秋が始まる10月5日と高原の野菜畑
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秋が始まる10月5日と高原の野菜畑 甲斐鐵太郎
彼らの背後には私が越えてきた道と瑞牆山が見えていた。この人たちの普段の交通手段は自転車。コンビニに行き、スーパーに行き、そして仲間で自炊する。
中国人からインドネシア人に変わった野菜農場は、10月になるとレタスから白菜に移っていた。近づいて写真を撮るとニコリと笑っていたインドネシアの青年であった。
野菜畑に通じる農道の脇の林に、赤い葉をみつけた。ナナカマドでもないようだし、何の木かな、と考えながらカメラを向けた。
(タイトル)
秋が始まる10月5日と高原の野菜畑 甲斐鐵太郎
(本文)
仕事とは自分のためにするものではなく、その仕事が人のために役立ち、社会にも役立つことで、それが自分に巡ってくるという循環を通じて、自分に返ってくるものであるのです。
どのような仕事でもそのような循環をするのですが、多くの場合にはこれが見えません。公務員、とりわけ国家公務員の立場で、とくに厚生労働省での仕事などは、上のことが見えやすく、実感を伴うことになります。
内部的には矛盾は山ほどあるでしょうが、それは時代における制約として理解しておかなければなりません。
悪意に満ちた人、無能な人も周囲にはいることでしょうから、これについては警戒を要します。このような人が仕掛ける唖然とすることに直面すると思わず怒りが爆発することになりますが、一呼吸おいてその場では一歩引いておいて、後で事態に即して総合的に始末をつけるようにすると良いと思います。
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