野鳥歳時記 冬編



野鳥歳時記



カシラダカ

○野ざらしを 紅梅で忘れる カシラダカ  虚心

 1週間留守にした家に旅行の支度のために帰りました。仮眠をして東京の宿にとんぼ返りですので、朝のわずかの間に散策に出ることにしました。といいましても野に出ますと3時間ほどにはなってしまいます。
 先日までは気配のなかった梅の花が開花し、ほぼ満開になっているのを見るとこの間の時の経過が感じられます。日当たりのいい斜面の紅梅は2月10日には満開になっていました。紅梅の大はしゃぎに隣の白梅が霞んでいました。早咲きの梅を追いかけるように周りの梅の木が騒ぎ出します。昔の日本人は桜の花よりも梅の花を好んで愛でたといいます。
 3月に足を掛けますと日が随分と長くなります。春分の日は季節の折り返し点です。冬至を恨んだときには、この日が遠い先のように思われたのです。日の光が随分と強くなりました。春が深まるにつれて強まる陽光に嬉しさがこみあげます。科学史の先生にこの話をしましたら、「それはタンジェント・シーターですね」と答えました。太陽の運行位置をそのように表現したのです。大明解と感心したものです。
 梅の花の季節には、ほかの木々はまだまだ冬枯れのままです。芽はふくらみを増していても、外見は変わらないため野山は冬枯れのままです。紅梅だけが派手に自己主張しているのです。春の日の強さと暖かさに憧れていながら、この冬に果たせていない野鳥との出逢いに心を残しているのです。一目だけ見たい野鳥があります。
 梅の咲く暖かい日に野で見つけた冬鳥はカシラダカとアトリだけでした。この鳥たちは群れているものなのですが、梢にともに一羽でおりました。田や畑を群舞しているカシラダカとは違うので拍子抜けさせられます。
 カシラダカは冬の野に消えてしまいそうな地味な色調の鳥です。頭の毛が逆だっていて鶏冠(とさか)のように見えますから、すぐ判別できます。カシラダカはホオジロ科の野鳥ですのでホオジロによく似ています。ホオジロより体長が短くずんぐりしています。尾羽の両端の白はホオジロほど鮮明でなく、尾も短いのです。ホオジロの腹部は赤茶ですが、カシラダカは白で、喉部には茶色の帯を巻きます。カシラダカの動作はホオジロほど大きくありません。頭部の逆毛はチッチッと地啼きをしたり、何かの拍子に緊張すると際だちます。カシラダカとホオジロの顔面の黒毛の模様は歌舞伎の化粧を思わせます。カシラダカの頭部は黒いのに、ホオジロはそれが茶です。カシラダカ、ホオジロともに雌は雄の頭部の黒い部分が茶色ですから、これで雌雄の見分けがつきます。
 私が逢いたかった冬の野鳥は、小さな赤い鳥と小さな黄色い鳥です。こう言えば野鳥に詳しい人には鳥の名が推測できると思います。もう冬は過ぎようとしておりますから、その鳥に逢うことを諦めました。そして心を春に切り替えました。
 


 


野鳥歳時記



セグロセキレイ

雪の日に  セグロセキレイ  尾を振りぬ  虚心



 冬の雨、氷雨は嫌なものです。中央道を談合坂付近まで行きましたら検問所が設けられており雪用タイヤとチェーンの装着 を確認しておりました。都心の朝の気温は5℃ですから不用心なドライバーは雪道の対策をしていません。渋滞が3kmになっ ていましたからセブンイレブンで買ったおでんとおにぎりを食べておりました。そしたら急に気分が変わりました。山梨県と 長野県の県境の2000m級の高地でスキー散策するつもりで出かけたのですが、雪の日の小鳥たちと遊ぶことに行動目的を 変えたのです。上野原インターの前で考えを変えたので、そこで降りることにしました。
 山梨県上野原町は東京都の檜原村および神奈川県の藤野町に隣接しています。上野原町の棡原(ゆずりはら)地区は長寿で 有名です。雛壇の畑は足腰によく、雑穀類その他の食事が腸内の乳酸菌を育てるのです。成人病予防に通 じる食習慣が維持さ れていたことが上野原町棡原地区の人々の長寿につながったのです。
  私の相模湖にある住まいは棡原地区にある工務店が建てたものです。最近の棡原地区の子供たちの食事は肉類や揚げ物など が増えたため、普通の日本人と同じになって、腸内の乳酸菌も減ってしまった、とNHKが健康番組で伝えていました。
 棡原は高いところにあり山が迫っていますから雪の降り方も旺盛です。径が3cmはある大きさな雪が降りしきる白い世界は お伽(おとぎ)の国を思わせます。積雪は5cmになっていて路面はラリー仕様です。タイヤがときどき滑るのがわかります。
 朝からの降雪で小鳥たちはどうしているのでしょうか。山の木々は綿帽子をかぶり銀世界に見えますが、木立の下の斜面 に は低い草木が黒く残っており、ここに小鳥たちが集まっています。ホオジロ、ヒヨドリ、スズメ、ツグミ、ジョウビタキ、キ セキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、近づく前に藪かげに逃げ込んでしまう大きい鳥、小さい鳥などです。
 姿が多いのはホオジロです。あっちの木陰、こっちの藪から頻繁に飛び立ちます。黒いしげみのなかで身体をふくらました ジョウビタキが緩慢な動きをしているものですから、これは写真を撮る良い機会だとカメラを車外に持ち出しましたら、姿は 消えていました。
 雪が積もっていない繁みでハクセキレイを散見します。長い尾を独特の調子で上下に振るハクセキレイに混じって、身体が 二回りほど大きなセグロセキレイがいました。セグロセキレイは頭部から背の後部まで黒く塗られているのですぐわかりま す。セグロセキレイは留鳥ですが日本特産の鳥です。北海道から九州まで分布しております。夏にはキセキレイ、ハクセキレ イやセグロセキレイに暑い河原で慰めてもらっているのです。この鳥たちに雪の日の山の中で歓迎されるとは思いませんでし た。有り難いことです。孟宗竹は傘のように雪をのせていますから、その下には餌になる草むらが残っています。セグロセキ レイはジィージィーという声を出して黒いくさむらに逗留しています。よほど気に入ったのでしょう。私はセグロセキレイと 付き合うことにしました。ステンレス魔法瓶のコーヒーを飲みながら長いこと動きを眺めておりました。遊び半分で私はこの 雪の日を「セグロセキレイ記念日」と決めました。それは2月3日の節分の日でした。
 私はこの「セグロセキレイ記念日」に山梨県の上野原町から甲武トンネルを越えて東京都檜原村にまで足を延ばしました。 東京都のドン詰まりの檜原村のラジウム鉱泉にヘトヘトの身体を浸けました。
 土曜日まで都心で暮らしていると、身体と心が鉛のようになってしまいます。雪が降りしきる銀世界の山道は心の曇りを少し晴らしてくれたようです。週末に鉛になった心を山の中に運びませんと次の1週間が過ごせないのです。一人でいる寂しさを 求めているのですが、心が少し癒されると人恋しさが募ってきます。檜原村の雪のなかから上擦った声で東京に電話をしてし まうことがあるのです。
 野鳥は人を慰めてくれますが、人のすべてを慰めてくれるわけではありません。人の心はまことに 複雑なものです。あっちからこっちから新しい悩みが湧き出てくるものです。複雑なそうした人の心は、達観したはずの人を も弄(もてあそ)ぶのです。そして人は複雑な心を持て余してしまうのです。


 


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マガモ

朝のカモ 岸辺のすがこ 避けている   虚心



 野鳥を語るのは心美しき者と相場が決まっているようで、私が述べる野鳥の話に疑念をもつ人が身近にいます。素性を知られている関係で私は声がでなかったのですが、大事なのは日頃の行いであると思います。野鳥は心みにくき者にも、心やさしき者にも慰みを与えるものなのです。しかし、その指摘は別 の視点からのものなのでした。話しを一度別のことに飛ばしま す。
 正月休みのあけた京都の宿で朝食をとっていましたら、向かいの席で一人でいる中年過ぎのご婦人が、「あの鳥は何という 名でしょう」と、いきなり周囲に響き渡る大きな声を出しました。その声にみんなびっくりしたのですが、微笑ましいことで もありました。ジョウビタキのオスでした。それは橙色の腹部が見事な個体でした。その質問にウエイトレスが足を運んで応対したのですが、鳥はすでに庭から姿を消しておりました。ご婦人は、腹が赤くて頭が黒くて、と懸命に説明するのですが、 周囲の誰も鳥の名を告げませんでした。
 京都に一人旅に出たご婦人は気分が高ぶっていたのでしょう。そして見なれないジョウビタキのその美しい色合いは京都に 似つかわしい野鳥であると思ったのかも知れません。ジョウビタキはオスもメスもそれぞれに縄張りをもっていて春になるま で決まった場所に姿を現すのです。
 普段は野鳥に心を動かすことがないご婦人も、京都で気分が高揚すると庭に姿を見せた ジョウビタキに感動の声を発するのです。  ですから、私のような心醜き者が野鳥に心を動されてもいいと思うのですが、あまりにも私の本質を知っている人は疑念を もつのです。それは疑念というより、野鳥のことを文章にすることによって私が心美しき人であるように演出していることの 醜さを見抜いて、そのことを指摘します。私は多くの罪を犯しているのです。
 冬の鳥に私は苦しんでいるのです。冬の野山で見たい幾種類かの野鳥を心に秘めてこの冬を過ごしているのですが、成果 があがりません。野外行動が鈍っているのかもしれません。12月初旬に柴犬が3頭生まれたのでそちらに心が行っていたのだと思います。人は一度に多くのことを愛せないのです。
 山の方面で会いたい冬鳥に巡り合えないでいましたから、水鳥を見ることに切り替えたのです。住まいの近くの橋の上から 観察できる水鳥は限られているので、大きな湖に場所を変えることにしました。富士五湖の一つの河口湖に出かけてみます と、ここには冬の水鳥が沢山いました。
 代表的なのはマガモです。マガモは緑色の頭部に白い首輪をしています。これはオ スで、メスは地味な茶色です。ここ数年の間に、福島市内を流れる阿武隈川の岸辺に二度ほど案内してもらいましたが、そこ は水鳥の公園になっていました。管理事務所で餌を販売しているので、水鳥と遊べるのです。マガモ、コガモ、オナガガモ、 ヒドリガモ、スズガモ、キンクロハジロといろんなカモの仲間がいます。これにマガンやヒシクイそれにハクチョウ(白鳥) も混じっています。いろんな水鳥がまぜこぜになっているのを見るとこちらの頭が大混乱してしまいます。賑やかですね、冬鳥の群れは。
 カモの仲間ではマガモが目に付きやすく、また覚えやすい野鳥です。緑色の頭部に白い首輪で、大きさはアヒルと同じで す。アヒルはマガモを飼いならして作り出した家禽(かきん)なのです。鴨南蛮はアイガモで作られておりますが、アイガモ はなんでありましょうか。
 コガモは9月になると日本に姿を見せます。マガモは少し遅れて渡来します。冬をまごまごしていますと冬鳥が北に帰ります。月日の経過が早いと思うようになりました。疎ましい冬も何時の間にか過ぎてしまうのです。2月の声を聞いたと思えばすぐ3月になります。天候不順の冬には気象庁前の桜が1月に狂い咲きします。どう見ても彼岸桜ではありません。

 


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ツグミ

ススキ野を ロケット飛びする 寒ツグミ   虚心



   冬はいつから始まるのでしょうか。初霜が降りたときからだと私は思っているのですが、霜など降りない地域もありますから、これは定義にはなりません。ある人は朝起きるのが辛くなったときからだと述べていました。冬になると犬を散歩に連れだすのが辛くなります。ですから寝坊した休日には犬を連れて遠くの野山に出かけてしまいます。その野山に鳥がいたら眺めて過ごすのです。秋が深まるにつれて冬の野鳥を追いかけるのですが、最初に見 つかるのはジョウビタキです。ですが、それ以外の冬鳥が見つからなくて困ることが多いのです。
 シベリアなど北の方から渡ってきた冬鳥は、山の高いところにいることが多いからです。カモなどの水鳥は湖水に足を運べば目にすることができま す。しかし、水鳥でも渡来の多い年とそうでない年がありますから、一概に言い切れません。
 この冬、家の近くで冬鳥の姿を目にする機会が少なかったのです。それで、ここなら間違いなかろうと出かけたの先が河川敷です。津久井湖下流の相 模川、そしてその上流の道志川です。岸辺や中州のススキの原から集団で飛び立つ野鳥のなかにツグミが混じっていました。多く目にするのはホオジロ です。ついでスズメ。そしてツグミです。
 ツグミはいつもの冬なら家の裏の林にいるのですが、この冬は姿を見かけません。渡りの多い年は庭に頻繁に姿を見せますし、トイレの窓から覗いて いるときもあるのです。この冬は山の方でもあまり目にしませんでしたから、きびすをかえして河川敷に出かけたのです。ホオジロやスズメの群れとは 別に大柄なツグミが河川敷のススキのなかから飛び出しました。「なーんだ、ツグミさんこんなところにいたの」です。
 ツグミはヒヨドリと同じくらいの大きさです。尾が短いのとずんぐりしているのがツグミです。体色はヒヨドリは灰色ですがツグミは茶色です。背は 茶ですが、腹部の乳白色に黒の斑が散っています。目の上にも乳白色の筋が走っており、喉から頬にかけても同じ乳白色が目立ちます。ツグミは個体に よって体色と紋様に違いがありますから、文章による説明や絵や写真だけでは、見分けられないかも知れません。
 ツグミが飛ぶ姿はロケットを思わせます。づんぐりした体についた三角形の短い翼をせわしなく動かして直線的に飛ぶのです。ホオジロがススキの野 原から飛び立つときは尾羽根の白い両端と自在な飛翔に驚かされます。同じ場所から飛び立つツグミはまるでロケットです。ツグミとともに庭にやってくるヒヨドリは、曲芸的な飛翔をします。宙返りなども軽々です。これに対してツグミの飛び方は不器用そのものです。
 ホオジロがススキの野原から飛び立ちますと尾羽根の白い両端がまぶしいですし、身体の扱い方が上手です。ホオジロの独特の身のこなし方が私は好きです。ツグミはロケットのようだと述べました。同じススキの原から飛び出しても、一目でホオジロとツグミの違いは分かります。もちろん身体の大 きな方がツグミです。そしてロケット飛びをするのがツグミです。
 ツグミには不幸な過去があります。ツグミは大柄な体躯と肉の美味さから乱獲されたため、数がうんと減ってしまったのです。昔は幾千万という群を なしてツグミはシベリアから渡って来ていたのです。人の行いは浅はかなのです。人を恐れない鳥を捕って、食べ尽くしてしまいました。
 秋が深まると京都の錦市場の店頭にはスズメの串焼きが並びます。2尾串に刺されていて380円です。頭も付いていますし、足もそのままです。肉 などむしってもいかほどもないのです。恐らく骨ごとかじるのでしょうが、食べたらどんな味がするのでしょう。京都の伏見稲荷の鳥居の前には同じ鳥 を食べさせるお店があります。
 ツグミは愛嬌のある野鳥です。ツグミそのものは冬鳥ですが、クロツグミは夏鳥ですし、トラツグミは留鳥です。ツグミは飛び立つときなどに「クエ ッ、クエッ」と鳴きます。

オオバン(大鷭)(12月)

コブハクチョウ(12月)(コブハクチョウの姿態のいろいろ。バレーの白鳥の湖の様子を思い浮かべる)

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