「計量計測データバンク」サイトマップ
measure and measurement data bank of saite map

八ヶ岳周遊 9月14日 初秋のころ
Yatsugatake Mountain Tour

野辺山高原の野菜畑の向こうに見える八ヶ岳が好きだ。
捨てられた物置か牛小屋に逗留して夏場を過ごすことが夢であったのは若いころのことである。

八ヶ岳周遊 9月14日 初秋のころ 甲斐鉄太朗

旅のエッセー集 甲斐鐵太郎

八ヶ岳周遊 9月14日 初秋のころ 甲斐鉄太朗

八ヶ岳周遊 9月14日 初秋のころ 甲斐鉄太朗


野辺山高原の野菜畑の向こうに見える八ヶ岳が好きだ。捨てられた物置か牛小屋に逗留して夏場を過ごすことが夢であったのは若いころのことである。赤岳から硫黄岳に向かう横岳の稜線の眼下に広がる、白いビニールシートの野菜畑に注ぐ夏至の太陽は、南というよりむしろ真上から降り注ぐようなものであった。野辺山からの八ヶ岳の景色はカメラの不調で露出オーバーとなっていたため、それを修正して何とか使った。


八ヶ岳高原ヒュッテの西の空には赤岳が見えていた。荒々しさだけが顔を出すのが、海の口の別荘地からの八ヶ岳である。赤岳から硫黄岳への稜線。


八ヶ岳高原ヒュッテの尖塔の上の紺碧の空がよかった。抜けるような青い空が、そのまま写真に写っていたのは幸いである。建物の構造、窓などに興味。


高原で珈琲を飲んで一休みしようと、八ヶ岳高原ヒュッテに立ち寄る。顔見知りの店員に何食わぬ顔で少しの時を過ごす心算(つもり)であった。いつもなら営業しているのに、この日は月曜日だったのでお休みだったのだろう。人のいない八ヶ岳高原ヒュッテを撮影した。


野辺山高原から海の口の西武不動産が開発した別荘地のなかにある、八ヶ岳音楽堂に足を向けた。吉村順三が設計し、1988年に竣工している。


八ヶ岳音楽堂は三角形の外観をもち、トップライトから光が降り注ぐ。舞台の背後はガラス越しに高原の樹木が見え、これは客席も同じである。ここでの演奏を聴いてみると、ガラスが多いことから音響の面での不利さは隠しきれないように感じる。


ツクバトリカブトの紫の花が、八ヶ岳音楽堂への小道の脇に咲いていた。大げさに朱色を敷き詰める6月のレンゲツツジ、そして7月の黄色い絨毯のニッコウキスゲとは好対照の、楚々とした紫の花である。

(タイトル)

八ヶ岳周遊 9月14日 初秋のころ 甲斐鉄太朗

(本文)

 2026年9月14日は朝から久しぶりに晴れた。八ヶ岳東麓から南麓を周遊し、落ち着く先は西麓の宿とした。

 山に夏の疲れが見えないのが八ヶ岳南麓の9月14日である。北麓の標高2,000m付近のナナカマドはすでに色付いており、同じ八ヶ岳と言っても場所によって表情が違う。

 野辺山高原の野菜畑の向こうに見える八ヶ岳が好きだ。捨てられた物置か牛小屋に逗留して夏場を過ごすことが夢であったのは若いころのことである。赤岳から硫黄岳に向かう横岳の稜線の眼下に広がる、白いビニールシートの野菜畑に注ぐ夏至の太陽は、南というよりむしろ真上から降り注ぐようなものであった。九段のビルの隙間で暮らしていると、八ヶ岳高原は心を解放してくれる最高の場所だと思えた。

 何とも明るいことか。それが八ヶ岳高原の南麓であった。野辺山は高原列車で行く場所であり、高原を散策するのに向いていた。北八ヶ岳方面の山に登るときには、野辺山駅より少し佐久寄りの松原湖駅が起点になる。赤岳など南八ヶ岳には中央線の茅野駅を利用する。茅野からの赤岳登山はアルピニズムの香り十分であり、心を湧き立たせた。

 野辺山高原からの八ヶ岳の景色は、八ヶ岳の全てが丸見えであり、赤岳から権現岳にかけてのキレットの切れ落ちが八ヶ岳の鋭さを表現している。赤岳から硫黄岳への稜線と天狗岳を経て北八ヶ岳に連なるその姿は大きく、遥かなる悠久を彷彿させる。

 この夏の八ヶ岳周遊で気にかかったのは、八ヶ岳南面のガレ場が広がり、緑の山肌に土色が多くなっていることである。北側に寄っていくと、稲子岳か何処かの山肌の荒れがとくに目立った。それが勝手な想像なのか、そうした思いに自分でも疑問符を付けてはいる。

 久しぶりに晴れた日であった。その後も雨が続き、この日だけが晴れていた八ヶ岳の初秋である。

 野辺山高原から海の口の西武不動産が開発した別荘地のなかにある、八ヶ岳音楽堂と八ヶ岳高原ヒュッテに足を向けた。

 八ヶ岳音楽堂は、人工の音が聞こえない豊かな森の中に建てられたことが最大の特長だと考えている。吉村順三が設計し、1988年に竣工している。三角形の外観をもち、トップライトから光が降り注ぐ。舞台の背後はガラス越しに高原の樹木が見え、これは客席も同じである。ここでの演奏を聴いてみると、ガラスが多いことから音響の面での不利さは隠しきれないように感じる。

 高原で珈琲を飲んで一休みしようと、八ヶ岳高原ヒュッテに立ち寄る。顔見知りの店員に何食わぬ顔で少しの時を過ごす心算(つもり)であった。いつもなら営業しているのに、この日は月曜日だったのでお休みだったのだろう。人のいない八ヶ岳高原ヒュッテを撮影した。

 八ヶ岳高原ヒュッテは、尾張徳川家第19代当主・徳川義親(よしちか)侯爵の邸宅として1934年(昭和9年)に東京・目白に建てられた建築物を、1968年(昭和43年)に長野県南牧村の八ヶ岳高原(海の口自然郷)へ移築した洋館である。中世イギリスに由来するハーフティンバー(チューダー様式)が特徴である。

 八ヶ岳高原ヒュッテの尖塔の上の紺碧の空がよかった。抜けるような青い空が、そのまま写真に写っていたのは幸いである。野辺山からの八ヶ岳の景色はカメラの不調で露出オーバーとなっていたため、それを修正して何とか使った。八ヶ岳高原ヒュッテの西の空には赤岳が見えていた。荒々しさだけが顔を出すのが、海の口の別荘地からの八ヶ岳である。

 ツクバトリカブトの紫の花が、八ヶ岳音楽堂への小道の脇に咲いていた。大げさに朱色を敷き詰める6月のレンゲツツジ、そして7月の黄色い絨毯のニッコウキスゲとは好対照の、楚々とした紫の花である。

 午前中に晴れていた空は、八ヶ岳高原ヒュッテにいる正午過ぎに雲を増やし、そこから松原湖に向かう頃には曇り空に変わった。そして佐久から諏訪に抜ける国道299号線の麦草峠付近では、小雨が降り出した。

2026-09-17-yatsugatake-mountain-tour-


旅のエッセー集 essay and journey(essay of journey) 旅行家 甲斐鐵太郎
essay and journey(essay of journey) by kai tetutaro

←ホームへ




「計量計測データバンク」サイトマップ
measure and measurement data bank of saite map