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2026年6月16日、麦秋と青田の二色の安曇野の風景
The landscape of Azumino is a mix of two colors: wheat harvest and green rice fields

-日本人が心に描くうるわしき田園風景として安曇野がある。私にとっての安曇野は松本市の向こう。エリアを広げると塩尻の平野部から大町市の青木湖までとなる。松本市の市街地を北に向かうと広がる田園風景が私の安曇野である。-

2026年6月16日、麦秋と青田の二色の安曇野の風景 甲斐鐵太郎

旅のエッセー集 甲斐鐵太郎

2026年6月16日、麦秋と青田の二色の安曇野の風景 甲斐鐵太郎


2026年6月16日、麦秋と青田の二色の安曇野の風景 甲斐鐵太郎


日本人が心に描くうるわしき田園風景として安曇野がある。私にとっての安曇野は松本市の向こう。エリアを広げると塩尻の平野部から大町市の青木湖まで。



大町市の材木店兼住宅建設会社の前に広がる安曇野の風景。向こうは常念岳など北アルプスの山々。やっと夏になった。


2026年6月16日、安曇野は水田のころであった。それは同時に麦熟れるころ。熟した麦は茶色に色付いて、名のみの春の安曇野が遥かに遠のいて初夏を迎えている。



2026年6月16日、麦秋と青田の二色の安曇野の風景。夏至が近い晴れた日の夕暮れ時。太陽のエネルギーは道端の雑草を育てる。


(タイトル)

2026年6月16日、麦秋と青田の二色の安曇野の風景 甲斐鐵太郎

(本文)

 安曇野に老後の住まいのための土地を確保していた人がいた。定年前にこの方面に住むことを決めると安曇野は遠すぎた。都庁勤務であったから特急が停まる小淵沢が丁度よいところだった。何年か確保しているうちに安曇野市が供給した宅地は値上がりしていて購入時の二倍で売って、小淵沢駅から歩けるところに家を建ててセカンドハウスとした。欲をかいたわけではないのに結果に人が羨む。

 日本人が心に描くうるわしき田園風景として安曇野がある。私にとっての安曇野は松本市の向こう。エリアを広げると塩尻の平野部から大町市の青木湖までとなる。松本市の市街地を北に向かうと広がる田園風景が私の安曇野である。

 大町市の材木店兼住宅建設会社と縁ができて年に何度かでかけるようになった。住宅建設にともない余分がでた物を譲り受けたり、また家具材料の銘木を分けてもらうなどするためである。木(木材)をみていると様ざまに構想が生まれる。それで小さな金額の範囲で資材を調達して喜ぶ。

 都会からの移住者に人気なのが安曇野地域。大町市もそのようであり、この材木店兼住宅建設会社はいそがしい。住宅用に良い土地となると確保が難しいのだという。家を建てる前に食卓用の板材を先に確保する人がある。これは思う板に売約済みの紙が貼ってある。夢の実現のロマンの一端として食卓板に求める。大工に依頼して脚を付けるか、壁に沿わす構想があるのだ。

 2026年6月16日、安曇野は水田のころであった。それは同時に麦熟れるころ。熟した麦は茶色に色付いて、名のみの春の安曇野が遥かに遠のいて初夏を迎えている。

 黒四ダムに向かうターミナル駅の扇沢の脇を流れる高瀬川は、上高地から流れ落ちる梓川と合流して犀川と名を変え、それは更に下って千曲川、そして信濃川。真夏の様相の高瀬川は緑一杯で水がそれを映す。岸部にオスポプラの尖った木立を見た。一月前には寒々とした水の流れにアカシヤの白い花が咲き始めていたのであった。

 車を運転しどおしのためにケンタッキー・フライド・チキンを山盛りに買ってゴム手袋で食べていた安曇野の初夏の一日であった。

2026-06-24-the-landscape-of-azumino-is-a-mix-of-two-colors-wheat-harvest-and-green-rice-fields


旅のエッセー集 essay and journey(essay of journey) 旅行家 甲斐鐵太郎
essay and journey(essay of journey) by kai tetutaro

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