「計量計測データバンク」サイトマップ measure and measurement data bank of saite map
計量計測データバンク ニュースの窓-468-
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神田すずらん通り
さくら通り
終章 太陽に満たされた高原の林
二〇二四年十二月の半ば、蓼科山の麓の山荘は落ち葉に埋もれていた。ストーブの出番である。田渕義雄のように薪を割る甲斐性は、隅田肇にはない。薪は面倒だから、石油ストーブで暖をとる。
十三日には思い切って、業務用の大きな石油ストーブを一台入れた。一階に据えると、吹き抜けを通って二階まで暖気がのぼる。家全体が温まったところで大きなほうを止め、二階ではアラジンのブルーフレームヒーターに火を入れる。この家のアラジンは二代目である。先代は燃焼筒が錆びて役目を終えた。燃焼筒を傾けて芯にライターの火を近づけると、小さな窓の向こうに青い炎が立つ。電池も要らない。一九三〇年代にイギリスで生まれたストーブを、いまは日本のメーカーが作り続けている。天板に陶板を載せれば、食パンも焼ける。
十五日の日曜日、一階の小さなストーブの上では、タスマニア産の煮込み用の牛肉を入れたカレーが煮えた。肉は、低い火で長く煮込むほど柔らかくなる。二階のバルコニーの餌台にヒマワリの種をたっぷり置いておくと、野鳥がひっきりなしにやってくる。ゴジュウカラが居つくようになり、コガラとシジュウカラがせわしく出入りする。少し遅れて、ヤマガラも姿を見せるようになった。
アラジンの青い炎を眺めていると、隅田は串田孫一のことを思った。山の随筆で知られ、日曜の朝のFM東京で、「音楽の絵本」の穏やかな朗読を長く続けた人である。串田の書斎にはルンペンストーブが置かれ、そのまわりにウインザーチェアが並んでいたという。訪ねてきた編集者とは、これ幸いと長い語らいをした。田渕義雄も、薪を作るときに出る枝でウインザーチェアを自作していた。串田の仕事部屋は、串田が亡くなったのち、北海道斜里町の北のアルプ美術館に移され、机の上の小物まで元のとおりに復元されているという。
串田は、霧ヶ峰の車山の肩にあるコロボックルヒュッテの主、手塚宗求と長く親しく交わった。ヒュッテに泊まっては思索し、霧ヶ峰の風景を水彩に描いた。四月の後立山に二人で登ったときには、串田のキスリングに、カンダハーの締め具を付けたスキーが載っていたという。
その長い親交は、ある日ふいに終わった。手塚が書き残している。ひょっこり山に登ってきた串田は、少し語らっただけで山を下りていった。強い風が吹いていた。手塚は串田の背に向かって大きな声で呼びかけたが、声は風にかき消されたようであった。串田は黙って、里へ向かっていった。
隅田はその場面を読むたびに、明大前の下宿で相沢に「あばよ」と言った日のことを思い出す。別れの言葉は、いつも風に持っていかれてしまう。
一九六八年の夏、明大前の下宿で、隅田はソニーの左右が分かれるFMステレオラジオを鳴らし、FM東海が流す「音楽の絵本」を聴いた。一九六五年に始まり、のちにFM東京に移って三十年続いた番組である。その回のテーマは「氷」であった。のちに加藤望美が飛び込んでいった「氷の世界」を思うとき、隅田の耳には、なぜかあの夜の串田の声がよみがえる。
串田の『若き日の山』や『山のパンセ』を読むようになったのは、そのあとのことである。ある回で串田は、東京天文台の古畑正秋と対談したときの話をしていた。冬の霧ヶ峰で、夜の雪の中を奇妙な光がゆっくりと水平に流れていくのを見た。串田が詳しく話すのを黙って聞いていた古畑は、ひとこと、それは流星です、と言ったという。都会の空では観測もままならない天文学者は、早寝をして朝早く起き、小鳥を観察していると、まじめな口調で話したそうである。番組の最終回は一九九四年、「冬の記憶」という詩の朗読であった。
山中湖の砂浜で、仲間たちが篝火を囲んで「燃えろよ燃えろ」を歌った夏があったと、蒲生から聞いた。串田孫一が詞を付けた、フランス民謡のキャンプソングである。いま目の前で揺れているのは、あの夏の赤い炎ではない。風も音もない、青く静かな炎である。日曜日の午後は、そうして過ぎていった。
年が明けて、二〇二五年四月二十九日、隅田は野辺山高原のレタス畑の農道を訪ねた。あのヤマナシの木が白い花を咲かせるころである。
木は消えていた。前の年の七月十日に、強風で倒れたのだという。隅田はそれを知らなかった。幹のあった場所には、切り株のような残り物は何もなかった。ただの土くれのまわりに、細いひこばえが何本か伸びているだけであった。
古木は、すでに樹勢が衰えていた。上の枝は朽ち、八ヶ岳に向かって左手の枝も同じように朽ちて、右手の枝だけが大きく伸びていた。強風は、その伸びた枝の方角へ木を押し倒した。花の勢いも衰え、葉の茂みもまばらになっていた。樹齢二百五十年の太い幹の中で、栄養を吸い上げていたのは、わずかな部分にすぎなかったのだ。
八ヶ岳へ向かって真っすぐに延びる農道の、そのど真ん中に立っていた木である。木は道を左右に分け、畑に通う車の流れを整える役目も果たしていた。あたりには、この木より背が高く、大きく枝を広げて白い花をいっぱいに付けるヤマナシが何本もある。だが、道の真ん中に立つ木はもうない。山梨の北杜市には、コンクリートで支えられて生きながらえ、観光名所になった山高神代ザクラがある。このヤマナシが名所になっていたら、農家は困っただろうと隅田は思った。
倒れた木のそばでは、大きなトラクターが畑を耕していた。この日はレタスの苗の植え付けが行われていた。高原の最上部の畑では、インドネシアから来た若者たちが働いていた。その向こうで、別のヤマナシの木が元気な白い花を咲かせていた。レタスは、野辺山のある南牧村を豊かにした。
あの夏、望美と二人で立った木の下には、もう何もない。それでも、ひこばえは伸びている。
五月一日には、南佐久南部漁業協同組合へ釣りの年券を買いに出かけた。八千四百円で、千曲川上流のイワナもヤマメもアユも釣ることができる。組合の裏手を、千曲川の上流が流れていた。今年は川上村のイワナを釣りたい。田渕義雄がフライロッドを振った川端下で、同じように。帰りに、川端下の田渕の家の前を通った。いつか秋の薄日の中で見たときには、幻想的に見えた板張りの家である。薪小屋が並び、「寒山家具工房」という小さな表札が掛かっている。木工室は、のちに地下に増やしたのだという。まわりの林のすぐ隣まで、レタス畑が迫っていた。家の向こうには、小川山の岩峰が鋭くそびえていた。
五月四日には、近くの知人からコンクリート・ミキサーを譲り受けた。手土産にと、街のコーヒー店で豆とケーキを買って訪ねた。この知人からは、建設中の談話室に使うガラス付きの窓枠も、たくさん譲ってもらっている。自分の山荘を改修するために用意して、余ったものだという。知人の敷地は斜面にあり、窓枠もミキサーも急な坂を下ろして運んだ。
五月二十一日、隅田は蓼科山の麓、標高千六百メートルの山荘にいた。百年を経た欧州赤松のログで建てた山荘である。長い勤めの合間に、少しずつ手を入れてきた。ベランダを広げて屋根を付けた談話室に、隅田はパソコンを持ち出していた。去年は雪が来る前に屋根を付けようと奮闘し、十一月にどうにか間に合わせた。だが四十センチの雪をのせた談話室は冷凍庫のようになり、春まで寛ぐことはできなかった。この春は、譲り受けたミキサーでコンクリートを打って土台を固め、一メートルの雪にも台風の大風にも耐える支柱を建てるつもりでいる。
正午の談話室は二十二度であった。庭は自然のままにしてある。カラマツ、ミズナラ、コナラ、シラカバ、モミジが太陽の光をほどよく遮り、夏でも最高気温は二十五度に届くかどうかである。背の低いクマザサが地面を覆っているので、世に言う雑草は生えない。敷地のシラビソが背丈を伸ばし、かつて見えていた蓼科山や北横岳、縞枯山は木立に隠れてしまった。前の道路に出れば、蓼科山はまだ大きく見える。
新緑の林で、ハルゼミが鳴いていた。夏が近い。セミの命は羽化して一週間と、隅田は子どものころに教わった。だが近ごろ、広島の高校生たちが印を付けて放したアブラゼミが、三十二日も生きていたことが確かめられたという。教科書に書かれたことも、ときには疑ってみなければならない。隅田はスノーピークのパーコレーターでコーヒーを沸かし、砂糖を入れて飲んだ。ガスコンロの小さなボンベは、去年ひと夏放っておいたら、ガスが出なくなったことがある。調べてみると、ホースをつなぐ口の小さな穴に、蜂がサナギの殻を残していた。管に卵を一つだけ産む蜂が、ボンベの口を命をつなぐ場所に使っていたのである。コーヒーを淹れていると、ときどき神保町の「エルマーナ」とママのことを思い出す。
隅田は、一日に十五時間も椅子に座っていることがある。パソコンに向かうときは、柏木工のロッキングチェアーを使う。背もたれが高く、肘掛けが付いている。キーボードを打つ肘を、その肘掛けに休ませておける。座面の高さは四十二センチで、前に傾けると三十八センチほどになり、七十二・五センチの机にほぼ合う。寛いで本を読むときには、机の脇に置いた飛騨産業のクッション付きの揺り椅子に移る。
こうしたウインザータイプの椅子を幾つも集めるようになったのは、田渕義雄の暮らしに惹かれたからである。田渕は、薪にするはずだったナラの木で椅子を作った。ストーブにくべるはずの枝が背もたれになり、はぎ合わせた板が座面になる。食堂の椅子も、書き物の椅子も、揺り椅子も、机や食卓も自分で作った。写真で見る田渕の揺り椅子は、背もたれが大きく後ろに倒れていて、背当ての丸木は十本あった。隅田の椅子は八本で、背中を指圧されるような痛みがあるから、専用の厚布を当てている。田渕も、板の座面には薄い布地やクッションを敷いていた。
自分が元気なうちに作らせたほうがいいよ、と田渕は言っていたという。何気ないようでいて、椅子として大事なものをきちんと満たした椅子であった。隅田は、それを頼まないままにきてしまった。
談話室の前のミズナラが、年ごとに傾きを強めている。樹齢は三十年ほどである。かつてはミズナラを薪にし、そのあとからまた若木が育つという循環があった。その循環が途切れたところに、こうした「問題」が生まれるのだと隅田は思う。
晴嵐荘の青年がひょいと捕まえた虫のことを、隅田はいまもときどき思い出す。チョウは、卵から幼虫、サナギを経て成虫になる。サナギの中で、幼虫の体はいったん溶けてどろどろになる。それでも、成虫原基という小さな細胞の塊だけは残っていて、溶けた体を養分にして、眼や脚や翅をつくりあげる。葉をかみ砕いていたイモムシの顎と、蜜を吸うチョウの口とのあいだには、何のつながりもないのだという。近ごろは、サナギの中で起きていることを、断層撮影で覗けるようにもなった。
人も似たようなものかもしれない、と隅田は思う。軍国少年だった荒木教授も、運動に身を投じた蒲生も、時代の中で一度は身が溶けるような思いをしたのだろう。それでも、小さな芯のようなものだけは残って、次の姿をつくっていったのではないか。自分の中に残った成虫原基は何だったのか。見ていたこと、そのものだったのかもしれない。
去年の夏、霧ヶ峰の車山で、アサギマダラが隅田の指に止まった。本州から台湾まで渡ることもあるチョウである。地を這っていた虫が翅を得て、ゆらゆらと遠くへ旅をしていく。
夕暮れの庭では、オオカメノキの白い花が際立っていた。葉が亀の甲羅に似ていることから付いた名だという。寒い高地を好む木である。望美はカメラを構えて、その花を撮っていた。
談話室では、及川恒平の「夏・二人で」が小さな音でくり返し流れている。ハルゼミの声がやむと、林は太陽の光に満たされて静まり返った。こんな穏やかな日は久しぶりである。見ていた青春を生きて、いま自分はここにいる。隅田は、それで満足であった。
2026-09-22-five-days-of-training-on-how-to-use-ai-
稜線の向こうには、諏訪があり、松本があり、長野があった。いずれも盆地で、盆地が連なっていることがN県の特徴だった。N県の職員は、こうした地域を数年ごとに異動しながら働く
稜線の先は諏訪であり、松本であり、長野でもあった。いずれも盆地であり、それがN県の特徴であった。N県の職員は、これらの地域を定期的に異動しながら働く。
五月には白い花を一杯に付けたヤマナシの木は枝を大きく広げて、その緑の葉に陽光を集めていた。陽光は葉から枝にそして幹からさらに根へと吸い込まれ、土の下で暖かい大きな塊をつくっているようであった。
実験小説 評論ノート
風に吹かれて 神田学生街の青春
森夏之作(2026年9月22日稿)について、登場人物の相関図、年表、人物ごとの読み、作品の評論をまとめました。
作品の骨格
あらすじ
1968年春、専修大学法学部に入学した隅田肇が主人公です。1970年安保闘争のころの神田・御茶ノ水を舞台に、隅田を含む五人の若者が描かれます。運動に身を投じる蒲生、ディランに傾倒する相沢、司法試験を目指す加藤、その加藤を想い続ける遠山です。
卒業後、五人はそれぞれの道に散っていきます。蒲生は党の査問に遭い、遠山は消息を絶ちます。隅田はN県庁の平凡な職員になります。物語の最後で、隅田は長く会わなかった加藤と野辺山高原で再会し、二人で八ヶ岳の稜線に立ちます。
登場人物相関図
線の上の言葉は、二人の関係と作中の出来事
党の査問(1972年)をめぐって
師弟・専修大へ招く
委員長として頼る
経済学部で聴講
下宿の隣人
全詩集を贈る
ゼミ仲間
後年、居酒屋で告白を聞く
N県庁への縁
ゼミ仲間・ダボス
深夜喫茶の一夜
→ 野辺山で再会
片想い
打ち明けられず
湯俣・晴嵐荘
1979年夏
山田盛太郎
実在・荒木の師
荒木忠一
経済学部教授・元海軍兵学校
相沢俊夫
明大文学部・ディラン信奉
伯父
県議会議長
加藤望美
司法試験 → 写真家
隅田肇
主人公・専修大 → N県庁
遠山健一
北米へ、消息不明
蒲生哲夫
自治会委員長 → 民青専従
元副委員長
公安への通報者
川上徹
実在・同時期に査問
出版社の男
蒲生が語る元党員
晴嵐荘の青年
虫好き・隅田の憧れ
主要な五人
周辺の人物
実在の人物
物語の軸(隅田と加藤)
一方的な想い
蒲生だけが知る秘密
年表
作中の出来事の順
1968年 春
序・第一章
五人が神田で出会う。武道館で入学式、桜通りの居酒屋へ。
1969年
第一章
蒲生が自治会の執行委員に。1月には東大安田講堂の攻防。
1970年 春
第一章
三年生になりゼミが始まる。隅田・蒲生・遠山・加藤が同じゼミに。
1970年 6月23日
第二章
安保自動延長の日の統一デモ。隅田の隣に加藤がいる。
1970年 10月21日
第二章
国際反戦デーのデモ。
1972年 3月
第三章・第四章
卒業の直前、飯田橋の深夜喫茶で隅田と加藤が一夜を過ごす。隅田は相沢にディランの全詩集を贈る。
1972年 初夏
第五章
民青の専従になった蒲生が「分派」の嫌疑で査問を受ける。
1973年ごろ
第六章
相沢の行方が分からなくなる。遠山は北米へ渡り、消息を絶つ。
1974年 春
第六章
隅田が経済学部を卒業する。谷川岳に登ってから、N県庁に入る。
数年後
第七章
相沢から、家族と写った写真が届く。
1979年 夏
第七章
湯俣温泉の晴嵐荘で、虫好きの青年と出会う。
その後
第七章
加藤から電話がある。野辺山高原で再会し、夏に八ヶ岳の稜線へ登る。
長い歳月の後
第五章
東京の居酒屋で、蒲生が隅田に胸の内を語る。
人物ノート
主要な五人と荒木教授
隅田肇すみだ はじめ
立場
専修大法学部。卒業後は経済学部に学士入学し、N県庁へ
性格
仲間の熱気に「あてられる」側の人。自分は平凡だと思っている
役割
見る人、聞く人。時代の証人として話を運ぶ
到達
平凡な勤めの先で、心に残し続けた人と結ばれる
加藤望美かとう のぞみ
立場
法学部で一割に満たない女子学生の一人。司法試験を目指す
象徴
「氷の世界」。厳しい試練に一人で向かう意志
謎
深夜喫茶で何を言いかけたのか。司法試験のその後
到達
写真家になり、「緑の暖かい風」の中で手を伸ばす
蒲生哲夫がもう てつお
立場
自治会の委員長から民青の専従へ。党員でもある
試練
1972年の査問。党員権の停止と専従の解任
秘密
仲間の中に公安への通報者がいたこと。誰にも語らない
役割
理想が組織に裏切られる悲劇。作品でいちばん重い人物
相沢俊夫あいざわ としお
立場
明大文学部。隅田の下宿の隣人
象徴
ボブ・ディラン。題名の「風に吹かれて」を体現する人
空白
卒業後に行方不明になる
到達
家族の写真が届く。「彷徨は幸福に辿り着くためだった」
遠山健一とおやま けんいち
立場
ゼミ仲間。酒を飲まず、いつも珈琲
想い
加藤への片想い。最後まで打ち明けられない
行方
北米へ傷心の旅に出て、消息を絶つ
役割
隅田の恋を映す鏡。選ばれなかった側の青春
荒木忠一経済学部教授
立場
専修大経済学部の教授。海軍兵学校、旧制浦和高校、東大を経る
経験
江田島から原爆を見た。駒場でストライキを指導した
役割
若者たちの思想の支え。社会主義の暗部も語る
皮肉
元スト指導者が、学生部長として学生と向き合う
評論
主題・構成・文体
一、「風」が作品を貫いている
題名の「風に吹かれて」は、1970年前後の若者が浴びた時代の風です。答えは風だけが知っている、というディランの突き放した問いが、デモの隊列で歌われます。一方、最終章の風は、野辺山から稜線を越えていく「緑の暖かい風」です。
冒頭では、問いを運ぶ冷たい風でした。結末では、二人を包む暖かい風になっています。風の意味がこう変わること自体が、この小説の主題の変化を表しています。また、加藤が飛び込んだ「氷の世界」と、最後の「暖かい塊」「暖かい風」も対になっています。凍っていたものが半世紀かけて溶ける、という構図が読み取れます。
二、二つの組織と、個人の居場所
蒲生は党という組織に理想を託し、査問によってその組織から切り捨てられます。隅田はN県庁という組織に入り、「職員がひとり気張ったところで、できることはしれている」と悟ります。二人は政治と行政という別々の道を選びましたが、組織の中で個人が小さくなっていく点では、同じ経験をしています。
そのうえで作品は、組織の外にいる人たちを救いとして置いています。湯俣の青年、晴嵐荘の老夫婦、写真家になった加藤です。青年の「天真爛漫さ」への憧れは、隅田の価値観が変わるきっかけです。物語の上でも大切な場面で、よく効いています。
三、記録としての強さ
この作品のいちばんの強みは、時代の細部を正確に書いていることです。国立大学の授業料が月千円で、酢豚定食が三百円。靖国通りの都電、ガリ版とビラ、ELEC、「ダボス」のサイフォン珈琲、一杯百五十円。どれも、その場にいた人でなければ書けない手触りがあります。
野坂参三による山本懸蔵の密告、1972年の査問事件、山田盛太郎の専修大学移籍といった実在の出来事も、物語にうまく組み込まれています。作品の信頼性を大きく高めています。
優れている点
一九六八年から七〇年代の神田の空気を、物の値段や店の名前、道具の具体的な描写で再現している。
第五章の蒲生の告白(「悔しくてならないんだ」)は、理念ではなく人の痛みとして政治を描いていて、作品でいちばん強い場面になっている。
相沢から届く一枚の写真で、失踪という空白を説明せずに埋めている。抑えた書き方が余韻を残す。
蒲生の秘密について「隅田は知らない」と明記し、読者だけが知る形にしている。この皮肉が効いている。
ディランの歌詞を直接引用せず、内容を言い換えて書いている。著作権の面でも適切な判断。
さらに良くするために
五人の物語としての均衡。序で「五人の若者の物語」とうたっているが、遠山と相沢は出番が少ない。遠山の側から加藤を見る場面を一つ入れると、群像劇として締まる。
荒木教授の経歴が長い。第一章の後半が評伝のようになり、物語の勢いが止まる。一部を第五章の回想に移す方法がある。
時間の順序が行き来する。第七章で湯俣、蒲生の秘密(「話は飛ぶが」)、加藤の電話と続き、流れが途切れる。蒲生の秘密は第五章の終わりに置くと自然になる。
加藤の内面が見えない。司法試験をどうしたのか、なぜ写真家になったのか、なぜ今電話をかけたのか。この三点のうち一つでも本人の言葉で語られると、再会に説得力が出る。
語り手の立場。三人称の全知の語り手に、「ここでは名を伏せる」「後になって思えば」という回想者の声が混ざっている。実録風の味わいとして意図したものなら、冒頭でそう示しておくとよい。
結末の言葉。「時間も空間も太陽も風も」のような抽象語が続く。つないだ手の感触や、望美の上着の色といった具体的な物を一つ置いて締めると、深夜喫茶のコートの場面と響き合う。
四、前書きと本文の関係
前書きは、この作品をAIで小説を作る実験の記録として紹介し、出力された小説は「拙劣」だったと自ら評価しています。前書きとして面白い試みですが、読者は本文を「出来の悪いAIの出力」だと思って読み始めることになります。
本文は、作者が推敲を重ねた完成度の高い文章に仕上がっています。本文がAIの最初の出力なのか、作者が手を入れたものなのかを前書きで一言示すと、「実験小説」という看板と本文の質がきちんとつながります。
五、表記と事実で確認していただきたい点
箇所 内容
N県 諏訪・松本・長野・野辺山・八ヶ岳など実在の地名が多いので、県名を伏せても長野県だと分かる。さらに「N県の中に長野がある」という形になっている。伏せるか実名にするか、方針を決めるとよい。
「丘」 前書きの抜き書きでは歌詞の舞台として「想定された」とあり、第三章では「作詞者本人は否定している」とある。記述をそろえる。
全詩集 1972年の時点で、英文の「二冊組の全詩集」が出ていたかを確認する。
ダム 湯俣の奥の高瀬川のダムは東京電力の発電所。「電源開発」と書くと会社名(電源開発株式会社)と取り違えられやすいので、「発電用のダム」とした。
蒲生の役職 「すでに執行委員長」と「やがて委員長となる」が食い違っていた。校正版では前者にそろえた。
前書き 同じ見出しが三回あり、別の筆者名(甲斐鐵太郎)と本文の抜き書きも混ざっている。下書きのメモが残っていないか確認する。
総評
この作品は、政治の季節を生きた青春を、半世紀後に静かに弔う物語です。理想を組織に託した蒲生の敗北と、組織の片隅で平凡に生きた隅田のささやかな幸福を並べ、どちらも否定していません。その距離の取り方に、この書き手ならではの誠実さがあります。
記録としての確かさはすでに十分あります。あとは加藤望美という人物に、もう一歩深く入ることです。そうすれば、青春の回想録から、一篇の恋愛小説へと仕上がるでしょう。
本文は2026年9月22日稿(校正版)に基づいています。作中の人物名と一部の固有名詞は、作品の記述に従っています。
実験小説 評論ノート
風に吹かれて 神田学生街の青春
森夏之作(2026年9月22日稿)について、登場人物の相関図、年表、人物ごとの読み、作品の評論をまとめました。
作品の骨格
あらすじ
1968年春、専修大学法学部に入学した隅田肇が主人公です。1970年安保闘争のころの神田・御茶ノ水を舞台に、隅田を含む五人の若者が描かれます。運動に身を投じる蒲生、ディランに傾倒する相沢、司法試験を目指す加藤、その加藤を想い続ける遠山です。
卒業後、五人はそれぞれの道に散っていきます。蒲生は党の査問に遭い、遠山は消息を絶ちます。隅田はN県庁の平凡な職員になります。物語の最後で、隅田は長く会わなかった加藤と野辺山高原で再会し、二人で八ヶ岳の稜線に立ちます。
登場人物相関図
線の上の言葉は、二人の関係と作中の出来事
主要な五人周辺の人物実在の人物物語の軸(隅田と加藤)一方的な想い蒲生だけが知る秘密
年表
作中の出来事の順
- 1968年 春序・第一章五人が神田で出会う。武道館で入学式、桜通りの居酒屋へ。
- 1969年第一章蒲生が自治会の執行委員に。1月には東大安田講堂の攻防。
- 1970年 春第一章三年生になりゼミが始まる。隅田・蒲生・遠山・加藤が同じゼミに。
- 1970年 6月23日第二章安保自動延長の日の統一デモ。隅田の隣に加藤がいる。
- 1970年 10月21日第二章国際反戦デーのデモ。
- 1972年 3月第三章・第四章卒業の直前、飯田橋の深夜喫茶で隅田と加藤が一夜を過ごす。隅田は相沢にディランの全詩集を贈る。
- 1972年 初夏第五章民青の専従になった蒲生が「分派」の嫌疑で査問を受ける。
- 1973年ごろ第六章相沢の行方が分からなくなる。遠山は北米へ渡り、消息を絶つ。
- 1974年 春第六章隅田が経済学部を卒業する。谷川岳に登ってから、N県庁に入る。
- 数年後第七章相沢から、家族と写った写真が届く。
- 1979年 夏第七章湯俣温泉の晴嵐荘で、虫好きの青年と出会う。
- その後第七章加藤から電話がある。野辺山高原で再会し、夏に八ヶ岳の稜線へ登る。
- 長い歳月の後第五章東京の居酒屋で、蒲生が隅田に胸の内を語る。
人物ノート
主要な五人と荒木教授
隅田肇すみだ はじめ
- 立場
- 専修大法学部。卒業後は経済学部に学士入学し、N県庁へ
- 性格
- 仲間の熱気に「あてられる」側の人。自分は平凡だと思っている
- 役割
- 見る人、聞く人。時代の証人として話を運ぶ
- 到達
- 平凡な勤めの先で、心に残し続けた人と結ばれる
加藤望美かとう のぞみ
- 立場
- 法学部で一割に満たない女子学生の一人。司法試験を目指す
- 象徴
- 「氷の世界」。厳しい試練に一人で向かう意志
- 謎
- 深夜喫茶で何を言いかけたのか。司法試験のその後
- 到達
- 写真家になり、「緑の暖かい風」の中で手を伸ばす
蒲生哲夫がもう てつお
- 立場
- 自治会の委員長から民青の専従へ。党員でもある
- 試練
- 1972年の査問。党員権の停止と専従の解任
- 秘密
- 仲間の中に公安への通報者がいたこと。誰にも語らない
- 役割
- 理想が組織に裏切られる悲劇。作品でいちばん重い人物
相沢俊夫あいざわ としお
- 立場
- 明大文学部。隅田の下宿の隣人
- 象徴
- ボブ・ディラン。題名の「風に吹かれて」を体現する人
- 空白
- 卒業後に行方不明になる
- 到達
- 家族の写真が届く。「彷徨は幸福に辿り着くためだった」
遠山健一とおやま けんいち
- 立場
- ゼミ仲間。酒を飲まず、いつも珈琲
- 想い
- 加藤への片想い。最後まで打ち明けられない
- 行方
- 北米へ傷心の旅に出て、消息を絶つ
- 役割
- 隅田の恋を映す鏡。選ばれなかった側の青春
荒木忠一経済学部教授
- 立場
- 専修大経済学部の教授。海軍兵学校、旧制浦和高校、東大を経る
- 経験
- 江田島から原爆を見た。駒場でストライキを指導した
- 役割
- 若者たちの思想の支え。社会主義の暗部も語る
- 皮肉
- 元スト指導者が、学生部長として学生と向き合う
評論
主題・構成・文体
一、「風」が作品を貫いている
題名の「風に吹かれて」は、1970年前後の若者が浴びた時代の風です。答えは風だけが知っている、というディランの突き放した問いが、デモの隊列で歌われます。一方、最終章の風は、野辺山から稜線を越えていく「緑の暖かい風」です。
冒頭では、問いを運ぶ冷たい風でした。結末では、二人を包む暖かい風になっています。風の意味がこう変わること自体が、この小説の主題の変化を表しています。また、加藤が飛び込んだ「氷の世界」と、最後の「暖かい塊」「暖かい風」も対になっています。凍っていたものが半世紀かけて溶ける、という構図が読み取れます。
二、二つの組織と、個人の居場所
蒲生は党という組織に理想を託し、査問によってその組織から切り捨てられます。隅田はN県庁という組織に入り、「職員がひとり気張ったところで、できることはしれている」と悟ります。二人は政治と行政という別々の道を選びましたが、組織の中で個人が小さくなっていく点では、同じ経験をしています。
そのうえで作品は、組織の外にいる人たちを救いとして置いています。湯俣の青年、晴嵐荘の老夫婦、写真家になった加藤です。青年の「天真爛漫さ」への憧れは、隅田の価値観が変わるきっかけです。物語の上でも大切な場面で、よく効いています。
三、記録としての強さ
この作品のいちばんの強みは、時代の細部を正確に書いていることです。国立大学の授業料が月千円で、酢豚定食が三百円。靖国通りの都電、ガリ版とビラ、ELEC、「ダボス」のサイフォン珈琲、一杯百五十円。どれも、その場にいた人でなければ書けない手触りがあります。
野坂参三による山本懸蔵の密告、1972年の査問事件、山田盛太郎の専修大学移籍といった実在の出来事も、物語にうまく組み込まれています。作品の信頼性を大きく高めています。
優れている点
- 一九六八年から七〇年代の神田の空気を、物の値段や店の名前、道具の具体的な描写で再現している。
- 第五章の蒲生の告白(「悔しくてならないんだ」)は、理念ではなく人の痛みとして政治を描いていて、作品でいちばん強い場面になっている。
- 相沢から届く一枚の写真で、失踪という空白を説明せずに埋めている。抑えた書き方が余韻を残す。
- 蒲生の秘密について「隅田は知らない」と明記し、読者だけが知る形にしている。この皮肉が効いている。
- ディランの歌詞を直接引用せず、内容を言い換えて書いている。著作権の面でも適切な判断。
さらに良くするために
- 五人の物語としての均衡。序で「五人の若者の物語」とうたっているが、遠山と相沢は出番が少ない。遠山の側から加藤を見る場面を一つ入れると、群像劇として締まる。
- 荒木教授の経歴が長い。第一章の後半が評伝のようになり、物語の勢いが止まる。一部を第五章の回想に移す方法がある。
- 時間の順序が行き来する。第七章で湯俣、蒲生の秘密(「話は飛ぶが」)、加藤の電話と続き、流れが途切れる。蒲生の秘密は第五章の終わりに置くと自然になる。
- 加藤の内面が見えない。司法試験をどうしたのか、なぜ写真家になったのか、なぜ今電話をかけたのか。この三点のうち一つでも本人の言葉で語られると、再会に説得力が出る。
- 語り手の立場。三人称の全知の語り手に、「ここでは名を伏せる」「後になって思えば」という回想者の声が混ざっている。実録風の味わいとして意図したものなら、冒頭でそう示しておくとよい。
- 結末の言葉。「時間も空間も太陽も風も」のような抽象語が続く。つないだ手の感触や、望美の上着の色といった具体的な物を一つ置いて締めると、深夜喫茶のコートの場面と響き合う。
四、前書きと本文の関係
前書きは、この作品をAIで小説を作る実験の記録として紹介し、出力された小説は「拙劣」だったと自ら評価しています。前書きとして面白い試みですが、読者は本文を「出来の悪いAIの出力」だと思って読み始めることになります。
本文は、作者が推敲を重ねた完成度の高い文章に仕上がっています。本文がAIの最初の出力なのか、作者が手を入れたものなのかを前書きで一言示すと、「実験小説」という看板と本文の質がきちんとつながります。
五、表記と事実で確認していただきたい点
| 箇所 |
内容 |
| N県 |
諏訪・松本・長野・野辺山・八ヶ岳など実在の地名が多いので、県名を伏せても長野県だと分かる。さらに「N県の中に長野がある」という形になっている。伏せるか実名にするか、方針を決めるとよい。 |
| 「丘」 |
前書きの抜き書きでは歌詞の舞台として「想定された」とあり、第三章では「作詞者本人は否定している」とある。記述をそろえる。 |
| 全詩集 |
1972年の時点で、英文の「二冊組の全詩集」が出ていたかを確認する。 |
| ダム |
湯俣の奥の高瀬川のダムは東京電力の発電所。「電源開発」と書くと会社名(電源開発株式会社)と取り違えられやすいので、「発電用のダム」とした。 |
| 蒲生の役職 |
「すでに執行委員長」と「やがて委員長となる」が食い違っていた。校正版では前者にそろえた。 |
| 前書き |
同じ見出しが三回あり、別の筆者名(甲斐鐵太郎)と本文の抜き書きも混ざっている。下書きのメモが残っていないか確認する。 |
総評
この作品は、政治の季節を生きた青春を、半世紀後に静かに弔う物語です。理想を組織に託した蒲生の敗北と、組織の片隅で平凡に生きた隅田のささやかな幸福を並べ、どちらも否定していません。その距離の取り方に、この書き手ならではの誠実さがあります。
記録としての確かさはすでに十分あります。あとは加藤望美という人物に、もう一歩深く入ることです。そうすれば、青春の回想録から、一篇の恋愛小説へと仕上がるでしょう。
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隅田(主人公): 神田の学生街で葛藤しながら自己模索を続ける学生。
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加藤: 隅田と夜遅くまで文学や哲学を語り合う熱い議論家。
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蒲生: 時代の波(学生運動など)に深く身を投じていく行動派。
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相沢: 運動や情熱から一歩引き、司法や社会の現実的な仕組みを見つめる現実派。
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遠山: 隅田たちが集う神田の喫茶店に現れる女性。隅田が心惹かれる存在。
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荒木教授: 激動の時代の中で学生たちの悩みを受け止め、深い見識から導く恩師。
時系列の年表
神田学生街での出会いと集い
1年目・春〜秋
大学入学とともに神田の古書店街や喫茶店を拠点とし、隅田・加藤・蒲生・相沢らが出会う。荒木教授のゼミに参加し、夜な夜な情熱的に論じ合う日々が始まる。
遠山との出会いと思索の深まり
1年目・冬〜2年目
神田の喫茶店で遠山と知り合い、隅田は密かに思いを寄せる。一方で、世情の緊迫とともに仲間の間でも思想や進路をめぐる価値観の違いが露呈し始める。
理想と現実の葛藤・グループの分岐
3年目
蒲生が学生運動へ傾倒する一方、相沢は現実的な将来(資格試験等)を見据えて距離を置く。加藤と隅田は理想と現実の狭間で揺れ動き、荒木教授のもとを訪れて人間観・人生観についての助言を得る。
それぞれの決断とそれぞれの道へ
4年目・卒業間近
それぞれの選択した道(運動、学問、社会への就職)へと旅立つ時期を迎える。隅田と遠山の関係にもひとつの区切りが訪れ、神田の街で過ごした青春の日々に思いを馳せながら、それぞれの未来へ歩み出す。
学生たちが議論を重ねた神田・御茶ノ水の喫茶店文化. 出典: ameblo.jp
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