式)兼用部品(17部品) 笠(角1・61式と兼)、中蓋 (角0・角01・角1・角炊0・角炊1の61式と兼)、 上蓋(角炊・54年式と兼)、櫛型ロストル(角炊・57年式と兼)、立型ロストル(角炊・54年式と兼)、引蓋(角炊・54年式と兼)、上風窓(角 1・50年式と兼)、下風窓(角 1・50年式と兼)、瓶掛2コ(角炊・51年式と兼)、無双(65から角3・56年式と兼)、裏板(65から角1・ 65式と兼)、錠前(上・下)、灰取函、デレッキ、マーク(角2・角3・新宝2と兼)ある。角型1号(昭和9年式)は、鋳物等でつくられた25の部品が組み立てられてできあがっているが、そのうち17の部品が新しく設計されつくられたもので、他の8つの部品は、年式変更前の昭和6年式あるいは昭和3年式のストーブと同じ部品が使われている。これに対して、最盛期で年間4、500本以上も販売されたという角型炊事2号(61式)は、29の部品によって構成されているが、専用部品は12で、半数以上の17部品が共有部品となっている。しかも、専用部品のうち、このたび新たにつくられた部品はボデイーである上胴と下胴のみで、それ以外の10の部品は、かつて昭和54年式・56年式・ 58式・59式のストーブで使用していた部品を転 用したものである。また、兼用部品は、角型炊事(5 4年式・57年式)との兼用だけでなく、別の型式である角型1号(50年式)とも兼用がはかられている。中でもとくに、中蓋は、角型0号・角型01号・角型1号・角型炊事0号・角型炊事1号の61式という6つのストーブで共有されている。つまり、部品の共有化は、戦前からなされてはいたが、戦後最盛期になるとますます多くの部品共有化がはかられるようになった。つまり、年式変更や改造は、ひとつには部品の共有化という生産上の合理化を志向しているのである。この点については、今後ますます検証していきたい。 5.まとめ以上のように、大正末期から昭和40年代における、福禄石炭ストーブの製品開発や年式変更の歴史と内容について概観してきた。それは、基本的な型にそれぞれが年式変更を行い、しかも戦後の最盛期には頻繁に年式変更を行ってきたことから、実に1 57種類ものストーブを生産してきたと言える。そして、その開発や改造において、株式会社福禄が、優れた性能の追求、新たな地域や階層への普及、日本古来の生活様式への留意、部品の共有化という生 産上の合理化を目指してきたのである。今後は、さらに技術革新を探るためには、製品開 発や年式変更、部分的改造の様相について、とくに共有部品化に留意しながら、多くの事例を詳細に調査・検討していく必要がある。また、今ひとつは、当時の宣伝用ポスターやカタログなども含め、鋳物 製石炭ストーブの意匠、つまり工業デザインという観点からの調査研究も重要と考えている。注1)宇田哲雄「ストーブの生産と普及―近現代暖房具研究にむけて―」『民具研究』第122号2000年2)宇田哲雄「福禄石炭ストーブ研究序説」『民具研究』第 119号1999年3)鈴木寅夫「福禄ストーブの歩み」 『川口史林』第3号1969年4)鈴木寅夫「民俗資料川口市指定文化財フクロクストーブコレクション叙説」『川口史林』 第23・24合併号1980年5)前掲3)、4)、および株式会社 福禄経歴書により作成6)川口市教育委員会『川口市民俗文化財調査報告書第5集―川口のストーブ生産―』 2000年7)福禄製品バンフレット(1968) 8)福禄部品図解表(1938・1963年)、パンフレット(1935・1968年)、カタログ(1952・1955・1958年)、ポスター(1954・1956・ 1957・1959・1960・1962・1962・ 1963・1964年)により作成9)新穂栄蔵『ストーブ博物館』北海道大学図書刊行会1986年図5.角型炊事2号(61式)の部品図解 10)福禄部品図解表(1938年)等により作成(2008年9月27日原稿受理、2008年11月15日採用決定




















































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