仕事 をどのように理解するか
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仕事 をどのように理解するか 森夏之
野辺山高原の野菜畑の向こうに見える八ヶ岳が好きだ。捨てられた物置か牛小屋に逗留して夏場を過ごすことが夢であったのは若いころのことである。赤岳から硫黄岳に向かう横岳の稜線の眼下に広がる、白いビニールシートの野菜畑に注ぐ夏至の太陽は、南というよりむしろ真上から降り注ぐようなものであった。野辺山からの八ヶ岳の景色はカメラの不調で露出オーバーとなっていたため、それを修正して何とか使った。
八ヶ岳高原ヒュッテの西の空には赤岳が見えていた。荒々しさだけが顔を出すのが、海の口の別荘地からの八ヶ岳である。赤岳から硫黄岳への稜線。
八ヶ岳高原ヒュッテの尖塔の上の紺碧の空がよかった。抜けるような青い空が、そのまま写真に写っていたのは幸いである。建物の構造、窓などに興味。
高原で珈琲を飲んで一休みしようと、八ヶ岳高原ヒュッテに立ち寄る。顔見知りの店員に何食わぬ顔で少しの時を過ごす心算(つもり)であった。いつもなら営業しているのに、この日は月曜日だったのでお休みだったのだろう。人のいない八ヶ岳高原ヒュッテを撮影した。
野辺山高原から海の口の西武不動産が開発した別荘地のなかにある、八ヶ岳音楽堂に足を向けた。吉村順三が設計し、1988年に竣工している。
八ヶ岳音楽堂は三角形の外観をもち、トップライトから光が降り注ぐ。舞台の背後はガラス越しに高原の樹木が見え、これは客席も同じである。ここでの演奏を聴いてみると、ガラスが多いことから音響の面での不利さは隠しきれないように感じる。
ツクバトリカブトの紫の花が、八ヶ岳音楽堂への小道の脇に咲いていた。大げさに朱色を敷き詰める6月のレンゲツツジ、そして7月の黄色い絨毯のニッコウキスゲとは好対照の、楚々とした紫の花である。
(タイトル)
仕事 をどのように理解するか 森夏之
(本文)
仕事とは自分のためにするものではなく、その仕事が人のために役立ち、社会にも役立つことで、それが自分に巡ってくるという循環を通じて、自分に返ってくるものであるのです。
どのような仕事でもそのような循環をするのですが、多くの場合にはこれが見えません。公務員、とりわけ国家公務員の立場で、とくに厚生労働省での仕事などは、上のことが見えやすく、実感を伴うことになります。
内部的には矛盾は山ほどあるでしょうが、それは時代における制約として理解しておかなければなりません。
悪意に満ちた人、無能な人も周囲にはいることでしょうから、これについては警戒を要します。このような人が仕掛ける唖然とすることに直面すると思わず怒りが爆発することになりますが、一呼吸おいてその場では一歩引いておいて、後で事態に即して総合的に始末をつけるようにすると良いと思います。
2026-10-05-how-to-understand-work-